悪役令嬢は修道院を目指しますーなのに、過剰な溺愛が止まりません

藤原遊

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プロローグ 処刑台にて

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処刑台の上、私は静かに目を閉じていた。冷たい風が首元を撫で、木の板の硬さが背中にしっかりと伝わる。この場に至るまでに流された涙や叫び声はもう記憶にない。ただ、一つだけ胸に残るのは、あの青空の下で私を憎しみの目で見つめた人々の顔だ。

「これが終わりなんですね……」

そう呟いた声は誰にも届かない。いや、聞こえていたとしても、今さら誰も耳を傾けるわけがない。かつての私がどれだけ意地悪で傲慢で、他者を見下していたかを考えれば、それも当然のことだった。

そして、王太子殿下――ルシアン様の冷たい目。かつて私の婚約者だった彼の顔を思い出す。処刑を命じたその声は、誰よりも強い憎しみを宿していた。

私はただ彼を愛していただけだった。王妃になるため、完璧であろうと努力し、時には敵を蹴落とすことも厭わなかった。結果として私が何を失ったのか、その代償は今、目の前の処刑台という形で示されている。

処刑人が近づく音が聞こえる。重い靴音が、私の心臓と共鳴するように響く。観衆のざわめきは大きくなり、やがて静まった。最後の瞬間は、きっと静寂の中で訪れるのだろう。

目を閉じる。冷たい刃が首筋に触れるその瞬間――

目が覚めた。

「……ここは?」

目の前には、見慣れた天井。豪華なカーテンが重々しく垂れ下がり、窓からは柔らかい陽光が差し込んでいる。息を吸い込むと、薄く漂う花の香りが鼻をくすぐった。

「……まさか」

頭を上げ、鏡台の前に立つ。そこに映ったのは、まだ若く瑞々しい自分の姿だった。処刑台で見た、疲れ切った顔ではない。艶やかな髪、張りのある肌。これが夢だと言うのなら、ずっと覚めなくても良い。

しかし、夢ではないのだろう。この現実感、そして胸に残る処刑台の記憶が何よりの証拠だった。

「……戻ったのね、過去に」

呟きながら、胸の奥に奇妙な感情が湧き上がってきた。それは、恐れでも後悔でもない。次こそは、と強く握った拳に宿る決意だった。

「絶対に、同じ失敗は繰り返さない」

家族を、婚約者を、そして自分自身を。もう二度と失わないために、私はこの第二の人生を使って、すべてをやり直す。

けれど、この時の私はまだ知らなかった。どんなに慎重に生きようとしても、すべてが計画通りに進むわけではないということを。
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