突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

文字の大きさ
8 / 35

8

しおりを挟む
「あ、あの!一人で平気だから」
「ダメです」

 言うが早いが、尚里が抵抗するまもなく、濡れたズボンをサッと脱がせられた。
 ついでに靴もズボンを脱がせるのに邪魔だったので最初に取られてしまった。
 濡れた熱い布が張り付かなくなったのは助かったけれど、あまりの出来事にうわーっと声を上げてしまう。
 けれどルキアージュはその場に跪くと、右手を赤くなった尚里の太ももにかざした。
 すると、ぷくぷくとその場に水の塊が現れて、太ももを包み込んだ。
 一気に太ももの熱が冷えて消えていく。

「これもマナ?」

 思わず尚里は自分の太ももを包んでいる水の塊をじっと見つめる。

「ええ、私は風、水、火、土のマナが使えます。痛みは?」
「ない、大丈夫」

 そんなに使えるのかと関心していると、ルキアージュは手をかざすのをやめた。
 水の塊がそれに合わせてぱしゃんと消える。
 あとにはうっすらと赤い部分のある濡れた太ももがあるだけだ。

「よかった」
「わああっ」

 心底安堵したというようにルキアージュは呟くと、するりと尚里の右足首を取り、唇を足の甲へと落とした。
 浴室内に尚里のまぬけな悲鳴がこだまする。

「なにして!汚い」
「汚くなんてありません。あなたの体ならどこにだって口づけて舌を這わせることができます」

 あまりにもあけすけな言葉にボンッと瞬間湯沸かし器のように、尚里は耳まで赤くなった。
 そのまま足の甲から唇を離したのでほっとした瞬間、カリと親指の爪に歯を立てられる。

「わああああ!」

 さらなる悲鳴を上げて、ルキアージュが解放した足を自分の方へと引き寄せる。
 なんだなんだ、なにが起きてるとパニックになっていると。

「イシリス、軟膏です」

 フルメルスタが脱衣所の方から扉を細く開けて、腕だけをにゅっと伸ばしてきた。
 そのゴツゴツとした手には白く丸いケースが乗せられている。

「ごくろう」

 ルキアージュが薬を手に取ると、フルメルスタはサッと腕を引っ込めて扉をぴっちりと閉めてしまった。

「普通に扉開ければいいのに」

 不自然な薬の渡し方に思わず呟けば、当たり前のような顔をルキアージュが浮かべていた。

「花嫁の肌をみだりに見ませんよ」
「男だけど」
「男でも、です」

 そういうものなのだろうかと不思議に思っていると、ルキアージュが軟膏の蓋を開けてとろりとした白いクリームを指にとった。

「じ、じぶんで出来る」

 まさか塗る気なのかと驚いていると。

「してさしあげます」

 とてもいい笑顔で言われてしまった。
 いやいやいや、と断ろうとする間もなく再び足を取られてしまった。
 ひやりとした冷たいクリームが尚里の太ももに乗せられて、ぴくりと一瞬体が震えた。
 乗せたクリームを指先で伸ばして赤くなっているところに刷り込んでいくルキアージュに、なんだか恥ずかしくてもじもじとしてしまう。
 丁寧に塗り込むルキアージュがようやく指を足から離したことに、尚里はほっとした。
 したのだけれど。

「ひゃあ!」

 ちゅっとそのまま膝頭へ唇を落とされた。
 ぱくぱくと口を真っ赤な顔で動かしているあいだにルキアージュは立ち上がり。

「着替えを置いておきます」

 にこりと笑って尚里の濡れたズボンを片手に浴室を出ていってしまった。

「文句言い損ねた……」

 あーもう、と右頬に手の甲を当てると紅潮しているせいで熱くなっている。
とりあえず自分が下半身は下着一枚というまぬけな姿なのだったと気づいて、尚里ははあとひとつ嘆息して浴室から脱衣所へと出た。
焦げ茶色の籠が置いてあり、その中に入っているタオル地の白い布を取り出すと、それはホテル備え付けだろうバスローブだった。
火傷したばかりで肌と布が擦れるのはよくないという配慮だろうか。
それを着ようとして上に着ているトップスは脱ぐかどうか悩んで脱いだ。
バスローブの下に着ているのはおかしいだろう。
ここに置かせてもらおうと畳んで籠の中に入れると、尚里はそっとドアを開けて元の部屋に戻った。
テーブルセットの上にあった食器などは片付けられている。
ルキアージュが座っているソファーの方へと手招いた。

「痛みはありませんか?」
「平気」

 立ちっぱなしでいるわけにもいかないので、それにうながされるままにソファーに近づく。

「わっ」

 ソファーに腰かけながら、ルキアージュが尚里の腕を引いた。
 ぐらりとバランスを崩して、ソファーに座ったルキアージュの膝に尻を乗せてしまう。
 慌てて立ち上がろうとしたけれど、ガッチリと腰に手をまわされてしまった。
 ルキアージュの膝に横向きに座った尚里のバスローブがはだけて、先ほど軟膏をぬった場所がチラリと見える。

「痕にならなくてよかったです」
「いや男だし」

 それよりもこの体勢の方が問題だ。

「綺麗な象牙色の肌が勿体ない」

 そんなことを言われてしまえば、慌てて足をピッタリ閉じてはだけていたバスローブの裾を直した。
 少し目線の近くなったルキアージュが喉の奥でクツクツと笑う。
 降りようとしたが、腰に回った腕は離してくれる気もなさそうだ。
 本日何度目かの溜息が出そうになって、目の前の銀髪をしげしげと眺めた。

「アルバナハルはみんな赤毛だって言ったよな」
「ええ、私以外は。外国人と婚姻しても大体赤毛になります」
「わー……強い遺伝子。肌もそんな色?」

 滑らかな褐色肌をしげしげと至近距離で眺めると青い瞳が優しくたわむ。

「そうですね」
「へえ、そういう肌ってチョコレートスキンとも言うらしいよ。美味しそうだよな」

 素直な感想を口にすると。

「舐めてみます?」

 とんでもなく蠱惑的な流し目を送られた。

「しない!」
「ふふ、残念」

 肌や髪のことを聞いて、そういえば自分はアルバナハルのことは黒崎の言葉と少しの写真でしか知らないなと、改めて尚里は思った。

「アルバナハル、綺麗な所なんだよな」
「ええ、美しいところですよ。来てほしい、そして」

 ついと長い指が頬を撫ぜた。

「結婚してほしい」

 ぎくりと尚里は背中をこわばらせた。
 この少しのあいだでルキアージュが悪い人間ではないというのは理解しているが、それとこれとでは話が違う。

「けっ……こんとか、言われても」
「急ぎ過ぎましたね」

 ぎこちなく口を開くと、苦笑を浮かべてルキアージュがが指を離れさせた。
 それに小さくほっとする。

「でも旅行には来てくれませんか?店主に聞きました、店を畳むと」
「う……でも」

 魅惑的な誘いではあった。
 黒崎の熱狂によりアルバナハル語が堪能なのだ。
 興味がないわけではない。
 黒崎同様に写真を見て行ってみたいとは密かに思っていた尚里だ。

「お金が……」
「必要ありません。身ひとつでどうぞ」
「それはどうになんだ」

 あまりの破格な待遇に思わず半眼になってしまう。
 ルキアージュは唇に微笑みを浮かべて、瞳をしんなりとさせた。

「来てくれるだけで昇天してしまうほど嬉しいですよ」

 思わず小さく噴き出してしまった。

「大げさだな」

 くすくすと、お互いに二人は笑いあっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~

ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。 転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。 朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。 生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。 どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。 忙しい大人の甘いオフィスラブ。 フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

処理中です...