突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

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 いつ離してくれるんだろうと思うけれど、フルメルスタを伴ってすぐ近くのクラシカルな外観のホテルに連れて行かれた。
 エレベーターに乗ったときも手を取られたままで。

「ひぇぇ」

 エレベーターから降りた廊下の先。
 フルメルスタが開いた両開きの扉を開けると、そこは広々とした大理石の空間が広がっていた。
 その広さに思わず小さく悲鳴が出る。
 限界アパートに住む尚里にとっては別世界だ。
 エスコートされるままリビングルームらしき部屋に通された。
 濃緑色の絨毯が歩く音をふかりと吸い込んでいく。
 クリーム色の壁には絵画が飾られ、部屋の真ん中にテーブルセットがある。
 そこまで歩いて来ると、ようやく手を離されほっと一息をついた。
 椅子を当然のように引かれたのでおずおずと座ると、ふんわりとしたクッションが恐ろしく座り心地がよかった。
 白いテーブルクロスの上には、白に青い小花柄のティーセットとケーキやマカロンの乗った三段皿が並べられていた。
 もしかしてフルメルスタが連絡をいれていたのは、これを準備するためだろうかとおもわず思う。
 目の前の椅子にルキアージュが腰を下ろしたけれど、フルメルスタは扉の前に立っていて座る気配がない。
 チラチラとそちらを見るけれどフルメルスタと目が合う事はなく。

「彼の事は気にしないでください。あれが職務なのです」
「はあ」

 ボディーガード的なものだろうか。

「えっと……」

 どう口火を切ったらいいか言いあぐねていると。

「どこから説明しましょうか」

 先ほどフルメルスタが紅茶を注いだカップをルキアージュは持ち上げた。
 こくりと一口飲んだことに、まずは落ち着こうと尚里も彼にならってカップを手に取ろうとしたけれど、繊細な作りのそれを落としたらと考えたら怖くなって結局やめた。

「そうですね、尚里はどのくらいアルバナハルのことを知っていますか?」
「マナを使える人が多いってことくらいしか」
「そうですね」

 尚里の言葉に頷くと同時に、三段皿に乗っていたチョコレートケーキがふわりと宙に浮いた。
 目を見張ってそのケーキを凝視していると、それは形が崩れることなくそっと尚里の前にある皿に降り立った。

「今のは風のマナを使いました」
「凄い凄い!」

 尚里は声を上げてそのケーキをためすがめつ見やった。
 どう見ても普通のチョコレートケーキだ。
 ルキアージュは手すら動かしていなかったのに。

「国民の四割は大なり小なりマナが使えます」
「そんなに?」

 驚いた。
 地球の人口でマナを使えるものは六割くらいしかいないと言われている。
 そのうちの半分以上がアルバナハルの人間だということだ。

「どんなマナを使えるかは人それぞれ違います。私が今使ったのは風のマナです」

 だからケーキが浮いたのかと関心してしまう尚里だ。

「我々アルバナハルの人間は、この国を作ったと言われている女神ナレージャロを信仰しています。ナレージャロは生きとし生けるすべての自然に宿り、大地を潤していると考えられています」
「あれ?ナレージャロって」

 さきほどルキアージュが名乗った時にナレージャロと口にしていた。
 子孫か何かだろうかと疑問に思っていると。

「私の名前、イシリスは愛し子という意味です。ナレージャロの御子であり、最初の国王の傍で国を作るときに絶大なマナで助けた人神と言われています」

 そして、とルキアージュは自分の目の際をトンと指先で押した。

「赤髪に茶色い瞳でしか生まれてこないアルバナハルの人間のなかで唯一、銀髪で青い目の人間が生まれます」
「つまり、そのイシリスって呼ばれた人の子孫ってこと?」

 ことりと首を傾げる。

「正確には違います」
「いけません、イシリス!」

 フルメルスタが声を大きく上げた。
 その顔には焦燥が浮かんでいる。
 尚里がなんだなんだとおもっているなか、ヒタリとルキアージュがフルメルスタを一瞥する。

「……失礼しました」
 
フルメルスタが眉根を寄せて納得していなさそうな表情で押し黙る。
 ルキアージュが目線を尚里に向けると、まっすぐにその青い瞳が尚里の黒い瞳を貫いた。

「私には記憶があります。前世というやつですね」
「……前世?」
「ええ、それが何人分も。生まれて生きて死ぬまでの記憶がです」

 尚里は思わず胡散臭そうな眼差しをルキアージュに向けた。
 マナなんて超常力のある世界だ。
 前世と言われて一概に嘘だとも言えないが、信じることも出来ない。
 けれど、目の前の男はそんな尚里の表情などどこ吹く風で上機嫌に笑っている。

「国家機密ですので他言無用でお願いします」

 フルメルスタが言い放った言葉にピシリと固まった。
 バッとそちらを向くと、いかにも冗談なんて言わなさそうな顔が渋い表情で尚里を見やる。
 フルメルスタの様子を見る限り、簡単に嘘だろうと笑うことも出来なかった。

「国家機密って……」
「ええ」
「何で俺に言うんだよ!」

 思いもしないほど大きな声が意図知らず出てしまった。
 国家機密が本当ならアルバナハルの人間でもない、小さな東国の底辺貧乏人に言っていい話ではない。
 あわわと尚里が口を震わせると。

「あなただからです」

 思いもかけない言葉が返ってきた。

「へ?」

 呆けた声に、しかしルキアージュは何か眩しい物を見る眼差しを尚里に注いでいる。

「何百何千の夜を超えてあなたを、魂の片割れである花嫁を探していたんです」
「はなよめ」

 口の中でその言葉を転がすと、ようやく脳にその意味が届いた。

「花嫁って……まさか俺?」

 まさかと思いながら自分をわなわなと指さすと。

「ええ、私の愛しい片割れです」

 とんでもなく眩しい笑顔で頷かれた。

「う、そだ、あ」
「間違いなく、花嫁です」

 キッパリ。
 あまりにハッキリと断言されて、尚里はぐるぐると視界が回ったような錯覚に襲われた。

「お、俺行かなきゃ!」

 ガタンと音を立てて立ち上がる。
 まさかこのまま出してもらえないのではと思ったけれど。

「わかりました」

 ルキアージュがフルメルスタへと目配せひとつ。
 フルメルスタは背後にあった扉を開いて、キッチリと頭を下げた。
 あまりにあっさり帰してくれる様子に、からかわれたのではないかと思いながら、尚里は慌ててその扉をくぐってバタバタと出ていく。
 最後にチラリと肩越しに振り返ると、テーブルに頬杖をついたルキアージュがひらりと手を振っていた。
 花嫁とか言いながらも、ただの道楽で声をかけてきたのではないかと、あまりにも簡単な別れに逆に尚里の方が不完全燃焼だ。
 自分には分不相応なホテルを出ると、ようやく一息。
 何だったんだほんとにと歩き出しながらも。

「まあ、もう会う事はないだろ」

 肩の荷が降りた気持ちで尚里はバイト先のカフェへと急いだ。
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