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リゼ1
12.使者ライナスの部屋へ
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「おや、あなたは初めて見る人ですね。お名前は?
そう、リゼさんというのですね。リゼ君とお呼びしても? いや、やっぱりリゼさんが呼びやすいですね。
私は隣国のライナス・ジョイフェルです。元は平民ですから気軽にライナスと呼んでください。
それでここにある荷物なんですが、王女殿下に随行する皆さんの衣装の生地見本と、向こうで流行っている戯曲の台本と、食文化について記された書物と、他にも色々一度に届いてしまいましてね、私にも何が何やらで困っているんですよ。
とりあえずは紙類とそれ以外に分けるところから始めましょうか。
あ、リゼさんが持っているのは台本の一部ですね。台本は全部で六種類ありましてね──」
ライナスの勢いに最初こそ圧倒されたが、炊き出し中の女性たちのおしゃべりに比べると静かなものだ。
何しろ彼女たちはみながめいめいに話す。対してライナスは一人だ。作業をしながらの会話も何ら苦になることはない。
「リゼさん、あなたすごく作業が速いですね。
荷物の中身を私よりも把握しているみたいです。では次は紙類の仕分けをお願いします。
ああ、台本は綴じてあったはずなんですがバラけていますね。書物の方が台本に比べて紙が薄いでしょう? その薄さにも我が国の技術の粋が詰まっていましてね──」
立て板に水のごとくライナスは話し続ける。
しかし意外なことに作業の妨げにはならず、軽妙な説明を聞きながらの片付けは想定よりも捗った。
作業が終わり控えの間に戻りかけたリゼに、ライナスから声が掛かる。
「リゼさん、今持ち場が決まっていないのでしたら、これからはここの仕事を優先的にしてくれませんか?」
リゼはひとまず上司に相談すると返答し、ライナスの部屋を辞した。
先輩方は「あなたがいると仕事が捗るから」と口添えを申し出てくれたのだった。
それからすぐにリゼはライナスの部屋付きとなるよう侍女長から命じられた。
業務はこれまでと同じく雑務がほとんどだが、賓客のプライバシーや機密情報にも接するため、部屋付き侍女には確実性と信頼性が求められる。
侍女長から知らせを聞いたローラが、すぐにリゼの元に駆けつけてくれた。
「リゼさんおめでとう! 出仕して日も浅いのにすごいことだわ。ドレスの仕立て直しを急がせて……ううん、それよりもお祝いに新調してもいいわね。使者様のところの侍女はみんな明るいいい子ばかりよ。リゼさんが入るとますます楽しいお部屋になるでしょうね」
ローラの喜びように事の大きさを知り、部屋付きへの就任がいかに光栄なことかという実感が今更ながらに湧いてくる。
ロランツにも早く報告をするべきだとローラから背中を押され、リゼは内務部へと足を運んだ。
しかし地方調整室にロランツの姿はなかった。
出直すべきかと考えていたリゼに不意に声がかかる。
「室長ならもうじき戻る予定です」
「ギ、ギルベルト様っ」
焦るリゼの様子がよほど可笑しかったのだろうか、ギルベルトが吹き出すのを堪えるように咳ばらいをしている。
「失礼、驚かせるつもりはなかった。室長が戻るまでしばらく待っていてください」
そこまで言ってギルベルトは言葉を止めた。
そして不意に手を上げリゼの髪に触れる寸前、ハッとしたようにまた手を下ろす。いつでも隙のないギルベルトが、今日はやけにぎこちない。
リゼはギルベルトの目線から髪のリボンに思い至り、慌てて頭を下げた。
「ギルベルト様。お礼が遅くなりましたが、こちらのリボンありがとうございました。とても素敵なお品で、毎日愛用しております」
「あ、ああ、構わない。あなたによく似合うと思って選んだものです」
ギルベルトらしからぬ言葉に、リゼは思わず顔を上げる。するとそこには、目を見開いて片手で自身の口を覆うギルベルトがいた。
あまりにも常にない様子のギルベルトにリゼも驚き、二人して黙り込んでしまう。リゼはどうしていいかわからず途方に暮れた。
そこにタイミング良くと言うべきか、ロランツが戻ってきた。
「リゼが来てくれるなんて嬉しいね。おやギルベルト、妙な顔をしてどうしたの」
「いえ、室長はじきに戻ると伝えていただけです。失礼します」
ギルベルトは赤らめた頬を隠すように顔をそむけ立ち去った。
気を取り直して、部屋付きになったことを報告すると、ロランツは手放しで我がことのように喜んでくれた。
