101号室の鍵

藤原遊

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廃墟ホテル

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陽介が手にした鍵を軽く握りしめながら、廊下を奥へと進んでいく。軋む床が、まるで「これ以上踏み込むな」と訴えているかのようだった。長い廊下の先には、ところどころ破れた壁紙と、湿気で波打つ木材が見える。空気は重く、何かに押しつぶされそうなほどの圧迫感がある。

「101って、すぐ近くにあるのかな。」
真理が小さな声で言った。

「この調子ならすぐ見つかるだろ。古いホテルって、部屋番号は普通に並んでるし。」
隼人が、あまり自信のなさそうな声で答える。

「そうだといいけど……なんか変な感じがする。」
奈緒が独り言のように呟いた。誰もその言葉に返事をしなかった。変な感じ、というのは全員がうっすらと感じていたからだ。

壁のランプはほとんど割れていて、唯一残った電球が、かすかに光を放ちながら不規則に明滅している。それは廊下全体を、まるで息づくような薄明かりで包んでいた。歩けば歩くほど、どこか遠ざかっていくような錯覚に襲われるのは、そのせいなのかもしれない。

「101、あった!」
大樹の声が静寂を破った。廊下の右手、少し奥まった位置に「101」のプレートがかかった扉がある。錆びた金属の質感と、ところどころ剥げた塗装が妙に生々しい。大樹は迷うことなく近づき、扉の前で立ち止まった。

「これ……開けるんだよな?」
隼人が、半歩引いた位置から言う。

「他に行ける場所があるか?」
陽介が鍵を差し込みながら答える。鍵穴は錆で固まっているのか、思いのほか手応えが重かった。それでも、ゆっくりと力をかけると「カチリ」と音を立てて錠が開いた。

扉がゆっくりと軋みながら開く。中から漂ってきたのは、玄関ホール以上に濃い埃の臭いだった。湿気を帯びたその臭気は、長年誰も手を触れていないことを如実に物語っていた。

「うわ……すごいな、ここ。」
隼人が鼻をつまみながら顔をしかめる。部屋の中には古びたシングルベッドと、壁際の木製クローゼット。そして中央には、埃をかぶったテーブルと椅子が無造作に置かれている。

「まあ、雨風はしのげそうだけどね。」
真理が控えめな声で言う。

「いや、どう見ても掃除が必要だろ。誰がやるんだよ、これ。」
隼人が苦笑交じりに言った。

「お前が言い出したんだし、お前がやれよ。」
大樹が肩をすくめながら言うと、隼人は露骨に顔をしかめた。

「やるわけねーだろ、こんな汚いとこ触るの!」
「じゃあ黙ってろよ。」

軽い口論が始まりそうになるのを、陽介が手を上げて止めた。

「はい、はい、やめろ。さっさと中に入って、今日はここでやり過ごすぞ。」

四人が部屋の中に入り、埃っぽい空気を避けるように各々が距離を取る。奈緒だけが部屋の入口に立ったまま、廊下を振り返っていた。

「……なあ、どうした?」
陽介が気づいて声をかける。

「いや……なんか、廊下の向こう、暗すぎない?」
奈緒がぼそっと言った。

「そりゃ、廃墟だからな。電気もねーし。」
隼人が適当に返すが、奈緒の視線はそのままだ。

「……誰か、いるのかも。」

その一言で、部屋の中の空気が一瞬にして凍りついた。大樹が思わず奈緒の隣に立ち、廊下を覗き込む。

「いや、何もいないだろ。見えねーけど。」
そう言った彼の声は、わずかに震えていた。

その時、廊下の奥で、何かが「カタン」と音を立てた。振り返る暇もなく、五人全員が一瞬にして凍りついた。音は微かだが、明らかに何かが動いた気配だった。湿った空気が、かすかな風となって彼らの頬を撫でる。

「……風だよ、たぶん。」
陽介が絞り出すように言ったが、その場にいる全員が彼の言葉を信じていないことは明らかだった。

奈緒は一歩、部屋の中へと下がり、そっとドアを閉めた。ドアの向こうで、廊下が静まり返る。

だがその静けさが、かえって彼らを落ち着かせることはなかった。
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