役立たずだと追放された私が祈らなくなった結果、王国は滅びました

藤原遊

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第1話 役立たず

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聖女の祈りが、何の役に立つのか。
それを問われるたび、私は答えに困った。

雨が降る。
病が流行らない。
魔物が境界を越えない。
作物が枯れない。
――そういう“何も起きない日々”を、当たり前にする。

それが、私の仕事だった。

けれど、平和が長く続くほど、人は「何も起きないこと」を私の功績だと思わなくなる。
むしろ、何も起きないのだから、私などいなくても同じなのだと。

王都の大聖堂で祈りを捧げる私のもとへ、ある日、王城からの呼び出しが届いた。
臨時の評議会――そう記された封蝋を見た瞬間、胸の奥がすうっと冷えた。

私は身支度を整え、神殿の侍女と共に王城へ向かった。
廊下を進むたび、侍女たちの視線が背に刺さる。
同情なのか、好奇心なのか、それとも――安堵なのか。

評議会の間には、王、宰相、騎士団長、そして数名の貴族が揃っていた。
私は規定通りに膝を折り、頭を垂れる。

「聖女セレスティア、参りました」

「顔を上げよ」

王の声は、いつもより硬い。
私は静かに顔を上げた。

そして見た。
私の背後に控えていたはずの神官長が、すでに“向こう側”に立っていることを。

――ああ、と私は心の中で息を吐いた。
今日は、そういう日なのだ。

「本日をもって、聖女セレスティアをその任から解く」

宰相が淡々と告げる。
紙を読み上げるだけの声だった。

「理由は?」

私は問い返した。声は思ったより落ち着いていた。

宰相は一瞬だけ私を見て、次の言葉を続けた。

「役に立っていないからだ」

場が静まり返る。
その沈黙の中で、私は――笑ってしまいそうになった。

役に立っていない。
それはつまり、「何も起きていない」という意味だ。
私が毎日祈り続けてきた結果に他ならない。

「近年、王国内で大きな災厄は起きていない。魔物の被害も減り、疫病も沈静化している。つまり、聖女の祈りなど必要ないのではないか――そう結論づけた」

宰相の言葉に、数名の貴族がうなずいた。
まるで“合理的な改革”を語っているような顔で。

騎士団長が咳払いをする。

「王国の財政は逼迫している。大聖堂の維持費、聖女の待遇……削れるものは削るべきだ」

削れる。
私という人間が、予算の項目に見えるのだろう。

王は私を見ず、玉座の肘掛けを握ったまま告げた。

「……追放だ。王都から出よ。以後、聖女を名乗ることも許さぬ」

追放。
解任ではなく、追放。
それは私が“厄介払い”であることを意味していた。

私はゆっくりと息を吸った。
怒りが湧くかと思ったのに、胸に広がったのは妙な静けさだった。

――そうか。
ここまで来たのだ。

「承知いたしました」

私がそう言うと、宰相の眉がわずかに動いた。
反論すると思っていたのだろう。

「……異議はないのか?」

「ございません。王国がそう判断なさるなら、それに従います」

私は立ち上がり、深く一礼した。

「ただし」

その一言で、室内の空気がぴんと張り詰める。

「私は今日まで“王国のために”祈ってきました。ですが、追放される者に義務はありません」

宰相が口を開きかけるのを、私は静かに制した。

「明日から、私は祈りません」

誰かが息を呑む音がした。
騎士団長が顔をしかめる。

「脅しのつもりか」

「いいえ。確認です。私の仕事は“祈り”でした。王国がそれを不要と判断した以上、私はそれを続ける理由を失いました」

王が初めて私を見た。
その目に浮かんだのは、困惑だった。

――王は、祈りの意味を知っている。
けれど、王の周囲が“不要”だと言い切った。
そして王は、それを止めなかった。

私はもう一度だけ頭を下げた。

「ご武運を。どうか、皆さまの信じる通りの未来が訪れますように」

皮肉のつもりはなかった。
ただ、本心だった。

私は踵を返し、評議会の間を後にする。
背中に浴びせられる視線の中で、ひとつだけ確信していた。

――祈りは、目に見えない。
だから、失って初めて“あった”と気づく。

そしてその日が来るのは、きっと思っているより早い。
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