1 / 20
廃墟ホテル
プロローグ
しおりを挟む
人生には「ここで止まっておけばよかった」と後悔する瞬間があるものだ。だが、この五人は、土砂崩れの起きたあの山道に戻れるのなら、躊躇なくそうしただろう――冷たい雨風に晒される車内の方が、よほど安らぎのある地獄だということを後で知る羽目になる。
嵐の夜、彼らの車は突然動かなくなった。土砂崩れによって道が塞がれ、まるで山そのものが彼らを拒絶しているかのようだった。エンジンが唸り声をあげるも無駄だった。道の先も後ろも、もはや存在しない。どこまでも続く雨のカーテンと泥濘だけが彼らを囲んでいた。
「なあ、これ、マジでどうすんの?」
隼人がハンドルを叩いてため息交じりに呟く。助手席の陽介は、冷静を装いながらも眉間の皺が深くなっていくのを隠しきれない。
「落ち着け。ここで騒いでも、どうにもならないだろう。まずは、どこか雨をしのげる場所を探そう。」
陽介が言うと、後部座席から奈緒が窓の外をじっと睨みながら静かに口を開いた。
「……あれ、建物みたい。見えない?」
奈緒の指差す方向、雨の向こうにぼんやりと黒い影が浮かんでいる。それはまるで雨そのものが生み出した幻影のようだった。
山道の奥に、それはあった。無骨な石造りの外観が、かつての栄光を無惨にも裏切るように朽ち果てている。看板はすでに崩れ落ちていたが、辛うじて読める文字が雨に滲んで見えた。
「……ホテル……白鷺……か?」
陽介が声に出して読み上げる。
「なんか、すっごい古そうだね。本当にホテルだったの?」
真理が眉をひそめて玄関を見つめる。
「だった、ってことは、今は違うんだよな。廃墟ってやつか?」
隼人が肩をすくめて、半ば冗談のように笑った。
「……どうでもいいわ。外で立ってるよりマシでしょ。とりあえず雨宿りさせてもらおうよ。」
奈緒が冷静にそう言い放つ。その声にはわずかに疲労と苛立ちが混じっていたが、誰も反論する気にはならなかった。
扉が開くと、腐った空気の塊が彼らを迎えた。湿り気を帯びた埃と、どこか鉄錆のような臭いが鼻を刺す。玄関ホールには豪華なシャンデリアが吊るされているが、今では蜘蛛の巣に覆われ、全ての輝きを失っていた。
「……うわ、ひでえな。」
隼人が口元を覆いながら呟く。
「まあ、嵐の中で温かいおもてなしを期待する方が変だろ。」
陽介が短く返したが、その表情はどこか引きつっていた。このホテルがただの廃墟で終わるはずがない、という漠然とした不安が頭をかすめる。
「電気とか、期待していいと思う?」
真理が壁のスイッチを押す真似をしながら皮肉っぽく笑う。もちろん、何も起こらなかった。
「だろうな。とりあえず、雨がしのげる部屋を探そう。どこか適当な場所で一晩やり過ごす。」
陽介が玄関ホールを見回しながら言うと、大樹がふと足元を見て立ち止まった。
「これ……鍵?」
彼がしゃがみ込み、拾い上げたのは古びた金属製の鍵だった。錆びついているものの、番号が辛うじて読める。
「……101、か。」
奈緒が覗き込みながら呟く。
「誰かが置いてったにしても、気味悪いな。でも、ここでうだうだしてても始まらない。使わせてもらうか。」
陽介が鍵を受け取り、先導するように廊下へ歩き出した。
その時、誰も気づかなかった。暗い廊下の奥、朽ちた壁の影に何かが潜んでいることに。音もなく、ただじっと彼らを見つめる存在があることを。
嵐の夜、彼らの車は突然動かなくなった。土砂崩れによって道が塞がれ、まるで山そのものが彼らを拒絶しているかのようだった。エンジンが唸り声をあげるも無駄だった。道の先も後ろも、もはや存在しない。どこまでも続く雨のカーテンと泥濘だけが彼らを囲んでいた。
「なあ、これ、マジでどうすんの?」
隼人がハンドルを叩いてため息交じりに呟く。助手席の陽介は、冷静を装いながらも眉間の皺が深くなっていくのを隠しきれない。
「落ち着け。ここで騒いでも、どうにもならないだろう。まずは、どこか雨をしのげる場所を探そう。」
陽介が言うと、後部座席から奈緒が窓の外をじっと睨みながら静かに口を開いた。
「……あれ、建物みたい。見えない?」
奈緒の指差す方向、雨の向こうにぼんやりと黒い影が浮かんでいる。それはまるで雨そのものが生み出した幻影のようだった。
山道の奥に、それはあった。無骨な石造りの外観が、かつての栄光を無惨にも裏切るように朽ち果てている。看板はすでに崩れ落ちていたが、辛うじて読める文字が雨に滲んで見えた。
「……ホテル……白鷺……か?」
陽介が声に出して読み上げる。
「なんか、すっごい古そうだね。本当にホテルだったの?」
真理が眉をひそめて玄関を見つめる。
「だった、ってことは、今は違うんだよな。廃墟ってやつか?」
隼人が肩をすくめて、半ば冗談のように笑った。
「……どうでもいいわ。外で立ってるよりマシでしょ。とりあえず雨宿りさせてもらおうよ。」
奈緒が冷静にそう言い放つ。その声にはわずかに疲労と苛立ちが混じっていたが、誰も反論する気にはならなかった。
扉が開くと、腐った空気の塊が彼らを迎えた。湿り気を帯びた埃と、どこか鉄錆のような臭いが鼻を刺す。玄関ホールには豪華なシャンデリアが吊るされているが、今では蜘蛛の巣に覆われ、全ての輝きを失っていた。
「……うわ、ひでえな。」
隼人が口元を覆いながら呟く。
「まあ、嵐の中で温かいおもてなしを期待する方が変だろ。」
陽介が短く返したが、その表情はどこか引きつっていた。このホテルがただの廃墟で終わるはずがない、という漠然とした不安が頭をかすめる。
「電気とか、期待していいと思う?」
真理が壁のスイッチを押す真似をしながら皮肉っぽく笑う。もちろん、何も起こらなかった。
「だろうな。とりあえず、雨がしのげる部屋を探そう。どこか適当な場所で一晩やり過ごす。」
陽介が玄関ホールを見回しながら言うと、大樹がふと足元を見て立ち止まった。
「これ……鍵?」
彼がしゃがみ込み、拾い上げたのは古びた金属製の鍵だった。錆びついているものの、番号が辛うじて読める。
「……101、か。」
奈緒が覗き込みながら呟く。
「誰かが置いてったにしても、気味悪いな。でも、ここでうだうだしてても始まらない。使わせてもらうか。」
陽介が鍵を受け取り、先導するように廊下へ歩き出した。
その時、誰も気づかなかった。暗い廊下の奥、朽ちた壁の影に何かが潜んでいることに。音もなく、ただじっと彼らを見つめる存在があることを。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる