20 / 20
双子の冒険
3
しおりを挟む
蓮と空は、101号室の前からゆっくりと後ずさった。背筋を這うような悪寒が、まだ完全には消えていない。二人とも無言のまま、足音をできるだけ立てないように廊下を戻ろうとしていた。
「……兄さん。」
静かに囁くような空の声に、蓮は小さく頷く。
「分かってる。ここ、何かおかしい。」
空気が重い。喉の奥が詰まるような感覚。
二人はエントランスロビーまで戻ると、無意識に深く息を吐いた。外の光がかすかに届いているが、それでもホテル内の薄暗さは不気味だった。
「どうする?このまま帰る?」
空が少し軽い調子で言うが、その声にはわずかな動揺が滲んでいる。
「……いや。」
蓮はポケットの中の鍵を握りしめた。
「101号室の中には何かがいた。でも、それが何なのか、分からないままだ。」
「だからって、戻るのか?」
空の眉がわずかにひそめられる。
「じゃあ、お前はどう思う?」
蓮が問い返すと、空はしばらく沈黙した。
「……分かんない。」
軽い冗談も出てこない。
空にとっても、これはただの肝試しの延長ではないと気づいたのだろう。
「でもさ、兄さん。」
「何だ?」
「俺たち、このホテルに入ってから、一人も見てないよな?」
蓮は一瞬、言葉を失った。
確かにそうだ。
この廃ホテルは心霊スポットとしてネットにも載っていた。当然、物好きな探検者や動画配信者が訪れる可能性が高い。にもかかわらず、誰一人いない。
いや、それどころか――
「音も、ない。」
蓮がポツリと呟いた。
足音も、風の音も、何かが崩れる気配すらしない。まるで、ここだけ世界から切り離されたような……。
「とりあえず、もう少しだけ調べる。」
蓮は決意したように言い、空も諦めたように肩をすくめた。
「……はいはい。兄さんがそう言うなら。」
だが、その時。
「カタン」
背後で、微かな音がした。
二人は一瞬で固まる。
振り返る。
ロビーの奥に続く廊下――101号室へと続く道の先に、わずかに開いた扉の影が見えた。
「……今、あのドア動いた?」
空が息を呑むように囁いた。
「分からない。」
蓮は声を低くしたまま、ポケットの中の鍵を握りしめる。
カタン
まただ。今度は、明らかに「101号室」の方向から。
誰かが、そこにいる。
「……兄さん、もう帰ろう。」
空が小さく囁いた。
蓮は僅かに逡巡したが、空の顔を見て決断した。
「……そうだな。」
今は深入りすべきじゃない。
二人は一歩ずつ後ずさり、ホテルの入り口へと向かう。慎重に足を運び、音を立てないように、静かに――。
しかし。
その瞬間、
バン!!
突如として、ホテル全体が響くほどの轟音が鳴り響いた。
まるで何かが重いものを叩きつけたような音。
二人は反射的に振り返った。
101号室の扉が――閉まっている。
さっきまでわずかに開いていたはずの扉が、ピタリと閉じられていた。
「……」
二人とも、動けない。
喉が強張る。心臓の鼓動が異様に速い。
「……兄さん、今の、何?」
空がようやく声を絞り出す。
「分からない。」
「……誰か、いる?」
「……かもしれない。」
だが、その「誰か」が、人である保証はない。
蓮は奥歯を噛みしめた。
ここは、普通の廃墟じゃない。
「帰るぞ。」
今度は、蓮が先に言った。
「もう十分だ。」
空は黙って頷いた。
二人は一歩ずつ慎重に、確実に、出口へと向かう。
外の光が見える。もう少し。あと少し――。
その時だった。
「……まだ……」
耳元で、誰かの囁きが聞こえた。
二人は弾かれたように振り向く。
だが、そこには何もいない。
「……っ!」
空が真っ青な顔で蓮の腕を掴む。
蓮も一瞬、視界が揺れるほどの恐怖を感じた。
何かが、ここにいる。
否、それはもう確信に変わっていた。
「行くぞ!!」
蓮が叫び、空の手を引いて走り出した。
出口の扉を勢いよく押し開け、二人は外へ飛び出す。
冷たい風が吹き抜ける。
外は、相変わらずの晴天だった。
蓮は肩で息をしながら、後ろを振り返った。
ホテルの入り口は、何事もなかったかのように静まり返っていた。
だが、二人は知っている。
あの中に、確かに 「何か」 がいたことを。
「……帰ろう。」
蓮はそう言い、空も黙って頷いた。
二人は自転車を掴み、黙々とペダルを漕ぎ始める。
だが、蓮はまだポケットの中にある鍵を強く握りしめていた。
このまま、終わるのか?
