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ホテルで世話になって二日目の朝、朝食を取るためにテーブルセットのある部屋へ入ると、ルキアージュが初めて会った時のようなスリーピースのスーツを着ていた。
ぱちりと目を瞬くと、テーブルセットについてコーヒーを飲んでいたルキアージュが尚里に気付き立ち上がった。
食事をいつも尚里と取っているので先に口にしているのは珍しい。
そう思ってテーブルの上を見ればコーヒーだけしか乗っていない。
「すみません尚里、日本の外交官達にどうしてもと会食を申し込まれました。少し行かなければなりません」
それでコーヒーだけなのかとか、外交官という単語に次元が違うと思いながらもなんとか頷いた。
「フルメルスタ、尚里を頼む」
「はっ」
テーブルの横に控えていたフルメルスタが頷いた。
「え、いや、俺に?」
何でだと思っていると、目前まで歩いてきたルキアージュががスーツの胸ポケットから、ビロードの黒い小箱を差し出した。
「これを身につけていてください」
パカリと開いたそこには、金色の台座の上にとても透明度の高いマリンブルーの宝石が鎮座している指輪があった。
「無理!」
一瞬で断ったけれど、指輪を取り出すとルキアージュは尚里の左手をそっと手に取った。
あらがったのにびくともしなくて驚いた。
「これはトゥルクロイドといってアルバナハルの王家に代々保管されている、イシリスの指輪です」
「いやいやいや、無理無理無理」
ぶんぶんと頭を振って辞退をするけれど、なめらかな動きなのに有無を言わせない強引さで左手の薬指に指輪が嵌められてしまった。
「イシリスの花嫁だけが身につけられる指輪です。あなたの指にあることが本来の居場所ですよ」
ちゅっとトゥルクロイドというらしい宝石に口づけると、ルキアージュはさっさと離れて扉の方へと長い足で向かってしまった。
「ちょっこれ」
慌てて指輪を外そうとするけれど。
「尚里、それは採掘できない宝石です。大事にしてくださいね。花嫁が持つものですから」
「わああ!返す」
あわあわと指輪を外そうとしたけれど、それより早くルキアージュは悪戯気に笑って扉を出ていってしまう。
パタンと無情にも扉が閉まった。
しばし呆然と立ち尽くしていると、カチャカチャとした音が部屋に響く。
そちらを見やれば、ワゴンからテーブルの上へと皿やカップなどをフルメルスタが並べていた。
「あの、フルメルスタ、さん」
「フルメルスタとお呼びください尚里様。朝食をどうぞ」
武骨に頭を下げるフルメルスタに促されて、尚里はおそるおそるテーブルについた。
保温のためにされていたシルバーのカバーをパカリと外すと、目玉焼きの乗ったパンケーキにソーセージやラタトゥイユが添えられている。
紅茶をカップに注がれるあいだ、おそるおそる何度も指輪を見てしまう尚里だ。
カップをテーブルに置かれたので、尚里はそろそろとフルメルスタを見上げた。
背が高く体の厚みもあるフルメルスタに、ぎこちなく左手の指輪を指してみせる。
「あの、フルメルスタからこれ返してもらうわけには」
「尚里様、トゥルクロイドはイシリス以外では花嫁だけが触れることを許されております」
言われてがくりとしてしまう。
ということは、ルキアージュがいなくなったいま現在指輪をしている尚里がこのまま持っておくしかない。
「持っておくの怖いんだけど」
はあーと長い溜息が出てしまう。
「イシリスの花嫁の証ですから受け入れてください」
「うぅ」
さあ、どうぞと言われてナイフとフォークを手に取ると、ソーセージをパキリと切って口へ運ぶ。
ジューシーな肉の味わいに思わずじんわりした。
「それにしても、イシリスの笑うところなんて初めて見ました」
「いや、ずっと笑ってるけど」
何を言っているんだ。
「外交的な笑みは浮かべても、それ以外では初めてみました。尚里様がよほど愛しいのでしょう。小さい頃は尚里様も知っての通り記憶があるせいか、悟りを開いたような凪いだ心と表情でした」
「……見えない」
そもそも花嫁といきなり言って、愛しいとか言われても尚里のどこを好きになったのかまったくわからない。
しかしルキアージュもフルメルスタも嘘を言っているようには見えないし、そんなことをする必要もないだろう。
(どうなるんだ、これ)
ちらりと左手薬指に視線を落とすと、尚里は深々とした溜息を飲み込んだ。
