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離宮を囲む森は、夏の終わりの湿り気をまだ残していた。
静養のため――そう名目づけられた館だが、今日その扉の前に立った三人の空気は穏やかではない。
ユリアンは深い群青の軍装に外套を羽織り、指先で銀の留め金を弄んでいた。
蒼い瞳は淡々としているのに、その奥には火の色が潜む。
カミラは葡萄色のドレスに身を包み、扇を折りたたんで唇に当てる仕草を崩さない。
その眼差しは親友への心配と、政治家としての計算が複雑に交差していた。
エドガーは黒衣のまま、壁際の影のように立っている。
腰には短杖、掌には何も握らずとも「事があれば即座に動く」と全身で語る姿勢だった。
ユリアンが口を開く。
「姉上の容態だが――回復はしている。
しかし傷跡は深いし、呪毒の余波も残る。
しばらくは離宮から出さない。医師の判断も同じだ」
言葉は柔らかだが、有無を言わせぬ圧が宿る。
そこに“弟”の影はない。王命にも似た重さだけがある。
カミラが扇を少しずらし、眉をひそめる。
「回復期は確かに大事。でも、友人の顔をまったく見られないのは辛いわ。
面会くらい、状態を見て許してくれればいいんじゃない?」
ユリアンは瞬きひとつせず頷いた。
「もちろん。姉上の心を慰めることは必要だ。
ただし、訪問者は私と医師の許可を得た者に限る。
雷を呼ぶような貴族の馬車は遠慮してもらう。――誓って、姉上の心の休まる顔ぶれだけ選ぶ」
カミラはその言葉にわずかに目を細める。
友人を名目に自分をも締め出すつもりか、と測るような視線。
するとユリアンは歩み寄り、穏やかに微笑んだ。
「カミラ。あなたはもちろん例外だよ。
姉上があなたを求めるときは、私がここにいなくとも、入館を許可する」
彼の声は優しいのに、背後で鍵が落ちる金属音がした気がして、カミラの胸に冷たい汗が滲む。
だが、それを表情に出さず軽く会釈した。
「……なら異論はないわ。友だちが出入りできる程度なら賛成よ」
視線は次にエドガーへ移る。
影のような青年はユリアンの一歩後ろに進み出る。
「リリーナ様のお世話役として離宮に常駐し、健康管理と護衛を担当いたします」
ユリアンは短く頷いた。
「信用している。姉上の望むものは何でも用意してくれ。
ただし、外から持ち込む品は必ず全て検分を通すこと。どんな花束も例外なく」
「畏まりました」
エドガーの声は、石畳をなでる夜風のように低く、従順というより忠誠に近い響きを纏う。
彼の緑の瞳が一瞬だけカミラをかすめ、互いに無言で頷き合った。
それでもユリアンの注意は緩まない。
彼は扉に手を置き、ふと遠い目をした。
「……あの夜、姉上は迷わず僕を庇った。
今度は僕が――姉上を世から庇う番だ」
囁きは甘さより冷たさを帯び、離宮の石壁に染みる。
カミラの胸に、薄い恐れがゆらりと立ち上った。
(彼の愛は、私の知る王族のそれではない。
友を護ってくれるなら味方を続ける……けれど、この執着がどこへ向かうのか)
扉が静かに開き、ユリアンとエドガーは中へ。
カミラはしばらくその背を見送った後、扉が閉じる重い音を聞いた。
白い離宮は再び沈黙に包まれる。
ただ、春を待たずに芽吹いた影だけが、石壁の内側に深く根を伸ばしていった。
静養のため――そう名目づけられた館だが、今日その扉の前に立った三人の空気は穏やかではない。
ユリアンは深い群青の軍装に外套を羽織り、指先で銀の留め金を弄んでいた。
蒼い瞳は淡々としているのに、その奥には火の色が潜む。
カミラは葡萄色のドレスに身を包み、扇を折りたたんで唇に当てる仕草を崩さない。
その眼差しは親友への心配と、政治家としての計算が複雑に交差していた。
エドガーは黒衣のまま、壁際の影のように立っている。
腰には短杖、掌には何も握らずとも「事があれば即座に動く」と全身で語る姿勢だった。
ユリアンが口を開く。
「姉上の容態だが――回復はしている。
しかし傷跡は深いし、呪毒の余波も残る。
しばらくは離宮から出さない。医師の判断も同じだ」
言葉は柔らかだが、有無を言わせぬ圧が宿る。
そこに“弟”の影はない。王命にも似た重さだけがある。
カミラが扇を少しずらし、眉をひそめる。
「回復期は確かに大事。でも、友人の顔をまったく見られないのは辛いわ。
面会くらい、状態を見て許してくれればいいんじゃない?」
ユリアンは瞬きひとつせず頷いた。
「もちろん。姉上の心を慰めることは必要だ。
ただし、訪問者は私と医師の許可を得た者に限る。
雷を呼ぶような貴族の馬車は遠慮してもらう。――誓って、姉上の心の休まる顔ぶれだけ選ぶ」
カミラはその言葉にわずかに目を細める。
友人を名目に自分をも締め出すつもりか、と測るような視線。
するとユリアンは歩み寄り、穏やかに微笑んだ。
「カミラ。あなたはもちろん例外だよ。
姉上があなたを求めるときは、私がここにいなくとも、入館を許可する」
彼の声は優しいのに、背後で鍵が落ちる金属音がした気がして、カミラの胸に冷たい汗が滲む。
だが、それを表情に出さず軽く会釈した。
「……なら異論はないわ。友だちが出入りできる程度なら賛成よ」
視線は次にエドガーへ移る。
影のような青年はユリアンの一歩後ろに進み出る。
「リリーナ様のお世話役として離宮に常駐し、健康管理と護衛を担当いたします」
ユリアンは短く頷いた。
「信用している。姉上の望むものは何でも用意してくれ。
ただし、外から持ち込む品は必ず全て検分を通すこと。どんな花束も例外なく」
「畏まりました」
エドガーの声は、石畳をなでる夜風のように低く、従順というより忠誠に近い響きを纏う。
彼の緑の瞳が一瞬だけカミラをかすめ、互いに無言で頷き合った。
それでもユリアンの注意は緩まない。
彼は扉に手を置き、ふと遠い目をした。
「……あの夜、姉上は迷わず僕を庇った。
今度は僕が――姉上を世から庇う番だ」
囁きは甘さより冷たさを帯び、離宮の石壁に染みる。
カミラの胸に、薄い恐れがゆらりと立ち上った。
(彼の愛は、私の知る王族のそれではない。
友を護ってくれるなら味方を続ける……けれど、この執着がどこへ向かうのか)
扉が静かに開き、ユリアンとエドガーは中へ。
カミラはしばらくその背を見送った後、扉が閉じる重い音を聞いた。
白い離宮は再び沈黙に包まれる。
ただ、春を待たずに芽吹いた影だけが、石壁の内側に深く根を伸ばしていった。
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