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森の空気は、どこか湿っていた。
昨日の雨のせいか、葉の裏に溜まった水が時折ぽたりと落ちる音がする。
薪を拾うつもりで森に入ったはずが、私はいつの間にかその音に混じる異質な気配を追っていた。
鼻を突く、鉄の匂い。
そして、足元の草が不自然に倒れている。
少し進んだ先に、それはいた。
木々の合間に倒れ伏す、小さな人影。まだ若い。少年だ。
息をしている。けれど、浅い。
体は冷えきっていて、服は薄く、ところどころ破れていた。腕や脇腹に、獣に噛まれたような傷がいくつも見える。
そして、顔を見た瞬間――私は、わずかに息を呑んだ。
黒髪。濡れたような艶を持ち、風に揺れるたび微かに赤味を帯びて見える。
閉じられた瞼の下からのぞくまつげは長く、肌は雪のように白い。
そして、目を開けばどんな色をしているのか。
想像だけで、なんとなく分かる気がした。
紅――そんな色の瞳をしていそうだ、と思った。
おそろしく、整っている。
それは“綺麗”とか“可愛い”ではなく、見た人間を一瞬で黙らせる類のものだった。
「……なんて顔してるんだ」
呟いてから、私は膝をついた。
脈は弱いけれど、かすかにある。体も冷えている。
今このままにすれば、夕方までには確実に死ぬだろう。
一度だけ、躊躇した。
でも次の瞬間には、私は彼の身体を背負っていた。
重くはない。骨が細く、年齢のわりに体重が軽い気がした。
食べていないか、もともと体が弱いか、その両方か。
「……しゃあないな」
そう小さくつぶやき、私は森をあとにした。
*
街の門は南側。外壁で囲まれたこの街では、出入りは基本的に管理されている。
でも、私はもう何年もこの街で生きてきた。
門衛とも顔見知りだし、何も隠すつもりはなかった。
「おお、剣士さん。今日はまた珍しい背負いもんしてるな」
「森で拾った。行き倒れ。意識はないけど、息はあるよ」
「そうか。なら早めに休ませてやれ」
門衛はちらりと背中を覗いたが、それ以上は何も言わなかった。
ただの少年に見えるのなら、それでいい。
「世話になった」
軽く会釈して、門をくぐる。
まだ日が高い時間帯だった。
街の中はのんびりしていて、洗濯物が風に揺れていたり、果物売りが声を上げていたりする。
そのすべてを脇目に、私は町外れの自宅へと歩き続けた。
背中の美少年は、微かに熱を持ち始めていた。
もうすぐ、目を覚ますのだろう。
問題は、そのとき何を話すかだ。
あるいは、話せるのかどうか――それすら、まだわからない。
昨日の雨のせいか、葉の裏に溜まった水が時折ぽたりと落ちる音がする。
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そして、足元の草が不自然に倒れている。
少し進んだ先に、それはいた。
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息をしている。けれど、浅い。
体は冷えきっていて、服は薄く、ところどころ破れていた。腕や脇腹に、獣に噛まれたような傷がいくつも見える。
そして、顔を見た瞬間――私は、わずかに息を呑んだ。
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一度だけ、躊躇した。
でも次の瞬間には、私は彼の身体を背負っていた。
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「……しゃあないな」
そう小さくつぶやき、私は森をあとにした。
*
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そのすべてを脇目に、私は町外れの自宅へと歩き続けた。
背中の美少年は、微かに熱を持ち始めていた。
もうすぐ、目を覚ますのだろう。
問題は、そのとき何を話すかだ。
あるいは、話せるのかどうか――それすら、まだわからない。
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