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第一部 地球編

30 獣の原点 (ビーストソウル目線)

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 強い意思を持つには、何を経験してきたかを知る必要がある。過去を深く知れば、先に進める



 夢を見ることにより、思い出に浸ってた。会えなくなった人とでも夢ならば、会えることが出来るから。だが、最近寝ることが怖い。寝てる間に暴走したらどうしよう。薬を服用してはいるが、依存症になったように、手元に置いとかないと不安で、薬が切れるとイライラが酷い。服用しても、しなくても、身も心も限界だった。夢を見たいが眠れない。そんな状態だった為、ソーンさんの所を訪れた

「ビーストソウル?どうかしたの?」

「あなたの能力をお借りしたい」

 ソーンはカウンセラーで、精神的にくる仕事をしてるこの組織にはなくてはならない存在だった。訓練で精神面は鍛えられるが、やっぱり何人かは耐えられない。彼女は僕をリクライニングチェアに座らせ、事情を話させた。彼女は真剣に僕の話を聞いてくれた

「あなたの原点はどこに?」

「原点?」

「人間の強さは、その人の原点が何かを知ってこそよ。まず原点を探しましょう」

「どうやって?」

「夢よ。これから私が質問することをはい・いいえで答えて。私があなたの過去を見てもいい?」

「はい」

「あなたの夢を私が見ていてもいい?」

「はい」

「主観的に見たい?」

「いいえ。客観的に」

「分かったわ。これからあなたは一番幸せな出来事の夢を見る。夢の中はあなたの思い通りになるけど、気分に任せて進めた方がいいわ。注意点は夢に囚われ過ぎないで」

「分かった。お願いします」

「もう術にかかってる。今の会話は夢の中よ」

 彼女はニコッと笑った。瞬きしたら場面が変わっていた



 見覚えのある家の庭に居た。実家の日本家屋の豪邸だ。この家の縁側に二人の人間がいる

「難しいな~。こうだ!」

「なかなかの手だ」

 六歳の僕と今は亡き祖父が将棋をしてる。数日後、小学校に入学する時のことだ。僕は祖父に育てられた。母は弟を産んでから死んで、父は幼い弟の面倒で忙しかったからだ

「う~ん。見事な一手。将来が楽しみだ」

 僕は誉められて嬉しそうにはしゃいでる。数週間後に祖父が死ぬとも知らずに。瞬きすると、また場面が変わった



 場面が僕やレッドマジシャン、トリックスターが通ってた小学校に変わった。祖父が地主なので、家の経済には余裕があった。祖父はガキの僕が、他の家の子とは違うとすぐに見抜き、いい教育を受けさせるため、私立に通わせてくれた。実際僕も周りとは違うと分かってた。何をやっても一番。初めてのことも完璧だ。生まれ持った才能上、努力を知らなかった。この日は小学校の入学式のようだ。僕は見事に遅刻をしてしまい。新入生点呼の直前にホールに入った。遅刻した理由は僕の寝坊と、父が弟の世話で来れないので、祖父が行く事になったが、歩くのが遅かったせいだ。注目を初日に集めてしまい、恥ずかしかった。帰りの電車の同じ車両には、レッドマジシャンが一人で、トリックスターは両親とともに帰っていた。トリックスターは親に喋りかけてた

「早く卒業したいな~」

「静かにしなさい!私語をしない!」

「足を開いて座るな。みっともない」

 両親は会話をするどころか、注意をしてる。レッドマジシャンは、そんな家族を見続けてる。僕は祖父に

「あの子、一年生だよね。どうして一人なのかな?」

「人の家庭には干渉するものじゃないぞ。だが、確かに一人は妙だな」

 また場面が変わった



 入学式の次の日から、一人で学校に行かされた。祖父が毎日付き添うのはさすがに大変だからだ。登校時の電車で、昨日の二人と出会った。三人とも同じクラスの新入生であることもあり、すぐに仲良くなった。全員、登校に付き添う大人が居なかったのもあったかもしれない。僕は唐突に疑問に思っていた質問をしてしまった

