病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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窓から差し込む春の陽光が、リリーナの枕元を優しく照らしていた。
ようやく――本当にようやく、彼女は自力で起き上がれるようになった。

「……ふぅ。ようやく、ベッドの外に出られるわね」

小さく笑うと、リリーナはシーツを払って立ち上がろうとした。

だが、その指先に、ふわりと温もりが重なった。

「どこへ行くの、姉上」

囁くような声。
優しく、けれど、決して抗えない強制力を孕んだ声音だった。

「……ユリアン」

背後にいたはずの弟が、気配もなくすぐ傍にいた。
リリーナの肩をそっと押し、再びベッドへと導く。

「まだ回復していないんだ。体を冷やすといけない。ね?」

その瞳は柔らかく笑っているのに、底が見えない。
純真に見えて、恐ろしいまでに揺らがない執着がそこにあった。

「大丈夫よ。もう一人で歩けるもの。見舞いに来てくれた人たちにも、顔ぐらい見せないと……」

「ダメだよ、姉上は外に出ちゃ。……心配なんだ」

リリーナが何か言いかける前に、ユリアンの指先が彼女の髪に触れた。
そのままそっと頬を撫で、耳元に唇を寄せる。

「もう、怖い思いはしてほしくない。二度と。
だから、姉上はここにいて。僕のそばに」

あの夜のことが脳裏に過った。
砕け散ったアクアマリン。
迸る血の温もり。
震えるユリアンの叫び。

「でも、私は――お姉ちゃん、なのよ」

言った瞬間、ユリアンの瞳が静かに揺れた。

「うん、知ってるよ。……でも、それが何?」

その声には一切の葛藤がなかった。
一線を越えてしまったのではない。
――初めから、その線など存在していなかったのだ。

「姉上が僕を庇って死にかけたとき、もう止めるのをやめたんだ。
僕の中にある“好き”は、家族のそれじゃないって。
それでもいい。僕だけは、姉上の全部を守るって決めたから」

ベッドの端に膝をつき、リリーナの手を包み込む。
少年の手にはもう、甘えた弟の柔らかさはない。
それは決意の熱と、支配の冷たさを宿した王の手だった。

リリーナは返す言葉を持たなかった。
ただ、静かに、彼の視線を受け止める。

それでも彼は、あの頃の“ユリアン”なのだ。
自分が名を呼べば、必ず振り返る弟であり――

「あなたの道を、邪魔するつもりはないわ」

だから、せめて――。

「……私を、ちゃんと連れて行ってね。ユリアン」

その微笑みは、もう“姉”のものではなかった。
そして部屋の外では、世界が再び動き始めていた。
けれどこの部屋だけは、春の陽光の下、静かに歪んだ幸福が息づいていた。
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