【完結】ルースの祈り ~辺境の地の恋と再生~

ねるねわかば

文字の大きさ
36 / 69
ギルベルト2

3,策を弄する者

 隣国使者の一時帰国に向けて王女宮はいつにも増して忙しそうだ。
 リゼは任務でルースライン領に向かったという。

 とんぼ返りのリゼと、これから査察に向かう自分は入れ違いになるだろう。



 王都を出て馬でしばらく走ると、これまでにはなかった関所が出来ている。
 ギルベルトは馬を止め、関所番に訊ねた。


「私は国の官吏だ。このような関所は街道の設置者の総意で置かれているのだろうか?」

「私らは村長に言われてやってるだけなんで、難しいことはわかりません。村長は領主様から頼まれた仕事だと言っておりました」

「なるほど。では私はこれからルースライン領に行くが、通行料はいくら必要だろうか」

「そ、そんなこと言われたのは初めてです。みんな黙って通るし村長もそれでいいって言うもんだからお金をもらっても私らもどうしていいか…」


 通行料を徴収せず名ばかりの関所とは一体。
 目的はルースライン領に対する圧力か、それとも嫌がらせか。
 早急にアルフレートと話をするため、旅路を急いだ。


 目的地に着き、いつもどおり査察を済ませる。

 その後子爵邸に行き、渋るアルフレートからどうにか事情を聞き出した。
 やはりあの関所はただの脅しだという。契約書面の不備を盾にされているのは厄介だが、この企ての主導者が商人ならば案外簡単に片が付きそうだとギルベルトは思った。


 話し中に使用人が来客を告げる。
 アルフレートは中座を詫びエントランスへと向かった。

 するとほどなくして大声が聞こえてきた。

「今日はついに愛人まで連れてきてどういうつもりだ! どんなに支度金を積まれてもあんたらにだけは絶対にリゼはやらん!わかったら帰ってくれ!」

 声を荒げるなどいつも穏やかなアルフレートにしては珍しい。
 ギルベルトは何事かと声のする方に向かった。


「ははは、おかしなことを。この者には商会の差配を任せておりますのでご挨拶に連れてきたまで。リゼさんは些事など気になさらず、奥方様として気楽に暮らしてくだされば良いのです。うちの支度金があれば街道の補償金も払えますよ? それに貴殿方の暮らし向きもずいぶん良くなるかと。この邸宅ももう相当ボロ…いえ、年季が入っているようですしねえ?」

 慇懃無礼な男の声と小馬鹿にしたような女の笑い声が聞こえる。
 どうやら客はリゼに求婚している商人のようだ。


 エントランスに出てきたギルベルトを見て、アルフレートは驚き焦り出す。

「ギルベルトさん、応接室で待っていてください。このようなお見苦しいところを見せるわけには……」


 すると男女の客のうち女の方がアルフレートの声を遮り、ギルベルトに話しかけた。

「あらぁ、こんな田舎にもいい男がいるのねぇ。じゃあ子爵様はうちの人とお話を続けてくださいな。私はこの素敵なお方とお話ししてみたいわ」

 女はそう言って男に絡ませていた腕をほどきギルベルトに笑いかける。
 その言動にはマナーも教養も感じられず、商会の差配を行っているとはとても信じがたい。


 片や男の方は、アルフレートの態度とギルベルトの佇まいからギルベルトが貴族だと察したらしい。
 途端に顔色と態度を変えた。


「ご当主様もお人が悪い。ご友人の目の前で私めにこのような茶番をさせるとは。これではまるで私が悪徳商人のようではないですか。お客人、大変失礼いたしました。ここのご当主様とはもう長い付き合いで気心も知れておりますゆえ、このように気安いやり取りもできる間柄なのです」

「気安い?無礼の間違いではないのか? 私は侯爵家の人間だ。名も知らぬ者から話しかけられる道理はない」

 アルフレートが目を丸くしている。
 ギルベルトの常にない高圧的な物言いに驚いているようだ。


「し、失礼しました。私は二つ向こうの領で商会を営んでおりますマルコと申します。今度王都にも出店する予定です。ここでお会いできたのも何かのご縁、何とぞ良きお付き合いをお願いいたします」

「貴族間に軋轢を生じさせて利を得ようとする商人とどのような付き合いをしろと? 子爵に対する非礼や妙な企てについて、知り合いに広めれば良いのか?」

「軋轢や企てなどと根拠もございませんのにひどいことをおっしゃる。先ほどの会話は、ご当主様と私めの信頼関係あってこその戯れでございますよ。そうですよね? ご当主様?」


