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「どうだ?調子は」
カウンターの中で皿を洗いながら黒崎がうながしてきた言葉に。
「なんか、色々と凄い」
エプロンをつけて同じくカウンターに立っている尚里は怖々と呟いた。
「そうか、凄いものまでつけてるもんなあ」
水仕事はしなくていいと言われた原因である指輪を見下ろすと、黒崎もちらりと見やってくる。
人差し指の爪くらいの大きさの宝石が燦然と輝いていることに、黒崎も最初はあんぐり口をあけていた。
トゥルクロイドのことは口外無用と言われたので黙っていたら、フルメルスタが婚約指輪だと言ってしまった。
婚約をした覚えはない。
フルメルスタは黒崎による客のふりをしてほしいという要望で、カウンターのスツールに腰かけているが、飲食は仕事中だからと断っている。
勤勉だなと思わず関心してしまった。
「ゴミを裏に出してくれるか」
「了解です」
黒崎に頼まれてゴミ箱からゴミ袋を取り出して口をきゅっと縛る。
それを手に裏へ引っ込もうとすると、フルメルスタも立ち上がった。
「ご一緒します」
「ゴミ捨てるだけだから」
「しかし……」
納得しなさそうなフルメルスタに何もないからと言ってさっさと尚里はカウンターの奥へ引っ込んだ。
ゴミ袋を持ったまま裏口を開けると、空が曇っていて小雨が降っている。
薄暗い天気にひどくならなきゃいいけどと思って外に出ると、裏口のドアノブに黒い紙袋がぶら下がっていた。
まさかなと嫌な予感を感じつつもおそるおそる手に取って中身を見る。
「うわ……」
中には写真が一枚入っていた。
おそらく尚里がルキアージュのホテルに行くきっかけになった日のものだろう。
車から降りた尚里と車から出かけたルキアージュの二人が写った写真だった。
ご丁寧にルキアージュの顔の部分がズタズタにされている。
「これ、俺と一緒にいたら危ないんじゃ……うわっ」
眉を顰めたときに、ぐいと横から腕を引っ張られた。
ドサリとゴミ袋がビニールの擦れる音を出して転がる。
わけがわからず目を白黒させていると、雨の中路地裏の壁に体を押し付けられた。
しとしとと髪が濡れていく湿った感触を感じたあと、唐突に背中に重みが伸し掛かった。
はあはあと息の荒い音が耳元でする。
「き、きのうは店に来なかったね」
どもる言葉使いは男のものだった。
壁と男の体に阻まれて身動きがとれない。
ここ最近ストーカー行為はこの男かと思いながら、なんとか体を抜け出させようと動くと。
「ひ、ぃ」
じゅうっとうなじを吸われる感触がした。
舌のぬめりを感じて怖気が走る。
さわさわと尻の方へも男の手の感触がして、ふるりと尚里の体が震えたとき。
左手の指輪がカッと光った。
青い光が路地裏を明るく照らす。
次いで、ザンッと音がしたかと思ったら背中がふっと軽くなった。
「ぎゃあっ」
背後からの踏みつぶされたカエルのような声が響く。
何が起きたんだろうと拘束のなくなった体でおそるおそる振り向くと。
「何をしている」
腹の底まで冷やりとさせるような冷淡な声が響いた。
そこには丸々とした体つきで頬に切り傷の出来た男が、痛い痛いともがいていた。
そして路地の入口には、上等なスーツが濡れることもいとわずルキアージュが冷たい目で凛と立っていた。
「なんでここに」
会食とやらがあっていたのではないかと言外に問えば。
「終わったので迎えに来ました。トゥルクロイドの気配が変わったから来てみれば」
「ひぃ」
ギッと苛烈な青に睨み据えられ、もがいていた男は口を震わせた。
「誰の許しを得て花嫁に触れている」
言った瞬間、ゴウッとルキアージュの右手に赤い炎が現れた。
「ちょっまった!」
このままでは男を丸焼きにしてしまいそうだと尚里はルキアージュの方へわたわたと駆け寄った。
「イシリス!」
「尚里!」
フルメルスタと黒崎の声が響き、天の助けとばかりにそちらを見やる。
「イシリス、申し訳ありません」
フルメルスタはルキアージュへと片膝をつくと、深々と頭を垂れた。
ルキアージュはチラリと冷たい眼差しでフルメルスタを見下ろしている。