そう思うと、どうしても不安が拭えなかった。
そして、彼らはまだ知らない。
この時点で、すでに「101号室の鍵」は二人を離す気がなかったことを。
「……兄さん。」
静かに囁くような空の声に、蓮は小さく頷く。
「分かってる。ここ、何かおかしい。」
空気が重い。喉の奥が詰まるような感覚。
二人はエントランスロビーまで戻ると、無意識に深く息を吐いた。外の光がかすかに届いているが、それでもホテル内の薄暗さは不気味だった。
「どうする?このまま帰る?」
空が少し軽い調子で言うが、その声にはわずかな動揺が滲んでいる。
「……いや。」
蓮はポケットの中の鍵を握りしめた。
「101号室の中には何かがいた。でも、それが何なのか、分からないままだ。」
「だからって、戻るのか?」
空の眉がわずかにひそめられる。
「じゃあ、お前はどう思う?」
蓮が問い返すと、空はしばらく沈黙した。
「……分かんない。」
軽い冗談も出てこない。
空にとっても、これはただの肝試しの延長ではないと気づいたのだろう。
「でもさ、兄さん。」
「何だ?」
「俺たち、このホテルに入ってから、一人も見てないよな?」
蓮は一瞬、言葉を失った。
確かにそうだ。
この廃ホテルは心霊スポットとしてネットにも載っていた。当然、物好きな探検者や動画配信者が訪れる可能性が高い。にもかかわらず、誰一人いない。
いや、それどころか――
「音も、ない。」
蓮がポツリと呟いた。
足音も、風の音も、何かが崩れる気配すらしない。まるで、ここだけ世界から切り離されたような……。
「とりあえず、もう少しだけ調べる。」
蓮は決意したように言い、空も諦めたように肩をすくめた。
「……はいはい。兄さんがそう言うなら。」
だが、その時。
「カタン」
背後で、微かな音がした。
二人は一瞬で固まる。
振り返る。
ロビーの奥に続く廊下――101号室へと続く道の先に、わずかに開いた扉の影が見えた。
「……今、あのドア動いた?」
空が息を呑むように囁いた。
「分からない。」
蓮は声を低くしたまま、ポケットの中の鍵を握りしめる。
カタン
まただ。今度は、明らかに「101号室」の方向から。
誰かが、そこにいる。
「……兄さん、もう帰ろう。」
空が小さく囁いた。
蓮は僅かに逡巡したが、空の顔を見て決断した。
「……そうだな。」
今は深入りすべきじゃない。
二人は一歩ずつ後ずさり、ホテルの入り口へと向かう。慎重に足を運び、音を立てないように、静かに――。
しかし。
その瞬間、
バン!!
突如として、ホテル全体が響くほどの轟音が鳴り響いた。
まるで何かが重いものを叩きつけたような音。
二人は反射的に振り返った。
101号室の扉が――閉まっている。
さっきまでわずかに開いていたはずの扉が、ピタリと閉じられていた。
「……」
二人とも、動けない。
喉が強張る。心臓の鼓動が異様に速い。
「……兄さん、今の、何?」
空がようやく声を絞り出す。
「分からない。」
「……誰か、いる?」
「……かもしれない。」
だが、その「誰か」が、人である保証はない。
蓮は奥歯を噛みしめた。
ここは、普通の廃墟じゃない。
「帰るぞ。」
今度は、蓮が先に言った。
「もう十分だ。」
空は黙って頷いた。
二人は一歩ずつ慎重に、確実に、出口へと向かう。
外の光が見える。もう少し。あと少し――。
その時だった。
「……まだ……」
耳元で、誰かの囁きが聞こえた。
二人は弾かれたように振り向く。
だが、そこには何もいない。
「……っ!」
空が真っ青な顔で蓮の腕を掴む。
蓮も一瞬、視界が揺れるほどの恐怖を感じた。
何かが、ここにいる。
否、それはもう確信に変わっていた。
「行くぞ!!」
蓮が叫び、空の手を引いて走り出した。
出口の扉を勢いよく押し開け、二人は外へ飛び出す。
冷たい風が吹き抜ける。
外は、相変わらずの晴天だった。
蓮は肩で息をしながら、後ろを振り返った。
ホテルの入り口は、何事もなかったかのように静まり返っていた。
だが、二人は知っている。
あの中に、確かに 「何か」 がいたことを。
「……帰ろう。」
蓮はそう言い、空も黙って頷いた。
二人は自転車を掴み、黙々とペダルを漕ぎ始める。
だが、蓮はまだポケットの中にある鍵を強く握りしめていた。
このまま、終わるのか?
そう思うと、どうしても不安が拭えなかった。
そして、彼らはまだ知らない。
この時点で、すでに「101号室の鍵」は二人を離す気がなかったことを。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる