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ギルベルト2
3,策を弄する者
隣国使者の一時帰国に向けて王女宮はいつにも増して忙しそうだ。
リゼは任務でルースライン領に向かったという。
とんぼ返りのリゼと、これから査察に向かう自分は入れ違いになるだろう。
王都を出て馬でしばらく走ると、これまでにはなかった関所が出来ている。
ギルベルトは馬を止め、関所番に訊ねた。
「私は国の官吏だ。このような関所は街道の設置者の総意で置かれているのだろうか?」
「私らは村長に言われてやってるだけなんで、難しいことはわかりません。村長は領主様から頼まれた仕事だと言っておりました」
「なるほど。では私はこれからルースライン領に行くが、通行料はいくら必要だろうか」
「そ、そんなこと言われたのは初めてです。みんな黙って通るし村長もそれでいいって言うもんだからお金をもらっても私らもどうしていいか…」
通行料を徴収せず名ばかりの関所とは一体。
目的はルースライン領に対する圧力か、それとも嫌がらせか。
早急にアルフレートと話をするため、旅路を急いだ。
目的地に着き、いつもどおり査察を済ませる。
その後子爵邸に行き、渋るアルフレートからどうにか事情を聞き出した。
やはりあの関所はただの脅しだという。契約書面の不備を盾にされているのは厄介だが、この企ての主導者が商人ならば案外簡単に片が付きそうだとギルベルトは思った。
話し中に使用人が来客を告げる。
アルフレートは中座を詫びエントランスへと向かった。
するとほどなくして大声が聞こえてきた。
「今日はついに愛人まで連れてきてどういうつもりだ! どんなに支度金を積まれてもあんたらにだけは絶対にリゼはやらん!わかったら帰ってくれ!」
声を荒げるなどいつも穏やかなアルフレートにしては珍しい。
ギルベルトは何事かと声のする方に向かった。
「ははは、おかしなことを。この者には商会の差配を任せておりますのでご挨拶に連れてきたまで。リゼさんは些事など気になさらず、奥方様として気楽に暮らしてくだされば良いのです。うちの支度金があれば街道の補償金も払えますよ? それに貴殿方の暮らし向きもずいぶん良くなるかと。この邸宅ももう相当ボロ…いえ、年季が入っているようですしねえ?」
慇懃無礼な男の声と小馬鹿にしたような女の笑い声が聞こえる。
どうやら客はリゼに求婚している商人のようだ。
エントランスに出てきたギルベルトを見て、アルフレートは驚き焦り出す。
「ギルベルトさん、応接室で待っていてください。このようなお見苦しいところを見せるわけには……」
すると男女の客のうち女の方がアルフレートの声を遮り、ギルベルトに話しかけた。
「あらぁ、こんな田舎にもいい男がいるのねぇ。じゃあ子爵様はうちの人とお話を続けてくださいな。私はこの素敵なお方とお話ししてみたいわ」
女はそう言って男に絡ませていた腕をほどきギルベルトに笑いかける。
その言動にはマナーも教養も感じられず、商会の差配を行っているとはとても信じがたい。
片や男の方は、アルフレートの態度とギルベルトの佇まいからギルベルトが貴族だと察したらしい。
途端に顔色と態度を変えた。
「ご当主様もお人が悪い。ご友人の目の前で私めにこのような茶番をさせるとは。これではまるで私が悪徳商人のようではないですか。お客人、大変失礼いたしました。ここのご当主様とはもう長い付き合いで気心も知れておりますゆえ、このように気安いやり取りもできる間柄なのです」
「気安い?無礼の間違いではないのか? 私は侯爵家の人間だ。名も知らぬ者から話しかけられる道理はない」
アルフレートが目を丸くしている。
ギルベルトの常にない高圧的な物言いに驚いているようだ。
「し、失礼しました。私は二つ向こうの領で商会を営んでおりますマルコと申します。今度王都にも出店する予定です。ここでお会いできたのも何かのご縁、何とぞ良きお付き合いをお願いいたします」
「貴族間に軋轢を生じさせて利を得ようとする商人とどのような付き合いをしろと? 子爵に対する非礼や妙な企てについて、知り合いに広めれば良いのか?」
「軋轢や企てなどと根拠もございませんのにひどいことをおっしゃる。先ほどの会話は、ご当主様と私めの信頼関係あってこその戯れでございますよ。そうですよね? ご当主様?」
商人が問いかけてもアルフレートは無言のままだ。
これまで行商人すらほとんど訪れなかったルースライン領にとって、この商会は領民の暮らしに欠かせない存在なのだろう。
商人はアルフレートが自分たちを追い出せないことに胡座をかいて不遜な態度を崩さない。
「そうか。戯れでも何でも、私が見聞きしたことを人にどう伝えようが私の自由だ。王都の貴族はどう思うだろうな。お前たちはせいぜい今のうちに我が世の春を謳歌しておくが良い」
ギルベルトが無表情で言い放つと、商人は青ざめて言葉も出ない様子だ。
放っておかれて不満げな女を連れてふらふらと帰っていった。
しばらく呆気にとられていたアルフレートが、おもむろに笑い出す。
「はははっ! はははは! あの商人の顔を見ましたか。ギルベルトさんのことを極悪人でも見るみたいに! ああ、本当に痛快だ!」
アルフレートはひとしきり笑ったあと突然笑みを消し、ギルベルトに向かって深く頭を下げた。
「この度のこと、心より感謝いたします。領民を思うと強く拒絶することもできず、情けない話ですが打つ手もなく参っていました。貴方のお陰でいくらかは大人しくなってくれることでしょう」
その日、ギルベルトは是非にと乞われ、アルフレートと酒を汲み交わした。
