ほとりのカフェ

藤原遊

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冬の午後、小川原湖畔に立つ「ほとりのカフェ」に、一人の老婦人がゆっくりと入ってきた。彼女は厚手のコートを脱ぎ、カウンターに座ると「いつものコーヒーをお願い」と康平に声をかけた。

「寒い日ですね。今日は何か特別なことがありましたか?」
康平がコーヒーを淹れながら尋ねると、老婦人は静かに頷き、カバンの中から小さな瓶を取り出した。

「この瓶が、50年ぶりに戻ってきたのよ。」
彼女は少し笑いながらその瓶を康平に見せた。瓶の中には色あせた紙が入っており、それが何か特別なものだとすぐに分かった。

「それは?」
康平が興味深そうに尋ねると、老婦人は遠い目をしながら話し始めた。

「50年前、私はこの小川原湖で手紙を瓶に入れて流したの。その時好きだったアメリカ兵に向けてね。」

その言葉に、カフェの他の常連客たちも耳を傾け始めた。

「戦争が終わってしばらく経った頃でね。彼は基地で働いていた。とても優しい人だったけど、文化の違いもあって、お互いに気持ちを伝えきれなかったの。それで、どうしても伝えたいことを手紙に書いて、湖に流したのよ。」

老婦人は瓶の中の手紙を見つめながら、続けた。「もちろん、彼には届かなかった。でも、今日偶然、この瓶が見つかったって連絡があって。誰かが湖で釣りをしていて引き上げたんですって。」

彼女は手紙を取り出し、その内容をそっと読み上げた。

「私はあなたに会えて本当に良かった。短い時間だったけれど、あなたが私の人生に特別な光を与えてくれたことを感謝しています。」

その声は少し震えていたが、周囲の人々には彼女の気持ちがはっきりと伝わった。

「その人とは……その後、どうなったんですか?」
常連の中年女性が思わず尋ねると、老婦人は穏やかに微笑んだ。

「彼は任務が終わって帰国したの。私たちは手紙も交わさず、それっきり。でも、彼と過ごした日々は、私の心にずっと残っているのよ。」

「手紙が届いていたら、どうなっていたと思います?」
康平が聞くと、彼女は少し考えてから答えた。

「それは分からないわね。でも、手紙が届かなかったことにも意味があると思うの。だからこそ、この街に残って、私の人生を歩めたんだから。」

カフェを後にする前、老婦人は「湖のノート」にこう書き残した。

「50年越しに届いた手紙が、私の初恋の記憶を鮮やかに蘇らせてくれました。ありがとう、小川原湖。」

康平はその文字を静かに読み、湖と人々の記憶が紡ぐ物語に思いを馳せた。「ほとりのカフェ」は、過去と現在を繋ぐ場所でもあった。
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