【完結】孤独を抱いた英雄と、孤独に生まれた魔法使い〜元Sランクと訳あり美少年の共同生活〜

藤原遊

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森の空気は、どこか湿っていた。
昨日の雨のせいか、葉の裏に溜まった水が時折ぽたりと落ちる音がする。
薪を拾うつもりで森に入ったはずが、私はいつの間にかその音に混じる異質な気配を追っていた。

鼻を突く、鉄の匂い。
そして、足元の草が不自然に倒れている。

少し進んだ先に、それはいた。
木々の合間に倒れ伏す、小さな人影。まだ若い。少年だ。

息をしている。けれど、浅い。
体は冷えきっていて、服は薄く、ところどころ破れていた。腕や脇腹に、獣に噛まれたような傷がいくつも見える。

そして、顔を見た瞬間――私は、わずかに息を呑んだ。

黒髪。濡れたような艶を持ち、風に揺れるたび微かに赤味を帯びて見える。
閉じられた瞼の下からのぞくまつげは長く、肌は雪のように白い。
そして、目を開けばどんな色をしているのか。
想像だけで、なんとなく分かる気がした。
紅――そんな色の瞳をしていそうだ、と思った。

おそろしく、整っている。
それは“綺麗”とか“可愛い”ではなく、見た人間を一瞬で黙らせる類のものだった。

「……なんて顔してるんだ」

呟いてから、私は膝をついた。
脈は弱いけれど、かすかにある。体も冷えている。
今このままにすれば、夕方までには確実に死ぬだろう。

一度だけ、躊躇した。
でも次の瞬間には、私は彼の身体を背負っていた。

重くはない。骨が細く、年齢のわりに体重が軽い気がした。
食べていないか、もともと体が弱いか、その両方か。

「……しゃあないな」

そう小さくつぶやき、私は森をあとにした。



街の門は南側。外壁で囲まれたこの街では、出入りは基本的に管理されている。
でも、私はもう何年もこの街で生きてきた。
門衛とも顔見知りだし、何も隠すつもりはなかった。

「おお、剣士さん。今日はまた珍しい背負いもんしてるな」

「森で拾った。行き倒れ。意識はないけど、息はあるよ」

「そうか。なら早めに休ませてやれ」

門衛はちらりと背中を覗いたが、それ以上は何も言わなかった。
ただの少年に見えるのなら、それでいい。

「世話になった」

軽く会釈して、門をくぐる。

まだ日が高い時間帯だった。
街の中はのんびりしていて、洗濯物が風に揺れていたり、果物売りが声を上げていたりする。
そのすべてを脇目に、私は町外れの自宅へと歩き続けた。

背中の美少年は、微かに熱を持ち始めていた。
もうすぐ、目を覚ますのだろう。

問題は、そのとき何を話すかだ。
あるいは、話せるのかどうか――それすら、まだわからない。
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