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魔王討伐編
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ローデリア帝国の冒険者ギルドは、昼下がりの賑わいを見せていた。木造の大広間は人々の笑い声や怒声、そして時折聞こえる酒瓶のぶつかる音で満たされている。掲示板には数えきれないほどの依頼が貼られ、その中でも一際目立つ張り紙があった。
「魔王討伐の仲間募集」
豪胆な言葉と共に、その下には簡単な説明文が続いていた。「報奨金は山分け。身分不問、実力重視。連絡はギルド内で。」最後に「勇者カイル」と記されている。
レイナはその張り紙を一瞥すると、小さく鼻で笑った。山分けとはいえ、魔王討伐の旅に名を連ねる者などそうそういるものではない。それだけの実力と覚悟が必要だということを、この広間にいる誰もが知っているからだ。
「カイル……ね。」
小さく呟きながら、レイナは張り紙から少し離れた場所で一人の青年を見つけた。金髪に青い瞳、そして柔らかな笑みを浮かべたその姿は、どこか理想的すぎるほどに整っていた。周囲の冒険者たちが距離を取る中、青年は迷いなく誰にでも声をかけている。
「よろしく頼むよ。僕たちには、君のような人が必要なんだ。」
そう語りかける声には一切の疑念や迷いがない。だがその言葉を受け取る側の冒険者たちは、軽く頭を下げながらその場を去っていく。
「無理だな。命がいくつあっても足りやしない。」
「あんたも物好きだな、カイル。誰も来ないのは分かってただろ?」
冷ややかな視線を向ける者もいれば、わざわざ声をかけてくる者もいる。それでもカイルは、全く動じる様子を見せなかった。
「挑戦する価値があると思うんだ。それに、僕は一人じゃ何もできないからね。」
その言葉を聞いた瞬間、レイナは微かに眉を寄せた。一人じゃ何もできない――勇者を名乗る男が、そんな言葉を平然と言ってのけるとは。
「そっちがカイル……か。」
レイナは静かに歩み寄ると、カイルの視線がこちらを向くのを待った。彼は自分に向かってくる足音を聞きつけると、優しい笑みを浮かべたままレイナに声をかける。
「君がレイナかな? ギルドで噂を聞いたよ。魔術の腕がかなりのものだって。」
「力を試してみたいだけ。期待はしないで。」
レイナは冷たく切り捨てるように言葉を返す。だが、そんな態度にもカイルは全く動じない。むしろ、その言葉の裏にある何かを探るように彼女を見つめた。
「期待はしないさ。ただ、僕は君を信じたいだけだ。」
その言葉に、レイナは一瞬だけ表情を動かした。信じたい――その単純な言葉が、今の自分には重すぎる。嘘をつく自分を、彼が信じると言うのなら。
「……どんな条件?」
レイナは短く問いかける。これ以上余計な感情を抱かせないように、平坦な口調を保った。
「条件は一つだけ。仲間として戦うこと。それだけで十分だよ。」
カイルは少しも躊躇せずにそう答える。その真っ直ぐな瞳に、レイナは視線を合わせることができなかった。
「……分かったわ。参加させてもらう。」
「ありがとう、レイナ。これからよろしく頼む。」
カイルが手を差し出してきたが、レイナはそれを握らずに軽く頷くだけで応えた。
「無駄な期待をさせないでね。私は、力を試したいだけだから。」
レイナはそう言い残し、その場を去ろうとする。その背中に向けて、カイルは穏やかな声で言葉を投げかけた。
「期待なんてしないさ。ただ、君がここにいることが僕たちにとって大きな意味を持つ。それだけは信じてる。」
振り返ることなくその場を離れるレイナの胸に、小さな痛みが生まれていた。それは何の感情なのか、彼女自身にも分からなかった。
「信じる……ね。」
小さく呟いたその言葉は、誰にも届かなかった。
「魔王討伐の仲間募集」
豪胆な言葉と共に、その下には簡単な説明文が続いていた。「報奨金は山分け。身分不問、実力重視。連絡はギルド内で。」最後に「勇者カイル」と記されている。
レイナはその張り紙を一瞥すると、小さく鼻で笑った。山分けとはいえ、魔王討伐の旅に名を連ねる者などそうそういるものではない。それだけの実力と覚悟が必要だということを、この広間にいる誰もが知っているからだ。
「カイル……ね。」
小さく呟きながら、レイナは張り紙から少し離れた場所で一人の青年を見つけた。金髪に青い瞳、そして柔らかな笑みを浮かべたその姿は、どこか理想的すぎるほどに整っていた。周囲の冒険者たちが距離を取る中、青年は迷いなく誰にでも声をかけている。
「よろしく頼むよ。僕たちには、君のような人が必要なんだ。」
そう語りかける声には一切の疑念や迷いがない。だがその言葉を受け取る側の冒険者たちは、軽く頭を下げながらその場を去っていく。
「無理だな。命がいくつあっても足りやしない。」
「あんたも物好きだな、カイル。誰も来ないのは分かってただろ?」
冷ややかな視線を向ける者もいれば、わざわざ声をかけてくる者もいる。それでもカイルは、全く動じる様子を見せなかった。
「挑戦する価値があると思うんだ。それに、僕は一人じゃ何もできないからね。」
その言葉を聞いた瞬間、レイナは微かに眉を寄せた。一人じゃ何もできない――勇者を名乗る男が、そんな言葉を平然と言ってのけるとは。
「そっちがカイル……か。」
レイナは静かに歩み寄ると、カイルの視線がこちらを向くのを待った。彼は自分に向かってくる足音を聞きつけると、優しい笑みを浮かべたままレイナに声をかける。
「君がレイナかな? ギルドで噂を聞いたよ。魔術の腕がかなりのものだって。」
「力を試してみたいだけ。期待はしないで。」
レイナは冷たく切り捨てるように言葉を返す。だが、そんな態度にもカイルは全く動じない。むしろ、その言葉の裏にある何かを探るように彼女を見つめた。
「期待はしないさ。ただ、僕は君を信じたいだけだ。」
その言葉に、レイナは一瞬だけ表情を動かした。信じたい――その単純な言葉が、今の自分には重すぎる。嘘をつく自分を、彼が信じると言うのなら。
「……どんな条件?」
レイナは短く問いかける。これ以上余計な感情を抱かせないように、平坦な口調を保った。
「条件は一つだけ。仲間として戦うこと。それだけで十分だよ。」
カイルは少しも躊躇せずにそう答える。その真っ直ぐな瞳に、レイナは視線を合わせることができなかった。
「……分かったわ。参加させてもらう。」
「ありがとう、レイナ。これからよろしく頼む。」
カイルが手を差し出してきたが、レイナはそれを握らずに軽く頷くだけで応えた。
「無駄な期待をさせないでね。私は、力を試したいだけだから。」
レイナはそう言い残し、その場を去ろうとする。その背中に向けて、カイルは穏やかな声で言葉を投げかけた。
「期待なんてしないさ。ただ、君がここにいることが僕たちにとって大きな意味を持つ。それだけは信じてる。」
振り返ることなくその場を離れるレイナの胸に、小さな痛みが生まれていた。それは何の感情なのか、彼女自身にも分からなかった。
「信じる……ね。」
小さく呟いたその言葉は、誰にも届かなかった。
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