【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば

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リゼ2

1.自覚する

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 ある日リゼが宿舎に戻ると、花束が届いていた。
 送り主はなんとギルベルトだ。部屋付き就任の祝いに昼食を共にしたいというメッセージもついている。


 リゼは内務部でギルベルトに会ってからというもの、あの日のことを何度も思い返していた。

 つかの間のやり取りで見たギルベルトの表情や仕草を、リゼは鮮明に思い出せる。
 朱の差した彼の頬が、今も記憶の中でひときわに色づいていた。


 これまでリゼはルースライン領の狭い人間関係の中で生きてきた。家族も領民もみなが大切な仲間ではあったが、日々を生きることに懸命なリゼには恋情が芽生える余地はなかった。

 今リゼは、初めて胸の高鳴りというものを感じている。
 仕事を認められた喜びと、新たな業務への意気込みと、頼りになる年上の人に対する憧れと。それらがない交ぜになって、リゼの鼓動を速くしていた。


 王都に来るまでも来てからも、自分は本当に周囲の人に恵まれている。
 ギルベルトの心遣いに心を浮き立たせながら、リゼはその日を楽しみに待った。



 ギルベルトから会食場所として指定されたのは、王宮で働く人のための食堂だった。ギルベルトはもちろんリゼも多忙の身だ。仕事を休まなくてもいいようにという計らいなのだろう。

 リゼが食堂へと向かう途中、見知った人物が正面から歩いてくる。相手もリゼに見覚えはあるが思い出せない様子で、訝しげにこちらを見ていた。
 そして会釈をしてすれ違う瞬間、リゼは肩を掴まれた。


「あんた、前に子爵領にいた……!」

 驚いてリゼの顔を覗き込んだのは、ギルベルトと共にルースライン領に来た調査官セイン・ハイモンドだった。


「そういえばギルベルトの推薦で室長が呼び寄せたんだったか。上手くやったな。あいつに色目でも使ったか?」

 あまりにも下世話な言葉に思わず絶句する。
 リゼの衝撃を見て取ったセインは満足げに言葉を続けた。

「でも無駄なことだ。あいつの家はうちとの見合いを最後にもう縁談は受けないらしい。どんな名家からの縁談にも頷かなかったヴィンロード家を、ついに我が伯爵家が射止めたともっぱらの噂だ。
 あんたがいくらのぼせたところで、田舎の貧乏子爵家なんてお呼びじゃないんだよ」

 セインは言いたいことだけ言うと鼻を鳴らして立ち去った。


 彼がリゼを見る目には悪意があった。あれは明らかにリゼを傷つけようとして発した言葉だった。
 そしてセインの思惑どおりに傷ついている自分に気づいた時、リゼは自らの想いを、胸が高鳴る理由を知った。


 しかし同時に、その想いは決して報われないことをも思い知る。
 いずれ家のために政略結婚をすると言っていたギルベルトが、その言葉どおりに家同士の縁談を成立させる──それは貴族の責務に忠実な彼にとっては順当な未来であり、リゼが想いを寄せたところで揺らぐことのない事実だ。


 元より報われるはずもない、分不相応な想いだった。
 ギルベルトの内面を知るうちに、いつしか抱いてしまった身の程知らずな想い。それがこれ以上育つ前に気づけて良かったと思いながら、リゼは食堂へと急いだ。
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