 商人が問いかけてもアルフレートは無言のままだ。
 これまで行商人すらほとんど訪れなかったルースライン領にとって、この商会は領民の暮らしに欠かせない存在なのだろう。
 商人はアルフレートが自分たちを追い出せないことに胡座をかいて不遜な態度を崩さない。


「そうか。戯れでも何でも、私が見聞きしたことを人にどう伝えようが私の自由だ。王都の貴族はどう思うだろうな。お前たちはせいぜい今のうちに我が世の春を謳歌しておくが良い」

 ギルベルトが無表情で言い放つと、商人は青ざめて言葉も出ない様子だ。
 放っておかれて不満げな女を連れてふらふらと帰っていった。



 しばらく呆気にとられていたアルフレートが、おもむろに笑い出す。

「はははっ! はははは! あの商人の顔を見ましたか。ギルベルトさんのことを極悪人でも見るみたいに! ああ、本当に痛快だ!」

 アルフレートはひとしきり笑ったあと突然笑みを消し、ギルベルトに向かって深く頭を下げた。


「この度のこと、心より感謝いたします。領民を思うと強く拒絶することもできず、情けない話ですが打つ手もなく参っていました。貴方のお陰でいくらかは大人しくなってくれることでしょう」


 その日、ギルベルトは是非にと乞われ、アルフレートと酒を汲み交わした。
 酒など嗜みに過ぎないと思っていたが、なるほど旨い酒もあるものだと得心したのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

必要とされなくても、私はここにいます

あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。 口出ししない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 ただ静かに、そこにいるだけ。 そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。 張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。 何かを勝ち取る物語ではない。 誰かを打ち負かす物語でもない。 それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。 これは、 声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、 何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

地味に見せてる眼鏡魔道具令嬢は王子の溺愛に気付かない

asamurasaki
恋愛
一応長編、今や番外編の方が長くなりました作品『愛のない政略結婚のはずがいつからか旦那様がグイグイきてどうしていいのかわからないのですが』から派生した、ジークシルード王国の第二王子、セントバーナルと子爵令嬢、エンヴェリカ・クエスベルトの恋物語です。 スピンオフ的な作品ですが、『愛のない〜』 の本編ではヒーローがチラッと名前が出てくる程度でヒロインはまったく出てきません。 『愛のない〜』を読まなくてもこちらの作品だけでもわかる内容となっておりますが、番外編の『ジョルジュミーナの結婚』ではヒーローとヒロインがちょこっと出てきます。 そして同じく番外編の『セントバーナルの憂鬱』ではこの作品のヒーローが主役のお話です。 『愛のない〜』を読んでいらっしゃらない方はこちらをお読み頂いた後に『ジョルジュとミーナの結婚』『セントバーナルの憂鬱』を読んで頂ければ嬉しいです。 もちろん同時でも大丈夫ですが、最初こちらの短編を書く予定がありませんでしたので、ちょいネタバレ的になってますので、ネタバレは嫌だ!という方はご注意下さませ。 このお話は主にヒロインエンヴェリカ視点で進みますが、ヒーローのセントバーナル視点など他のキャラ視点も入る予定です。 表記のないものはすべてエンヴェリカ視点となります。 こちらの作品ジャンルとしては異世界恋愛となってますが、『愛の〜』ではヒロインヴァネッサや王太子妃ナターシャ、元となった乙女ゲームのヒロインメリッサは転生者でしたが、この物語のメインキャラは転生者は登場しない予定です。 この物語は魔法のある世界ですが、魔法、魔術と記載を分けておりますが、本来の意味と違い私の独自の設定とさせて頂いております。 ご了承下さいますようお願いします。 尚、只今感想欄を閉じております。 今後開けるかもしれませんが。 ですので、誤字や脱字などないよう何度も確認をしておりますが、それでも見つけてしまわれましたら申し訳ありません。 その他、ユルユルで設定ございます。 そのあたりをご理解して読んで頂けましたら大変有り難く思います。 よろしくお願い致します!

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】サリシャの光 〜憧れの先へ〜

ねるねわかば
恋愛
大商会の娘サーシャ。 子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダとともに商会の看板娘として注目を集めていた。 華々しい活躍の裏で努力を重ねるサーシャが初めて抱いた淡い恋。 けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。 サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。 新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女は居場所を築いていく。 一方、光に囚われた人たちは後悔と執着を募らせていき── 大切なものを守りたい少女が、もがきながら光を紡いでいく。 ※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。 ※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。