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第2話 最初に止まったもの
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王都を出てから、私は祈らなかった。
怒りに任せたわけではない。
見せつけるためでも、復讐のためでもない。
ただ、祈る理由がなくなったからだ。
聖女の祈りは、信仰ではなく“役割”だった。
王国のために、王国に属する者として果たす義務。
その義務を不要と判断された以上、私が続ける理由はない。
私は国境に近い小さな町に腰を落ち着けた。
聖女であったことは伏せ、薬草の知識を活かして暮らす。
王都では、何も起きていないと聞いている。
雨は降り、作物は育ち、魔物の被害も増えていない。
人々はきっと、こう思っているだろう。
――やはり、聖女などいなくても問題なかったのだ、と。
けれど、祈りが担っていたのは、
「劇的な奇跡」ではない。
それは、歪みを生まないための“調整”だった。
最初に異変が現れたのは、神殿だった。
王都の神殿で、祈祷の時間がずれ始めたという。
細かな祭式が省略され、
祈りの文言が短くなり、
やがて「今日は忙しいから」と、後回しにされるようになった。
祈りの効果が目に見えない以上、
優先順位は、どうしても下がる。
次に起きたのは、治癒だった。
重症ではない。
命に関わるほどでもない。
ただ、治りが遅い。
回復に、少しだけ時間がかかる。
医師たちは首をかしげたが、
「季節の変わり目だからだろう」
「気のせいだ」
そう結論づけた。
誰も、祈りと結びつけようとはしない。
それから、天候。
干ばつでも洪水でもない。
ただ、雨の降り方が不規則になった。
農民たちは不満を漏らしながらも、
「今年はこういう年なのだろう」と受け入れる。
小さな違和感は、
理由が分からない限り、問題にならない。
王城では、私の代わりに“新しい聖女”を立てる案が出たと聞いた。
血筋も、資質も確認せず、
「祈ってくれそうな娘」を選べばよいという話だったらしい。
祈りを、形式だと思っているのだ。
私は、その話を聞いて、静かに目を閉じた。
祈りは言葉ではない。
積み重ねだ。
日々、同じ時間に、同じ場所で、
同じ対象に向けて行われることで、
国全体を“均す”。
それを一年、十年、百年と続けて、
ようやく安定する。
代わりは、きかない。
けれど――
それを説明するつもりはなかった。
私はもう、聖女ではない。
王国が選んだのは、
「分からないものを切り捨てる」という判断だ。
ならば、その結果を受け取るのも、
王国の責任だろう。
町の外れで、空を見上げる。
雲の流れは、どこかぎこちない。
まだ誰も気づいていない。
けれど、確実に、歯車はずれ始めている。
王国が本当に失ったものに気づくのは、
――もう少し先の話だ。
怒りに任せたわけではない。
見せつけるためでも、復讐のためでもない。
ただ、祈る理由がなくなったからだ。
聖女の祈りは、信仰ではなく“役割”だった。
王国のために、王国に属する者として果たす義務。
その義務を不要と判断された以上、私が続ける理由はない。
私は国境に近い小さな町に腰を落ち着けた。
聖女であったことは伏せ、薬草の知識を活かして暮らす。
王都では、何も起きていないと聞いている。
雨は降り、作物は育ち、魔物の被害も増えていない。
人々はきっと、こう思っているだろう。
――やはり、聖女などいなくても問題なかったのだ、と。
けれど、祈りが担っていたのは、
「劇的な奇跡」ではない。
それは、歪みを生まないための“調整”だった。
最初に異変が現れたのは、神殿だった。
王都の神殿で、祈祷の時間がずれ始めたという。
細かな祭式が省略され、
祈りの文言が短くなり、
やがて「今日は忙しいから」と、後回しにされるようになった。
祈りの効果が目に見えない以上、
優先順位は、どうしても下がる。
次に起きたのは、治癒だった。
重症ではない。
命に関わるほどでもない。
ただ、治りが遅い。
回復に、少しだけ時間がかかる。
医師たちは首をかしげたが、
「季節の変わり目だからだろう」
「気のせいだ」
そう結論づけた。
誰も、祈りと結びつけようとはしない。
それから、天候。
干ばつでも洪水でもない。
ただ、雨の降り方が不規則になった。
農民たちは不満を漏らしながらも、
「今年はこういう年なのだろう」と受け入れる。
小さな違和感は、
理由が分からない限り、問題にならない。
王城では、私の代わりに“新しい聖女”を立てる案が出たと聞いた。
血筋も、資質も確認せず、
「祈ってくれそうな娘」を選べばよいという話だったらしい。
祈りを、形式だと思っているのだ。
私は、その話を聞いて、静かに目を閉じた。
祈りは言葉ではない。
積み重ねだ。
日々、同じ時間に、同じ場所で、
同じ対象に向けて行われることで、
国全体を“均す”。
それを一年、十年、百年と続けて、
ようやく安定する。
代わりは、きかない。
けれど――
それを説明するつもりはなかった。
私はもう、聖女ではない。
王国が選んだのは、
「分からないものを切り捨てる」という判断だ。
ならば、その結果を受け取るのも、
王国の責任だろう。
町の外れで、空を見上げる。
雲の流れは、どこかぎこちない。
まだ誰も気づいていない。
けれど、確実に、歯車はずれ始めている。
王国が本当に失ったものに気づくのは、
――もう少し先の話だ。
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