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王宮へ
仲間を得る
すぐさまサーシャは生地の選定を始めた。
軽くしなやかで艶のあるもの。少し厚みがあり落ち着いたもの。空気を多く含みふんわりとしたもの。かつて触れた生地や、聞き知った生地を思い出し、カイに取り寄せてもらった。
サリシャもこの候補に入れられると良いのだが、あいにくサリシャの手触りはたいそう悪い。快適性と実用性が求められるお仕着せには不向きだろう。
「……あんたが要るって言うから色んなとこから集めたが、俺にはどれも同じに見えるんだよなあ」
小さな応接机いっぱいに並べた生地の一枚を、カイがつまみ上げる。
「でもさすがに触ってみればわかりませんか? ほら、こっちはさらりとしていて、こっちはつるりとしてるんですよ」
「え? さらりと……つるり? それって何か違うのか?」
二人で応接机を覗き込み、交互に生地に触れてはあれやこれやと言い合う。
やがてカイはソファにどさりと腰を下ろし、眼鏡を取って片手で目元を揉んだ。
「あー慣れないもん見て目が疲れた」
「カイさん、もしかしてその眼鏡、目に合ってないんじゃないですか?」
カイは一瞬言葉に詰まり、手元の眼鏡を眺める。
「……いいんだ。好きでかけてるから」
そう言ってカイは執務机に戻った。
吟味し絞り込んだ生地を前にして、サーシャの手は止まっている。
まっすぐ切って縫うだけなのに、自分がその『まっすぐ』すらできないことを思い出したのだ。
はさみを持った手を呆然と見ているサーシャに、カイが声をかける。
「……なんだ? 危なっかしいな。布が決まったんなら持っていくぞ」
「持っていくって、どこへですか?」
「王宮の……縫製室だったか? 補佐殿に言われて話は通してある」
たどり着いた縫製室で、カイはお針子長を呼んだ。しかし、怪訝な顔で出てきた女性はカイの話をあっさりと断った。
「服飾室長に言ったとしても、私ら縫製室にも言っといてもらわないと困りますよ。王女宮の仕事だなんて、それなりの者をつけなきゃなりませんし。今日はどうにもなりませんね」
サーシャはその言葉を、布を抱えてカイの後ろで頭を下げながら聞いていた。
お針子長の言うことはもっともだ。人選を依頼して出直すべきだと考えていると、別の方向から声が上がった。
「長、その仕事、あたしにやらせてください!」
声の主は、まだ年若い少女のようなお針子だった。
「えー! カイさん、ローディック姉妹のこと知らないんですか?」
縫製室の一角に、少女の高い声が響く。
お目付け役として充てがわれた先輩針子のひと睨みに、ピコという名の新米針子は慌てて口を押さえた。
「……名前くらいは知ってるが、顔なんて見たことない。田舎の出だとそんなもんだろ」
「あたしなんてひと目でわかりましたよ! サーシャさん、この前ここに来てましたよね?」
サーシャは笑って「そうね」と返す。王女宮の侍女の荷物を一緒に運んだ時のことだろう。
「やっぱり! 先輩たちに言っても信じてくれなかったんですよ。あー、憧れのサーシャさんと一緒に仕事ができるなんて。子どもの頃の自分に自慢したいっ」
口ばかり動かしているようでも、ピコはあっという間に数着分の裁断を終わらせた。次はいよいよシルエットの調整と仮縫いに入る。ここからが『ただの布』と『新たなお仕着せ』の分かれ道だ。
まっすぐに切り揃えられただけの布は、形になるのを待っている。賑やかで頼もしい仲間を得て、お仕着せはようやくその輪郭を整えようとしていた。
軽くしなやかで艶のあるもの。少し厚みがあり落ち着いたもの。空気を多く含みふんわりとしたもの。かつて触れた生地や、聞き知った生地を思い出し、カイに取り寄せてもらった。
サリシャもこの候補に入れられると良いのだが、あいにくサリシャの手触りはたいそう悪い。快適性と実用性が求められるお仕着せには不向きだろう。
「……あんたが要るって言うから色んなとこから集めたが、俺にはどれも同じに見えるんだよなあ」
小さな応接机いっぱいに並べた生地の一枚を、カイがつまみ上げる。
「でもさすがに触ってみればわかりませんか? ほら、こっちはさらりとしていて、こっちはつるりとしてるんですよ」
「え? さらりと……つるり? それって何か違うのか?」
二人で応接机を覗き込み、交互に生地に触れてはあれやこれやと言い合う。
やがてカイはソファにどさりと腰を下ろし、眼鏡を取って片手で目元を揉んだ。
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「カイさん、もしかしてその眼鏡、目に合ってないんじゃないですか?」
カイは一瞬言葉に詰まり、手元の眼鏡を眺める。
「……いいんだ。好きでかけてるから」
そう言ってカイは執務机に戻った。
吟味し絞り込んだ生地を前にして、サーシャの手は止まっている。
まっすぐ切って縫うだけなのに、自分がその『まっすぐ』すらできないことを思い出したのだ。
はさみを持った手を呆然と見ているサーシャに、カイが声をかける。
「……なんだ? 危なっかしいな。布が決まったんなら持っていくぞ」
「持っていくって、どこへですか?」
「王宮の……縫製室だったか? 補佐殿に言われて話は通してある」
たどり着いた縫製室で、カイはお針子長を呼んだ。しかし、怪訝な顔で出てきた女性はカイの話をあっさりと断った。
「服飾室長に言ったとしても、私ら縫製室にも言っといてもらわないと困りますよ。王女宮の仕事だなんて、それなりの者をつけなきゃなりませんし。今日はどうにもなりませんね」
サーシャはその言葉を、布を抱えてカイの後ろで頭を下げながら聞いていた。
お針子長の言うことはもっともだ。人選を依頼して出直すべきだと考えていると、別の方向から声が上がった。
「長、その仕事、あたしにやらせてください!」
声の主は、まだ年若い少女のようなお針子だった。
「えー! カイさん、ローディック姉妹のこと知らないんですか?」
縫製室の一角に、少女の高い声が響く。
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「……名前くらいは知ってるが、顔なんて見たことない。田舎の出だとそんなもんだろ」
「あたしなんてひと目でわかりましたよ! サーシャさん、この前ここに来てましたよね?」
サーシャは笑って「そうね」と返す。王女宮の侍女の荷物を一緒に運んだ時のことだろう。
「やっぱり! 先輩たちに言っても信じてくれなかったんですよ。あー、憧れのサーシャさんと一緒に仕事ができるなんて。子どもの頃の自分に自慢したいっ」
口ばかり動かしているようでも、ピコはあっという間に数着分の裁断を終わらせた。次はいよいよシルエットの調整と仮縫いに入る。ここからが『ただの布』と『新たなお仕着せ』の分かれ道だ。
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