【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば

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ギルベルト1

2,変化と信頼

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 しばらく前に閑職といえる部署から地方調整室長に就任したロランツ・ケイブは、ギルベルトの亡き母の弟、すなわち自身の叔父である。

 ギルベルトに誰かを重ねるようなロランツの眼差しは常に慈しみに溢れ、それがギルベルトを妙に落ち着かなくさせた。

 また、新室長に就任してすぐに仕事の進め方を刷新すると宣言し、部署内一同が大いに戸惑っていた。


 前任の室長は、地方調整室の生き字引ともいえる人物だった。
 彼の頭には、過去の災害の種類や規模と支援内容が網羅されており、調査官から報告を受けるやいなや前例を頭の中で紐解いて、瞬時に支援策を決定した。

 凄まじい能力だが、個人主義と前例重視に偏りすぎていた。


 対してロランツ室長は、新たに支援チームを立ち上げ、その名のとおり必要な支援をチームで検討していくという。
 室長交代後の最初の支援要請が、ルースライン子爵からのものだった。


 調査官二人はロランツの前に立ち、セインが帰還の報告をする。
 ギルベルトは先輩であるセインの後ろに控えていた。

「セイン・ハイモンド、ギルベルト・ヴィンロード、ただ今ルースライン領より戻りました」

「うん。ご苦労様。あそこは最近街道ができたそうだね。昔より格段に行きやすくなったと聞いているよ」


 前の室長なら形式的な挨拶に過ぎなかったやりとりだが、ロランツは違うらしい。世間話のような相づちを返されたセインは、勝手が違って戸惑っている。

「えー、と。調査内容については近日中に私の方で報告書を作成し提出します。以上です」

「あ、報告書だけどね。ギルベルト君も提出してくれるかな? 
 二人で行ったのだからそれぞれが見たものを教えてほしいんだ」


 前室長は徹底的に無駄を嫌った。
 重複した報告を読むのは時間の無駄──そう言って報告書は案件につき一通という指示だったが、ロランツ室長はその点も変えるようだ。

 ギルベルトは配属されてから三年の間にすっかり書き慣れた報告書をさほど時間もかけず書き上げ、ロランツに提出した。



「セイン君、ギルベルト君、ちょっと来てくれる?」

 それからほどなくして、二人はロランツの執務室に呼ばれた。
 ロランツは困惑した顔で待っており、「報告書の件なんだけどね」と切り出す。

「二人ともほとんど同じ内容なんだけど、一緒に書いたわけではないよね?」

 聞けば、二人の報告書が項目やその記載順までもが全く同じで、一方が作成したものをもう一人が書き写したのではないかとロランツは思ったそうだ。
 セインはやや呆れた様子で答える。

「いいえ。別々に書きましたよ。その上で同じなんですから、不正や忖度がないということだと思いますが?
 報告書の書き方は前任の室長に教わりましたから、この部署の人間はみなずっとこのように書いてきました」

「僕は各地のことを知る必要があるから、これまで以上に何でも詳しく知りたいんだ。
 他に見聞きしたことはないかい? 溢れた岸の土はどんな色だったとか、どれくらい雨が続いたのかとか」


 おっとりと面倒なことを聞くロランツに、セインが苛立ちを滲ませながら答える。

「そんなこと言われても自分たちはずっとこのようなやり方でしたので。
 報告に書かないことなんて気にしませんよ」

「うーん。なるべく詳しく見てきてほしいと言っておくべきだったね。すまない、次からはよろしく頼むよ。
 それでギルベルト君は? 何か気づいたことはなかったかな?」


 気づいたことも、伝えたいこともある。
 何から話すべきかと逡巡していると、セインがうんざりしながら口を開いた。

「もう自分は下がっていいでしょうか?失礼します」

 そう言うなり返事も待たず退室してしまった。
 ロランツは苦笑しながらドアを見たあと、こちらに向き直る。

「なんともせっかちなことだね。担当調査官が揃った状態で話を聞きたかったんだけどなあ。
 ではギルベルト、君が気づいたことを教えてくれるかな」


 ギルベルトはルースライン領で見てきたもの、聞いたことを出来るだけ細部まで思い出して話した。前例どおりとたかを括り、おざなりな調査で済ませたことが悔やまれる。



 やがてロランツは真剣な表情で問う。

「それで? 君はどんな支援が必要だと思う?」

「災害そのものを防ぐ手立てを考えることはできないでしょうか」


 ロランツは満足げに頷いた。
 その信頼に満ちた仕草が今は少し面映ゆく、そしてとても心強く感じられた。
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