結局ルキアージュがいない部屋にいてもしょうがないし、やることもないからとフルメルスタが渋い顔をするなか、尚里はカフェへ出勤した。
ぱちりと目を瞬くと、テーブルセットについてコーヒーを飲んでいたルキアージュが尚里に気付き立ち上がった。
食事をいつも尚里と取っているので先に口にしているのは珍しい。
そう思ってテーブルの上を見ればコーヒーだけしか乗っていない。
「すみません尚里、日本の外交官達にどうしてもと会食を申し込まれました。少し行かなければなりません」
それでコーヒーだけなのかとか、外交官という単語に次元が違うと思いながらもなんとか頷いた。
「フルメルスタ、尚里を頼む」
「はっ」
テーブルの横に控えていたフルメルスタが頷いた。
「え、いや、俺に?」
何でだと思っていると、目前まで歩いてきたルキアージュががスーツの胸ポケットから、ビロードの黒い小箱を差し出した。
「これを身につけていてください」
パカリと開いたそこには、金色の台座の上にとても透明度の高いマリンブルーの宝石が鎮座している指輪があった。
「無理!」
一瞬で断ったけれど、指輪を取り出すとルキアージュは尚里の左手をそっと手に取った。
あらがったのにびくともしなくて驚いた。
「これはトゥルクロイドといってアルバナハルの王家に代々保管されている、イシリスの指輪です」
「いやいやいや、無理無理無理」
ぶんぶんと頭を振って辞退をするけれど、なめらかな動きなのに有無を言わせない強引さで左手の薬指に指輪が嵌められてしまった。
「イシリスの花嫁だけが身につけられる指輪です。あなたの指にあることが本来の居場所ですよ」
ちゅっとトゥルクロイドというらしい宝石に口づけると、ルキアージュはさっさと離れて扉の方へと長い足で向かってしまった。
「ちょっこれ」
慌てて指輪を外そうとするけれど。
「尚里、それは採掘できない宝石です。大事にしてくださいね。花嫁が持つものですから」
「わああ!返す」
あわあわと指輪を外そうとしたけれど、それより早くルキアージュは悪戯気に笑って扉を出ていってしまう。
パタンと無情にも扉が閉まった。
しばし呆然と立ち尽くしていると、カチャカチャとした音が部屋に響く。
そちらを見やれば、ワゴンからテーブルの上へと皿やカップなどをフルメルスタが並べていた。
「あの、フルメルスタ、さん」
「フルメルスタとお呼びください尚里様。朝食をどうぞ」
武骨に頭を下げるフルメルスタに促されて、尚里はおそるおそるテーブルについた。
保温のためにされていたシルバーのカバーをパカリと外すと、目玉焼きの乗ったパンケーキにソーセージやラタトゥイユが添えられている。
紅茶をカップに注がれるあいだ、おそるおそる何度も指輪を見てしまう尚里だ。
カップをテーブルに置かれたので、尚里はそろそろとフルメルスタを見上げた。
背が高く体の厚みもあるフルメルスタに、ぎこちなく左手の指輪を指してみせる。
「あの、フルメルスタからこれ返してもらうわけには」
「尚里様、トゥルクロイドはイシリス以外では花嫁だけが触れることを許されております」
言われてがくりとしてしまう。
ということは、ルキアージュがいなくなったいま現在指輪をしている尚里がこのまま持っておくしかない。
「持っておくの怖いんだけど」
はあーと長い溜息が出てしまう。
「イシリスの花嫁の証ですから受け入れてください」
「うぅ」
さあ、どうぞと言われてナイフとフォークを手に取ると、ソーセージをパキリと切って口へ運ぶ。
ジューシーな肉の味わいに思わずじんわりした。
「それにしても、イシリスの笑うところなんて初めて見ました」
「いや、ずっと笑ってるけど」
何を言っているんだ。
「外交的な笑みは浮かべても、それ以外では初めてみました。尚里様がよほど愛しいのでしょう。小さい頃は尚里様も知っての通り記憶があるせいか、悟りを開いたような凪いだ心と表情でした」
「……見えない」
そもそも花嫁といきなり言って、愛しいとか言われても尚里のどこを好きになったのかまったくわからない。
しかしルキアージュもフルメルスタも嘘を言っているようには見えないし、そんなことをする必要もないだろう。
(どうなるんだ、これ)
ちらりと左手薬指に視線を落とすと、尚里は深々とした溜息を飲み込んだ。
結局ルキアージュがいない部屋にいてもしょうがないし、やることもないからとフルメルスタが渋い顔をするなか、尚里はカフェへ出勤した。
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