【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば

文字の大きさ
14 / 69
リゼ1

12.使者ライナスの部屋へ

しおりを挟む
「おや、あなたは初めて見る人ですね。お名前は?
 そう、リゼさんというのですね。リゼ君とお呼びしても? いや、やっぱりリゼさんが呼びやすいですね。
 私は隣国のライナス・ジョイフェルです。元は平民ですから気軽にライナスと呼んでください。
 それでここにある荷物なんですが、王女殿下に随行する皆さんの衣装の生地見本と、向こうで流行っている戯曲の台本と、食文化について記された書物と、他にも色々一度に届いてしまいましてね、私にも何が何やらで困っているんですよ。
 とりあえずは紙類とそれ以外に分けるところから始めましょうか。
 あ、リゼさんが持っているのは台本の一部ですね。台本は全部で六種類ありましてね──」


  ライナスの勢いに最初こそ圧倒されたが、炊き出し中の女性たちのおしゃべりに比べると静かなものだ。
 何しろ彼女たちはみながめいめいに話す。対してライナスは一人だ。作業をしながらの会話も何ら苦になることはない。


「リゼさん、あなたすごく作業が速いですね。
 荷物の中身を私よりも把握しているみたいです。では次は紙類の仕分けをお願いします。
 ああ、台本は綴じてあったはずなんですがバラけていますね。書物の方が台本に比べて紙が薄いでしょう? その薄さにも我が国の技術の粋が詰まっていましてね──」

 立て板に水のごとくライナスは話し続ける。
 しかし意外なことに作業の妨げにはならず、軽妙な説明を聞きながらの片付けは想定よりも捗った。



 作業が終わり控えの間に戻りかけたリゼに、ライナスから声が掛かる。

「リゼさん、今持ち場が決まっていないのでしたら、これからはここの仕事を優先的にしてくれませんか?」

 リゼはひとまず上司に相談すると返答し、ライナスの部屋を辞した。
 先輩方は「あなたがいると仕事が捗るから」と口添えを申し出てくれたのだった。


 それからすぐにリゼはライナスの部屋付きとなるよう侍女長から命じられた。

 業務はこれまでと同じく雑務がほとんどだが、賓客のプライバシーや機密情報にも接するため、部屋付き侍女には確実性と信頼性が求められる。

 侍女長から知らせを聞いたローラが、すぐにリゼの元に駆けつけてくれた。

「リゼさんおめでとう! 出仕して日も浅いのにすごいことだわ。ドレスの仕立て直しを急がせて……ううん、それよりもお祝いに新調してもいいわね。使者様のところの侍女はみんな明るいいい子ばかりよ。リゼさんが入るとますます楽しいお部屋になるでしょうね」


 ローラの喜びように事の大きさを知り、部屋付きへの就任がいかに光栄なことかという実感が今更ながらに湧いてくる。
 ロランツにも早く報告をするべきだとローラから背中を押され、リゼは内務部へと足を運んだ。



 しかし地方調整室にロランツの姿はなかった。
 出直すべきかと考えていたリゼに不意に声がかかる。

「室長ならもうじき戻る予定です」

「ギ、ギルベルト様っ」

 焦るリゼの様子がよほど可笑しかったのだろうか、ギルベルトが吹き出すのを堪えるように咳ばらいをしている。

「失礼、驚かせるつもりはなかった。室長が戻るまでしばらく待っていてください」

 そこまで言ってギルベルトは言葉を止めた。
 そして不意に手を上げリゼの髪に触れる寸前、ハッとしたようにまた手を下ろす。いつでも隙のないギルベルトが、今日はやけにぎこちない。
 リゼはギルベルトの目線から髪のリボンに思い至り、慌てて頭を下げた。

「ギルベルト様。お礼が遅くなりましたが、こちらのリボンありがとうございました。とても素敵なお品で、毎日愛用しております」

「あ、ああ、構わない。あなたによく似合うと思って選んだものです」

 ギルベルトらしからぬ言葉に、リゼは思わず顔を上げる。するとそこには、目を見開いて片手で自身の口を覆うギルベルトがいた。
 あまりにも常にない様子のギルベルトにリゼも驚き、二人して黙り込んでしまう。リゼはどうしていいかわからず途方に暮れた。


 そこにタイミング良くと言うべきか、ロランツが戻ってきた。

「リゼが来てくれるなんて嬉しいね。おやギルベルト、妙な顔をしてどうしたの」

「いえ、室長はじきに戻ると伝えていただけです。失礼します」

 ギルベルトは赤らめた頬を隠すように顔をそむけ立ち去った。

 気を取り直して、部屋付きになったことを報告すると、ロランツは手放しで我がことのように喜んでくれた。

 リゼは先ほどのギルベルトの様子が頭から離れず、ロランツに申し訳なさを感じながらも心ここにあらずで報告を終えたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...