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リゼ2
2.相思
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ギルベルトはすでに来て食堂の端の壁にもたれていた。
リゼに気づくと目元をほころばせ、軽く手を挙げ合図を送ってくれる。
今までにないフランクな仕草にドキリとし、想いを自覚したとたん姿を見るだけで惹かれてしまう自分に呆れる。
リゼが近づくと、ギルベルトが壁から背を離し歩き出した。
食堂を通り過ぎいくらか歩いた先の扉にギルベルトが入る。リゼも続いて入室すると、そこは個室のダイニングルームだった。
「食堂の隣にこのような部屋があったなんて知りませんでした」
「食事を摂りながらの会談に使われる部屋です。空いていれば私的利用も認められています」
上質な調度品と品よく生けられた花々が、ここがもてなしのための場所だと物語っている。ついたての奥は食堂の厨房につながっているのか、給仕が支度をしている気配がする。
やがてランチボックスが二つ、カートに載せられ運ばれてきた。
「祝いと言いながらこのようなもので申し訳ない。マナーには反してしまうが食べながら話そう」
「行儀作法に自信がない私としては助かります。お誘いいただきありがとうございます」
着席し互いの距離の近さに照れながらも笑顔で答える。ギルベルトは優しい眼差しを向けていた。
食事を始めてしばらくはリゼの仕事や王都での生活について話した。やがて話題はより私的な内容に変わっていく。
「まあ、それではロランツおじ様とは何年も会っておられなかったのですか」
「ああ。母の葬儀を最後に十五年ほどね。新たに来た室長に最初は戸惑ったが、今はあの人が上司で良かったと思っている」
ロランツとの再会について話すギルベルトの表情は柔らかい。
ほんの何時間か前には、彼がこんなにも様々な表情を見せてくれるとは思いもしなかった。リゼがいつか願った、無表情の下の感情を知りたいという望みが今叶っている。
想いを抑えようと思うのに、共に過ごすほどにギルベルトのことをもっと知りたくなってしまう。
この食事会が昼休憩で良かったとリゼは思った。
間もなく始業時間となり普段の生活に戻れば、この先ギルベルトに会う機会はそれほどないだろう。そうすればリゼの想いが今以上に育つことはないはずだ。
「さて、そろそろ時間か」
どんなに惜しんでも時間は過ぎていく。
リゼが内心で会食の終わりを寂しく思っていると、ギルベルトが立ち上がりリゼの横までやってきた。
驚いて腰を浮かせたリゼに向き合い、彼は小さな箱を差し出す。
「リゼ嬢、昇任おめでとう。こんなに早く実力を認められるとは、王都に来てもらった甲斐があった。あなたのさらなる活躍を、私にも願わせてほしい」
これ以上の贈り物など、ただの知り合いにすぎないリゼには過分となる。
言葉に窮するリゼに、焦れたギルベルトが箱を開いた。
リゼは息を飲んだ。
そこには緑色の宝石がついたイヤリングがあった。
「ギルベルト様! 私などがあなたのお色のものをいただくわけにはいきません」
「祝いなどともっともらしく理由をつけたが、本当は私があなたと話したかっただけなんだ。このイヤリングも私がただあなたにつけてほしくて選んだ。どうか受け取ってくれないか」
「でも……それではギルベルト様の縁談に差し支えてしまいます」
「今私に縁談は来ていない。あなたが躊躇う理由が私のためならば、無用の心配だと言わせてほしい。
それよりもあなたは? あなた自身の気持ちを教えてくれないか」
ギルベルトの目がリゼを射貫く。
彼を信じてその手を取りたい。
けれどリゼの頭の中には先ほどのセインの言葉が渦巻いていた。
ギルベルトが嘘をついているなどとは思わないが、彼の結婚は父親である侯爵が決めることだ。もしも彼の知らないところで侯爵が縁談を進めていたらと思うと、リゼの気持ちを伝えることは躊躇われた。
焦る思いで返事を探すが、言葉は何一つ浮かんでこない。
「ギルベルト様……」
やがてついに胸中の葛藤が溢れ、ギルベルトの名を呼んでしまう。
リゼの震える声が、潤む眼差しが、きっと彼に全てを伝えてしまっただろう。
ギルベルトはおもむろに立ち上がる。そして小箱から取り出したイヤリングを、慣れない手つきでリゼの耳につけた。
そして目を細めながら「よく似合う」と呟き、さらに近づいて言った。
「これが私の勘違いなら、突き飛ばしてくれて構わない」
