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第4話 数字は嘘をつかない
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異変は、ついに「報告書」の形で表に出始めた。
最初に騒ぎになったのは、治癒院だった。
重症患者の数が増えたわけではない。
死者が急増したわけでもない。
ただ、回復までに要する日数が、
目に見えて延びていた。
「医師の腕は変わっていない」
「薬の質も落ちていない」
「予算も、設備も、去年と同じだ」
それでも、数字だけが合わない。
平均治療日数。
再発率。
治癒後の体力回復までの期間。
どれもが、少しずつ、しかし確実に悪化していた。
農務省の報告も同様だった。
大凶作ではない。
飢饉と呼ぶほどではない。
だが、収穫量は前年比で数%落ち、
保存中の穀物の劣化が早まっている。
境界警備の記録も、静かに赤字を刻み始めていた。
魔物の数が急増したわけではない。
だが、討伐に要する人員と時間が増えている。
小さなズレ。
小さな負担。
それが、王国全体に広がっていった。
「……聖女を追放した件と、関係があるのではないか」
そう口にした者は、すぐに制された。
「祈りは続いている」
「代わりの聖女も、形式通り務めている」
「今さら判断を誤ったとは言えない」
判断を誤ったと認めることは、
責任を負うことと同義だった。
やがて、その矛先は、
新しい“聖女”へと向けられる。
「祈りが足りないのではないか」
「心がこもっていないのではないか」
「本当に、神に選ばれているのか」
彼女は、何も答えられなかった。
選ばれてなどいない。
雇われただけなのだから。
それでも彼女は、
責められ、怯え、
祈り続けるふりをするしかなかった。
王城は、ついに動いた。
「元の聖女を探せ」
非公式な命令が出されたのは、
追放から半年が過ぎた頃だった。
だが、捜索は難航した。
聖女は、聖女の衣を着ていなければ、
ただの娘と変わらない。
特別な印があるわけでも、
常に奇跡を起こして歩くわけでもない。
白い法衣を脱ぎ、
髪を簡素にまとめ、
町の娘の服を着てしまえば、
見分けがつく者など、どこにもいなかった。
そもそも――
誰も、私の顔を知らなかった。
彼らが知っていたのは、
「聖女」という役割だけだ。
その頃、私は王国の片隅の町で、
薬草を扱いながら暮らしていた。
特別なことは何もしていない。
奇跡も起こしていない。
それでも、この町では、
病は悪化せず、
作物は枯れず、
人々は静かに日々を過ごしている。
私は、その理由を理解していた。
祈りは、国と結びついた義務だ。
王国のために祈るから、王国に作用する。
今の私は、
どこの町娘とも変わらない。
祈らない。
祈る理由も、義務もない。
だからこそ、
ここには“揺らぎ”がない。
王国は、まだ耐えている。
だが、耐えられる時間には限りがある。
そして、その限界が訪れたとき、
彼らは気づくのだろう。
聖女を失ったのではない。
聖女を、役割としてしか見なかったことを。
最初に騒ぎになったのは、治癒院だった。
重症患者の数が増えたわけではない。
死者が急増したわけでもない。
ただ、回復までに要する日数が、
目に見えて延びていた。
「医師の腕は変わっていない」
「薬の質も落ちていない」
「予算も、設備も、去年と同じだ」
それでも、数字だけが合わない。
平均治療日数。
再発率。
治癒後の体力回復までの期間。
どれもが、少しずつ、しかし確実に悪化していた。
農務省の報告も同様だった。
大凶作ではない。
飢饉と呼ぶほどではない。
だが、収穫量は前年比で数%落ち、
保存中の穀物の劣化が早まっている。
境界警備の記録も、静かに赤字を刻み始めていた。
魔物の数が急増したわけではない。
だが、討伐に要する人員と時間が増えている。
小さなズレ。
小さな負担。
それが、王国全体に広がっていった。
「……聖女を追放した件と、関係があるのではないか」
そう口にした者は、すぐに制された。
「祈りは続いている」
「代わりの聖女も、形式通り務めている」
「今さら判断を誤ったとは言えない」
判断を誤ったと認めることは、
責任を負うことと同義だった。
やがて、その矛先は、
新しい“聖女”へと向けられる。
「祈りが足りないのではないか」
「心がこもっていないのではないか」
「本当に、神に選ばれているのか」
彼女は、何も答えられなかった。
選ばれてなどいない。
雇われただけなのだから。
それでも彼女は、
責められ、怯え、
祈り続けるふりをするしかなかった。
王城は、ついに動いた。
「元の聖女を探せ」
非公式な命令が出されたのは、
追放から半年が過ぎた頃だった。
だが、捜索は難航した。
聖女は、聖女の衣を着ていなければ、
ただの娘と変わらない。
特別な印があるわけでも、
常に奇跡を起こして歩くわけでもない。
白い法衣を脱ぎ、
髪を簡素にまとめ、
町の娘の服を着てしまえば、
見分けがつく者など、どこにもいなかった。
そもそも――
誰も、私の顔を知らなかった。
彼らが知っていたのは、
「聖女」という役割だけだ。
その頃、私は王国の片隅の町で、
薬草を扱いながら暮らしていた。
特別なことは何もしていない。
奇跡も起こしていない。
それでも、この町では、
病は悪化せず、
作物は枯れず、
人々は静かに日々を過ごしている。
私は、その理由を理解していた。
祈りは、国と結びついた義務だ。
王国のために祈るから、王国に作用する。
今の私は、
どこの町娘とも変わらない。
祈らない。
祈る理由も、義務もない。
だからこそ、
ここには“揺らぎ”がない。
王国は、まだ耐えている。
だが、耐えられる時間には限りがある。
そして、その限界が訪れたとき、
彼らは気づくのだろう。
聖女を失ったのではない。
聖女を、役割としてしか見なかったことを。
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