101号室の鍵

藤原遊

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廃墟ホテル

プロローグ

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人生には「ここで止まっておけばよかった」と後悔する瞬間があるものだ。だが、この五人は、土砂崩れの起きたあの山道に戻れるのなら、躊躇なくそうしただろう――冷たい雨風に晒される車内の方が、よほど安らぎのある地獄だということを後で知る羽目になる。

嵐の夜、彼らの車は突然動かなくなった。土砂崩れによって道が塞がれ、まるで山そのものが彼らを拒絶しているかのようだった。エンジンが唸り声をあげるも無駄だった。道の先も後ろも、もはや存在しない。どこまでも続く雨のカーテンと泥濘だけが彼らを囲んでいた。

「なあ、これ、マジでどうすんの?」
隼人がハンドルを叩いてため息交じりに呟く。助手席の陽介は、冷静を装いながらも眉間の皺が深くなっていくのを隠しきれない。

「落ち着け。ここで騒いでも、どうにもならないだろう。まずは、どこか雨をしのげる場所を探そう。」
陽介が言うと、後部座席から奈緒が窓の外をじっと睨みながら静かに口を開いた。

「……あれ、建物みたい。見えない?」

奈緒の指差す方向、雨の向こうにぼんやりと黒い影が浮かんでいる。それはまるで雨そのものが生み出した幻影のようだった。

山道の奥に、それはあった。無骨な石造りの外観が、かつての栄光を無惨にも裏切るように朽ち果てている。看板はすでに崩れ落ちていたが、辛うじて読める文字が雨に滲んで見えた。

「……ホテル……白鷺……か?」
陽介が声に出して読み上げる。

「なんか、すっごい古そうだね。本当にホテルだったの?」
真理が眉をひそめて玄関を見つめる。

「だった、ってことは、今は違うんだよな。廃墟ってやつか?」
隼人が肩をすくめて、半ば冗談のように笑った。

「……どうでもいいわ。外で立ってるよりマシでしょ。とりあえず雨宿りさせてもらおうよ。」
奈緒が冷静にそう言い放つ。その声にはわずかに疲労と苛立ちが混じっていたが、誰も反論する気にはならなかった。

扉が開くと、腐った空気の塊が彼らを迎えた。湿り気を帯びた埃と、どこか鉄錆のような臭いが鼻を刺す。玄関ホールには豪華なシャンデリアが吊るされているが、今では蜘蛛の巣に覆われ、全ての輝きを失っていた。

「……うわ、ひでえな。」
隼人が口元を覆いながら呟く。

「まあ、嵐の中で温かいおもてなしを期待する方が変だろ。」
陽介が短く返したが、その表情はどこか引きつっていた。このホテルがただの廃墟で終わるはずがない、という漠然とした不安が頭をかすめる。

「電気とか、期待していいと思う?」
真理が壁のスイッチを押す真似をしながら皮肉っぽく笑う。もちろん、何も起こらなかった。

「だろうな。とりあえず、雨がしのげる部屋を探そう。どこか適当な場所で一晩やり過ごす。」
陽介が玄関ホールを見回しながら言うと、大樹がふと足元を見て立ち止まった。

「これ……鍵?」
彼がしゃがみ込み、拾い上げたのは古びた金属製の鍵だった。錆びついているものの、番号が辛うじて読める。

「……101、か。」
奈緒が覗き込みながら呟く。

「誰かが置いてったにしても、気味悪いな。でも、ここでうだうだしてても始まらない。使わせてもらうか。」
陽介が鍵を受け取り、先導するように廊下へ歩き出した。

その時、誰も気づかなかった。暗い廊下の奥、朽ちた壁の影に何かが潜んでいることに。音もなく、ただじっと彼らを見つめる存在があることを。
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