リゼは先ほどのギルベルトの様子が頭から離れず、ロランツに申し訳なさを感じながらも心ここにあらずで報告を終えたのだった。
そう、リゼさんというのですね。リゼ君とお呼びしても? いや、やっぱりリゼさんが呼びやすいですね。
私は隣国のライナス・ジョイフェルです。元は平民ですから気軽にライナスと呼んでください。
それでここにある荷物なんですが、王女殿下に随行する皆さんの衣装の生地見本と、向こうで流行っている戯曲の台本と、食文化について記された書物と、他にも色々一度に届いてしまいましてね、私にも何が何やらで困っているんですよ。
とりあえずは紙類とそれ以外に分けるところから始めましょうか。
あ、リゼさんが持っているのは台本の一部ですね。台本は全部で六種類ありましてね──」
ライナスの勢いに最初こそ圧倒されたが、炊き出し中の女性たちのおしゃべりに比べると静かなものだ。
何しろ彼女たちはみながめいめいに話す。対してライナスは一人だ。作業をしながらの会話も何ら苦になることはない。
「リゼさん、あなたすごく作業が速いですね。
荷物の中身を私よりも把握しているみたいです。では次は紙類の仕分けをお願いします。
ああ、台本は綴じてあったはずなんですがバラけていますね。書物の方が台本に比べて紙が薄いでしょう? その薄さにも我が国の技術の粋が詰まっていましてね──」
立て板に水のごとくライナスは話し続ける。
しかし意外なことに作業の妨げにはならず、軽妙な説明を聞きながらの片付けは想定よりも捗った。
作業が終わり控えの間に戻りかけたリゼに、ライナスから声が掛かる。
「リゼさん、今持ち場が決まっていないのでしたら、これからはここの仕事を優先的にしてくれませんか?」
リゼはひとまず上司に相談すると返答し、ライナスの部屋を辞した。
先輩方は「あなたがいると仕事が捗るから」と口添えを申し出てくれたのだった。
それからすぐにリゼはライナスの部屋付きとなるよう侍女長から命じられた。
業務はこれまでと同じく雑務がほとんどだが、賓客のプライバシーや機密情報にも接するため、部屋付き侍女には確実性と信頼性が求められる。
侍女長から知らせを聞いたローラが、すぐにリゼの元に駆けつけてくれた。
「リゼさんおめでとう! 出仕して日も浅いのにすごいことだわ。ドレスの仕立て直しを急がせて……ううん、それよりもお祝いに新調してもいいわね。使者様のところの侍女はみんな明るいいい子ばかりよ。リゼさんが入るとますます楽しいお部屋になるでしょうね」
ローラの喜びように事の大きさを知り、部屋付きへの就任がいかに光栄なことかという実感が今更ながらに湧いてくる。
ロランツにも早く報告をするべきだとローラから背中を押され、リゼは内務部へと足を運んだ。
しかし地方調整室にロランツの姿はなかった。
出直すべきかと考えていたリゼに不意に声がかかる。
「室長ならもうじき戻る予定です」
「ギ、ギルベルト様っ」
焦るリゼの様子がよほど可笑しかったのだろうか、ギルベルトが吹き出すのを堪えるように咳ばらいをしている。
「失礼、驚かせるつもりはなかった。室長が戻るまでしばらく待っていてください」
そこまで言ってギルベルトは言葉を止めた。
そして不意に手を上げリゼの髪に触れる寸前、ハッとしたようにまた手を下ろす。いつでも隙のないギルベルトが、今日はやけにぎこちない。
リゼはギルベルトの目線から髪のリボンに思い至り、慌てて頭を下げた。
「ギルベルト様。お礼が遅くなりましたが、こちらのリボンありがとうございました。とても素敵なお品で、毎日愛用しております」
「あ、ああ、構わない。あなたによく似合うと思って選んだものです」
ギルベルトらしからぬ言葉に、リゼは思わず顔を上げる。するとそこには、目を見開いて片手で自身の口を覆うギルベルトがいた。
あまりにも常にない様子のギルベルトにリゼも驚き、二人して黙り込んでしまう。リゼはどうしていいかわからず途方に暮れた。
そこにタイミング良くと言うべきか、ロランツが戻ってきた。
「リゼが来てくれるなんて嬉しいね。おやギルベルト、妙な顔をしてどうしたの」
「いえ、室長はじきに戻ると伝えていただけです。失礼します」
ギルベルトは赤らめた頬を隠すように顔をそむけ立ち去った。
気を取り直して、部屋付きになったことを報告すると、ロランツは手放しで我がことのように喜んでくれた。
リゼは先ほどのギルベルトの様子が頭から離れず、ロランツに申し訳なさを感じながらも心ここにあらずで報告を終えたのだった。
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