101号室の鍵

藤原遊

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廃墟ホテル

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部屋に戻ると、全員が無意識にドアの鍵をかけた。陽介が慎重にドアノブを引き、施錠を確認する音が、静まり返った空間にやけに大きく響く。湿った埃の臭いが鼻につき、空気はいつも以上に重く感じられた。

隼人がへたり込むように床に腰を下ろす。
「なあ、本当にこんなとこで休むのかよ?もう、無理じゃないか……。」
声は震えていた。

「言うな。今はここにいるしかない。」
陽介が短く答える。表情は冷静を装っているが、眉間の皺が深く刻まれている。

「外……真っ暗だよ。」
奈緒が窓の方に目をやりながら呟く。雨はまだ降り続けているが、どこか音が遠い。まるで窓の外そのものが、別の空間に変わってしまったかのようだった。

「そんなの、見りゃ分かるだろ。昼間でもここまで暗いのはおかしい。」
大樹が苛立ちを隠しきれない声で返す。

「静かに。」
陽介が低く一言発した瞬間だった。

遠く、廊下のどこかで低い音が響いた。それは何かがゆっくりと地面を叩くような音――音というより、振動だった。ゴン……ゴン……と、一定のリズムで少しずつ近づいてくる。それに続くように、床板が軋む音が不規則に混じり始めた。

「……な、なんだ?」
隼人が壁を背にしながら言う。

「誰かが歩いてる音……だとしたら、重すぎる。」
奈緒が言った。彼女は窓際に立ち、部屋全体をじっと見回している。

「おかしい、ってどういうことだよ?」
隼人が問い詰めるように言うが、奈緒は答える代わりに廊下を指差した。

「……近づいてる。」

その瞬間、ドアノブが小さく「カタン」と音を立てた。それはノックのような音ではなかった。ただ、何かがそこに触れた――それだけのことだった。

全員が息を止め、ドアを凝視する。誰も動かない。誰も声を上げない。ただ、全員の耳に響くのは、それぞれの胸の内で響く早鐘のような鼓動だけだった。

そして――ドアノブが、ゆっくりと回り始めた。

「嘘だろ……。」
隼人が声にならない声で呟いた。

扉がギィ……と嫌な音を立てながら開く。廊下の闇がじわじわと部屋の中へ流れ込むように見える中、それは現れた。細長い影のような体。動くたびに輪郭が歪み、境界が曖昧だ。その頭部に顔らしきものは見当たらず、代わりに白く光る二つの点が揺れながら全員をなぞるように動いている。

それはまるで人間のようだが、明らかに違っていた。異様な骨のような腕が、廊下の壁を這うように動き、ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。

「な……なんだ、あれ……。」
隼人が後ずさる。

「分かるわけない……でも、絶対に生き物じゃない。」
陽介がそう言った瞬間、それが首を傾け、鈍い音を立てて床に爪を立てた。

「逃げよう!こんなの、無理だ!」
隼人が叫んだが、体はその場から一歩も動けない。

その時、大樹が声を張り上げた。
「化け物か?いや、違う――これは鬼だ!」

その言葉に、全員が一瞬だけ大樹を見た。だが、それを否定する者はいなかった。あまりに異常で、理屈を超えた恐ろしさを持つ存在に、あえて名前をつけることで心の均衡を保とうとしているように見えた。

「鬼……か。」
陽介が短く呟く。

その名が、全員の意識に刻まれる。彼らの中で、「鬼」という呼称は恐怖の代名詞となった。

鬼がゆっくりと近づく。その動きには明確な意思が感じられる――攻撃するためではなく、ただ相手を追い詰め、その恐怖を最大限まで引き延ばすためのように。

「後ろに下がれ!少しでも距離を取るんだ!」
陽介が叫び、全員が一斉に壁際まで後退する。だが、鬼は止まらない。伸びた骨のような腕を壁に触れさせると、まるで壁そのものを腐食させるように、黒い染みがじわじわと広がった。

「どうするんだよ……!」
隼人が涙目になりながら叫ぶ。

その時、大樹が床に転がっていた椅子を掴み、鬼に向かって力任せに投げつけた。

「くらえ、化け物が!」

椅子は鬼の胴体に当たる――だが、その瞬間、音もなく溶けるように消失した。吸い込まれるように闇に消え、何の痕跡も残さない。

「嘘だろ……椅子が……」
大樹の声が震えた。

鬼が首を傾け、その白い目を奈緒に向けた瞬間、奈緒は突然頭を抱えて崩れ落ちた。

「ッ……!」
彼女は声にならない叫びを上げ、体を丸める。鬼の視線――それに触れただけで、体に異様な痛みが走る。それが全員に伝わるまで、時間はかからなかった。

「逃げろ!とにかくここから出るんだ!」
陽介が叫び、全員が部屋の出口に向かって走り出す。
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