「どうして君は、昨日一人だったの?」

 レッドマジシャンに無神経な事を聞いたと、今となって反省した。だが、彼女は普通に答えてくれた

「昨日は、妹が産まれたの。パパとママは病院に行ってて、来れなかった」

「そうなんだ。出産と入学式が同じ日なんて」

 その日から、僕らは毎日登下校を一緒にした。通勤ラッシュや一時間かかる電車移動を一緒に。だが、一緒に時間を過ごせば過ごすほど、それぞれの家庭環境がいかに似ているかを知った。僕は、入学式の二週間後に祖父が死んで、遊び相手が居なくなった。父もお手伝いさんも、自分のことで忙しかった。だから、家に帰ってはやることがないので、寝ていた。学校でも寝ていたため、父は何度か学校に呼ばれては僕のことで注意を受けた。だが、父は成績が良ければ何も言わなかった。学校に弁当しか持っていかなくても、一日中寝ていようが、教師による中身のない説教中に寝ようが帰ろうが、何にも言わない。ただ叱ってもらうということで、親子というものを実感したかっただけなのに。失望したのは僕が九歳の時だ。父が弟と遊んでるのが許せなかった。一度くらいなら、何とも思わなかったが、父は弟を可愛がった。庭でサッカーしたり、宿題を手伝ったり、夏休みには昆虫採集。どれも僕にはしてくれなかったことだ。一番許せなかったのは、弟を叱ってる姿を見た時だ。その時、初めて殺意を知った。しかし、他の二人の家庭を知って、衝撃が走った。トリックスターの家庭は、まだ良かった。彼の家庭は小一で全て終了だった。何の事かというと、誕生日やクリスマス、お正月等の全国のガキ達が楽しむ行事は無くなり。家事は小二から、家族内で分担制となり、小学生だからって妥協は許されなかった。家族全員で過ごす時間は消えた。彼には姉がいたが、会話をしてなかった。姉が小二の時は、家事をやらせていなかった事が、彼はムカついていたからだ。そして、レッドマジシャンの家は最悪だった。四人姉弟の長女だった彼女は家庭では居場所を無くしていた。そして、自分の事は自分でするようになった。それだけじゃなく、自分の居場所を奪った弟や妹の世話もしていた。学校の授業の六年分を一年間で学習し、さらに上に行こうと、国際弁護士をしている父の書斎に忍び込んでは、言語等を独学で勉強した。賢くなっていったが、両親は良く思わなかった。恐かったのだろう。彼女が自分達をすぐに越えてしまうことが予想できたから。だが、全員その環境には今では皮肉を込めて感謝してる。強くしてくれたから。また場面が変わった



 場面が変わると、サンストーンが僕に剣術訓練してる時になった

「何度言えばわかるんだ!もっと真剣に取り組め!努力しろ!」

 A.C.T アクトに入って、楽しかった。僕を褒めてくれる、叱ってくれる人に出逢えたから

「努力って何?努力出来ないんですけど~」

「体に染み込ませてやろうか?」

「嘘です。知ってます!努力大事!」

 急いで素振りをする。叱ってくれるのが嬉しくて、いっぱい困らせた。また場面が変わった



 暗闇に座り込んでるガキの僕が目の前に居た。今までの経験が、僕を強くしてくれた。僕は膝をついて、座り込んでるガキの僕と目線を同じにした。ガキの僕は、今の僕を見てる

「祖父が好きだった?」

 ガキの僕は頷いた

「どうして?」

「おじいちゃんは、僕の目をちゃんと見て話してくれるから」

「そうだな。僕は誰かに僕の事を見て欲しかった。僕を笑ってくれて、怒ってくれて、泣いてくれる存在が欲しかった。それが僕の原点だろ?」

 ガキの僕の頭を撫でた。ガキの僕は嬉しそうだ。今まで誰にもされたことがなく、一番してほしかった事だ

「だから僕は、僕を見てくれる、レッドマジシャンやトリックスター、A.C.T アクトの人達の為に頑張るんだろ?もう、オールロードみたいに、僕のせいで死ぬ人がいないように、覚悟決めて能力を使う時は使うんだ!」

 ガキの僕は笑った

「いいね~」

 そう言うと消えた。しかし、代わりにソーンが現れた

「どう?」
 
「一番幸せな夢って、自分の人生について?」

「いいえ。これからよ」

 また場面が変わった



 実家の庭に戻ってきた。しかし、最初と同じように祖父と僕は居らず、父と弟がサッカーをしていた。僕の目線は低い。ガキの姿のようだ。頭の中でソーンの声がした

「あなたから変えるのよ」

 自分から変えるのか。ガキの姿の僕は、父と弟の方に歩いていった。父は弟とサッカーをしながら

「どうした?小遣いでも欲しいのか?」

「違う」

「だったら何だ?あ~やられた!」

 父は股抜きを弟にされていた

「父さん」

「ん?」

 父は弟とボールに夢中だ

「父さん!」

「どうした?大声出して」

 それでも父はこっちを見ない

「僕を見て!」

 凄い声の大きさで言った。父はやっとこっちを見た

「僕を見て。父さん」

 父はこっちに歩いてきた。そして、背を落とした

「そうだな。ずっと弟に構ってばかりで、お兄ちゃんに構ってなかったな。一人でも大丈夫だと思っていた。ごめんな」

「三人でサッカーしようよ!」

「あぁ」

 初めて父と弟と遊んだ。夢でも嬉しかった。幸せだった。昔、同じことを言っていれば、遊べていたかもしれない。結局、気持ちを言い出せていなかった僕にも責任があったんだ。目覚めないでほしいな、ずっと遊んでたいな

「ビーストソウル!夢に囚われるな!」

 ソーンの声が頭の中で響く

「囚われたら、私では目覚めさせれない!」

 そうだな。帰る所がある

「父さん。そろそろ行くね!」

「そうか・・・」

「また、夢で会おう!」

 

 目覚めた。ソーンが覗き込んでる。手にはハンカチがあった

「泣いてたわよ」

「えっ!」

 頬に涙の後があった

「ソーンさん。原点も分かったし、幸せな夢も見れたよ」

「知ってる。見てたもの」

「誰にも言わないで」

「もちろん。苦しくなったら、また来なさい」

 彼女はニコッと笑った。笑顔を見て、これが現実か夢なのか分からなくなってしまった
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