酒など嗜みに過ぎないと思っていたが、なるほど旨い酒もあるものだと得心したのだった。
リゼは任務でルースライン領に向かったという。
とんぼ返りのリゼと、これから査察に向かう自分は入れ違いになるだろう。
王都を出て馬でしばらく走ると、これまでにはなかった関所が出来ている。
ギルベルトは馬を止め、関所番に訊ねた。
「私は国の官吏だ。このような関所は街道の設置者の総意で置かれているのだろうか?」
「私らは村長に言われてやってるだけなんで、難しいことはわかりません。村長は領主様から頼まれた仕事だと言っておりました」
「なるほど。では私はこれからルースライン領に行くが、通行料はいくら必要だろうか」
「そ、そんなこと言われたのは初めてです。みんな黙って通るし村長もそれでいいって言うもんだからお金をもらっても私らもどうしていいか…」
通行料を徴収せず名ばかりの関所とは一体。
目的はルースライン領に対する圧力か、それとも嫌がらせか。
早急にアルフレートと話をするため、旅路を急いだ。
目的地に着き、いつもどおり査察を済ませる。
その後子爵邸に行き、渋るアルフレートからどうにか事情を聞き出した。
やはりあの関所はただの脅しだという。契約書面の不備を盾にされているのは厄介だが、この企ての主導者が商人ならば案外簡単に片が付きそうだとギルベルトは思った。
話し中に使用人が来客を告げる。
アルフレートは中座を詫びエントランスへと向かった。
するとほどなくして大声が聞こえてきた。
「今日はついに愛人まで連れてきてどういうつもりだ! どんなに支度金を積まれてもあんたらにだけは絶対にリゼはやらん!わかったら帰ってくれ!」
声を荒げるなどいつも穏やかなアルフレートにしては珍しい。
ギルベルトは何事かと声のする方に向かった。
「ははは、おかしなことを。この者には商会の差配を任せておりますのでご挨拶に連れてきたまで。リゼさんは些事など気になさらず、奥方様として気楽に暮らしてくだされば良いのです。うちの支度金があれば街道の補償金も払えますよ? それに貴殿方の暮らし向きもずいぶん良くなるかと。この邸宅ももう相当ボロ…いえ、年季が入っているようですしねえ?」
慇懃無礼な男の声と小馬鹿にしたような女の笑い声が聞こえる。
どうやら客はリゼに求婚している商人のようだ。
エントランスに出てきたギルベルトを見て、アルフレートは驚き焦り出す。
「ギルベルトさん、応接室で待っていてください。このようなお見苦しいところを見せるわけには……」
すると男女の客のうち女の方がアルフレートの声を遮り、ギルベルトに話しかけた。
「あらぁ、こんな田舎にもいい男がいるのねぇ。じゃあ子爵様はうちの人とお話を続けてくださいな。私はこの素敵なお方とお話ししてみたいわ」
女はそう言って男に絡ませていた腕をほどきギルベルトに笑いかける。
その言動にはマナーも教養も感じられず、商会の差配を行っているとはとても信じがたい。
片や男の方は、アルフレートの態度とギルベルトの佇まいからギルベルトが貴族だと察したらしい。
途端に顔色と態度を変えた。
「ご当主様もお人が悪い。ご友人の目の前で私めにこのような茶番をさせるとは。これではまるで私が悪徳商人のようではないですか。お客人、大変失礼いたしました。ここのご当主様とはもう長い付き合いで気心も知れておりますゆえ、このように気安いやり取りもできる間柄なのです」
「気安い?無礼の間違いではないのか? 私は侯爵家の人間だ。名も知らぬ者から話しかけられる道理はない」
アルフレートが目を丸くしている。
ギルベルトの常にない高圧的な物言いに驚いているようだ。
「し、失礼しました。私は二つ向こうの領で商会を営んでおりますマルコと申します。今度王都にも出店する予定です。ここでお会いできたのも何かのご縁、何とぞ良きお付き合いをお願いいたします」
「貴族間に軋轢を生じさせて利を得ようとする商人とどのような付き合いをしろと? 子爵に対する非礼や妙な企てについて、知り合いに広めれば良いのか?」
「軋轢や企てなどと根拠もございませんのにひどいことをおっしゃる。先ほどの会話は、ご当主様と私めの信頼関係あってこその戯れでございますよ。そうですよね? ご当主様?」
商人が問いかけてもアルフレートは無言のままだ。
これまで行商人すらほとんど訪れなかったルースライン領にとって、この商会は領民の暮らしに欠かせない存在なのだろう。
商人はアルフレートが自分たちを追い出せないことに胡座をかいて不遜な態度を崩さない。
「そうか。戯れでも何でも、私が見聞きしたことを人にどう伝えようが私の自由だ。王都の貴族はどう思うだろうな。お前たちはせいぜい今のうちに我が世の春を謳歌しておくが良い」
ギルベルトが無表情で言い放つと、商人は青ざめて言葉も出ない様子だ。
放っておかれて不満げな女を連れてふらふらと帰っていった。
しばらく呆気にとられていたアルフレートが、おもむろに笑い出す。
「はははっ! はははは! あの商人の顔を見ましたか。ギルベルトさんのことを極悪人でも見るみたいに! ああ、本当に痛快だ!」
アルフレートはひとしきり笑ったあと突然笑みを消し、ギルベルトに向かって深く頭を下げた。
「この度のこと、心より感謝いたします。領民を思うと強く拒絶することもできず、情けない話ですが打つ手もなく参っていました。貴方のお陰でいくらかは大人しくなってくれることでしょう」
その日、ギルベルトは是非にと乞われ、アルフレートと酒を汲み交わした。
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