こわごわと柔らかく抱き締められたリゼは、想う人からの抱擁を拒むことはできなかった。
そして返事の代わりにギルベルトの背にそっと手を添えるのだった。
リゼに気づくと目元をほころばせ、軽く手を挙げ合図を送ってくれる。
今までにないフランクな仕草にドキリとし、想いを自覚したとたん姿を見るだけで惹かれてしまう自分に呆れる。
リゼが近づくと、ギルベルトが壁から背を離し歩き出した。
食堂を通り過ぎいくらか歩いた先の扉にギルベルトが入る。リゼも続いて入室すると、そこは個室のダイニングルームだった。
「食堂の隣にこのような部屋があったなんて知りませんでした」
「食事を摂りながらの会談に使われる部屋です。空いていれば私的利用も認められています」
上質な調度品と品よく生けられた花々が、ここがもてなしのための場所だと物語っている。ついたての奥は食堂の厨房につながっているのか、給仕が支度をしている気配がする。
やがてランチボックスが二つ、カートに載せられ運ばれてきた。
「祝いと言いながらこのようなもので申し訳ない。マナーには反してしまうが食べながら話そう」
「行儀作法に自信がない私としては助かります。お誘いいただきありがとうございます」
着席し互いの距離の近さに照れながらも笑顔で答える。ギルベルトは優しい眼差しを向けていた。
食事を始めてしばらくはリゼの仕事や王都での生活について話した。やがて話題はより私的な内容に変わっていく。
「まあ、それではロランツおじ様とは何年も会っておられなかったのですか」
「ああ。母の葬儀を最後に十五年ほどね。新たに来た室長に最初は戸惑ったが、今はあの人が上司で良かったと思っている」
ロランツとの再会について話すギルベルトの表情は柔らかい。
ほんの何時間か前には、彼がこんなにも様々な表情を見せてくれるとは思いもしなかった。リゼがいつか願った、無表情の下の感情を知りたいという望みが今叶っている。
想いを抑えようと思うのに、共に過ごすほどにギルベルトのことをもっと知りたくなってしまう。
この食事会が昼休憩で良かったとリゼは思った。
間もなく始業時間となり普段の生活に戻れば、この先ギルベルトに会う機会はそれほどないだろう。そうすればリゼの想いが今以上に育つことはないはずだ。
「さて、そろそろ時間か」
どんなに惜しんでも時間は過ぎていく。
リゼが内心で会食の終わりを寂しく思っていると、ギルベルトが立ち上がりリゼの横までやってきた。
驚いて腰を浮かせたリゼに向き合い、彼は小さな箱を差し出す。
「リゼ嬢、昇任おめでとう。こんなに早く実力を認められるとは、王都に来てもらった甲斐があった。あなたのさらなる活躍を、私にも願わせてほしい」
これ以上の贈り物など、ただの知り合いにすぎないリゼには過分となる。
言葉に窮するリゼに、焦れたギルベルトが箱を開いた。
リゼは息を飲んだ。
そこには緑色の宝石がついたイヤリングがあった。
「ギルベルト様! 私などがあなたのお色のものをいただくわけにはいきません」
「祝いなどともっともらしく理由をつけたが、本当は私があなたと話したかっただけなんだ。このイヤリングも私がただあなたにつけてほしくて選んだ。どうか受け取ってくれないか」
「でも……それではギルベルト様の縁談に差し支えてしまいます」
「今私に縁談は来ていない。あなたが躊躇う理由が私のためならば、無用の心配だと言わせてほしい。
それよりもあなたは? あなた自身の気持ちを教えてくれないか」
ギルベルトの目がリゼを射貫く。
彼を信じてその手を取りたい。
けれどリゼの頭の中には先ほどのセインの言葉が渦巻いていた。
ギルベルトが嘘をついているなどとは思わないが、彼の結婚は父親である侯爵が決めることだ。もしも彼の知らないところで侯爵が縁談を進めていたらと思うと、リゼの気持ちを伝えることは躊躇われた。
焦る思いで返事を探すが、言葉は何一つ浮かんでこない。
「ギルベルト様……」
やがてついに胸中の葛藤が溢れ、ギルベルトの名を呼んでしまう。
リゼの震える声が、潤む眼差しが、きっと彼に全てを伝えてしまっただろう。
ギルベルトはおもむろに立ち上がる。そして小箱から取り出したイヤリングを、慣れない手つきでリゼの耳につけた。
そして目を細めながら「よく似合う」と呟き、さらに近づいて言った。
「これが私の勘違いなら、突き飛ばしてくれて構わない」
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