101号室の鍵

藤原遊

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廃墟ホテル

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「……今の音、近くないか?」

隼人が小声で言った。廊下から聞こえる「カタン」という音。それは明らかに物が倒れる音だったが、不自然なほどリズミカルで、彼らを苛立たせるような間を空けて響いている。

「風じゃないか?どこかの窓が揺れてるとか。」
陽介はそう言いながらも、目線はドアの方を離さなかった。声は冷静だったが、無意識にポケットからスマホを取り出し、ライトを点けていた。

「……それにしては変よ。」
真理が眉をひそめたまま言う。
「さっきから一定の間隔で音がしてるけど、ただの風でこんな音が繰り返されるもの?」

その言葉に全員が沈黙する。彼らは誰も目で確かめたくなかった。ただ、ドアの向こうに何があるのか――それを知ることが恐ろしくて仕方なかった。

「確認するしかないな。」
陽介が短く言い、スマホのライトを廊下に向けた。ドアノブに手をかける。

「お、おい、マジかよ。」
隼人が慌てて引き止めようとするが、陽介は軽く手で制した。彼はゆっくりとドアを開け、ライトを廊下に滑らせる。廊下には何もいない。ただし、それはほんの数秒の間だけだった。

廊下の奥、明滅する電球の薄暗い光の先に、それは立っていた。ぼんやりとした影。人の形をしているようだが、正確にはそうではない。輪郭は歪み、細長い腕がまるで触手のように壁に張り付いている。

「なんだ、あれ……。」
真理が呟いた。

陽介が無意識にライトを動かすと、影は一瞬にして消えた。いや、正確には、明かりが触れた瞬間、影の輪郭が崩れるように闇へ溶けたのだ。

「……気のせいじゃないよな?」
隼人が声を絞り出すように言う。

「見たよな、今の。」
大樹が陽介に確認するように問いかけた。陽介は答えなかった。ただ、何もないはずの廊下をじっと見つめていた。

「もう閉めよう。ここにいても、あれが近づいてきたら……」
奈緒が震える声で言うと、陽介は小さくうなずき、ドアをゆっくりと閉めた。

その瞬間、部屋の中の空気が変わった。外の冷たさではなく、湿り気を帯びた何かが部屋全体を覆うように広がる。どこかで、かすかに聞こえていた足音が消えた。代わりに、耳の奥で「ざわざわ」と何かが囁くような音が響く。

「何これ……耳鳴り?」
真理が首を振りながら言ったが、その言葉に誰も答えなかった。全員が同じ音を聞いていたからだ。

「なんだよこれ、もうおかしいだろ……。」
隼人が座り込んでぼやいた。

「とにかく、ここにじっとしてるのも危険だ。」
陽介が短くそう言うと、大樹が眉をひそめた。

「でも、どこに行くんだよ。このホテル、俺たちが思ってる以上に広そうだし、下手に動けば迷うぞ。」

「それでも、動かない方がもっと危ないかもしれない。」
奈緒が鋭い声で言った。彼女の目は、まだドアを見つめている。閉じたはずのドアノブが、わずかに揺れていることに気づいたのは彼女だけだった。

「じゃあ、玄関まで戻るか?」
隼人がそう提案すると、陽介が即座に答えた。

「それしかない。外に出られるなら、このまま出よう。」

全員がうなずき、慌ただしく荷物をまとめる。だが、ドアを開けると、彼らはすぐに立ち尽くした。廊下が消えていた。

いや、正確には、廊下そのものは変わらない。ただ、どちらを向いても真っ暗な闇が続いているように見えた。出口がどちらなのか、まったく分からない。暗闇の中で揺れる微かな光――どこかにあったはずの明滅する電球すら見えない。

「これ……どういうこと?」
奈緒がかすれた声で言う。

「俺たち、ここに来た時……もっと明るかったよな?」
隼人が誰にともなく問いかけるが、答えはない。ただ、全員が暗闇に飲まれていくような感覚に恐怖していた。

「戻るしかないか。」
陽介が短く言った。

「戻る?どこに?」
真理が顔を曇らせた。

「さっきの部屋だ。これ以上進めないなら、そこに待機するしかない。」

「……待機って、何を待つんだよ!」
隼人が叫ぶ。だが、答える者はいなかった。陽介は無言で再びドアを開け、全員を部屋に促した。その時、廊下の闇が微かに動いたように見えた――いや、見えたのではなく、確かに「近づいてきた」のだ。
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