右手には炎をまとわせたまま。
「なんのためにお前を尚里につけたと思っている」
「申し訳ありません。処罰はいかなるものでも受けます」
とんでもない展開になっていると尚里はガシッとルキアージュの腰にすがりついた。
「大丈夫!俺大丈夫だから!何ともない。だから罰とかいらない!」
「尚里……しかし」
きゅっと眉根を寄せるルキアージュは不服そうだ。
しかしここで引いたらフルメルスタはどんな罰を受けるかわからない。
ついでにルキアージュを落ち着かせないと、転げまわっているストーカーの命が危うい気がする。
「ほんっとだいっじょうぶ!火も消して、危ないにも程がある」
あまりの勢いで説得をしたおかげか、ルキアージュはふうと小さく息をついて右手の炎を消した。
「わかりました。フルメルスタへの罰は不問にします。その男への制裁ですが……」
「警察にまかせよう!」
制裁とか怖い事を言うので、とにかく穏便にすませたいのだと主張すれば。
「フルメルスタ」
「はっ」
不満そうにフルメルスタへ視線をやると、彼はストーカーの首根っこを軽々掴んで尚里に深々と頭を下げた。
「尚里様、寛大なお心に感謝いたします」
「……いえ」
なんとか返事をしぼり出すと、フルメルスタはストーカーを荷物のようにして担ぎ上げると路地を出て行った。
カウンターの中で皿を洗いながら黒崎がうながしてきた言葉に。
「なんか、色々と凄い」
エプロンをつけて同じくカウンターに立っている尚里は怖々と呟いた。
「そうか、凄いものまでつけてるもんなあ」
水仕事はしなくていいと言われた原因である指輪を見下ろすと、黒崎もちらりと見やってくる。
人差し指の爪くらいの大きさの宝石が燦然と輝いていることに、黒崎も最初はあんぐり口をあけていた。
トゥルクロイドのことは口外無用と言われたので黙っていたら、フルメルスタが婚約指輪だと言ってしまった。
婚約をした覚えはない。
フルメルスタは黒崎による客のふりをしてほしいという要望で、カウンターのスツールに腰かけているが、飲食は仕事中だからと断っている。
勤勉だなと思わず関心してしまった。
「ゴミを裏に出してくれるか」
「了解です」
黒崎に頼まれてゴミ箱からゴミ袋を取り出して口をきゅっと縛る。
それを手に裏へ引っ込もうとすると、フルメルスタも立ち上がった。
「ご一緒します」
「ゴミ捨てるだけだから」
「しかし……」
納得しなさそうなフルメルスタに何もないからと言ってさっさと尚里はカウンターの奥へ引っ込んだ。
ゴミ袋を持ったまま裏口を開けると、空が曇っていて小雨が降っている。
薄暗い天気にひどくならなきゃいいけどと思って外に出ると、裏口のドアノブに黒い紙袋がぶら下がっていた。
まさかなと嫌な予感を感じつつもおそるおそる手に取って中身を見る。
「うわ……」
中には写真が一枚入っていた。
おそらく尚里がルキアージュのホテルに行くきっかけになった日のものだろう。
車から降りた尚里と車から出かけたルキアージュの二人が写った写真だった。
ご丁寧にルキアージュの顔の部分がズタズタにされている。
「これ、俺と一緒にいたら危ないんじゃ……うわっ」
眉を顰めたときに、ぐいと横から腕を引っ張られた。
ドサリとゴミ袋がビニールの擦れる音を出して転がる。
わけがわからず目を白黒させていると、雨の中路地裏の壁に体を押し付けられた。
しとしとと髪が濡れていく湿った感触を感じたあと、唐突に背中に重みが伸し掛かった。
はあはあと息の荒い音が耳元でする。
「き、きのうは店に来なかったね」
どもる言葉使いは男のものだった。
壁と男の体に阻まれて身動きがとれない。
ここ最近ストーカー行為はこの男かと思いながら、なんとか体を抜け出させようと動くと。
「ひ、ぃ」
じゅうっとうなじを吸われる感触がした。
舌のぬめりを感じて怖気が走る。
さわさわと尻の方へも男の手の感触がして、ふるりと尚里の体が震えたとき。
左手の指輪がカッと光った。
青い光が路地裏を明るく照らす。
次いで、ザンッと音がしたかと思ったら背中がふっと軽くなった。
「ぎゃあっ」
背後からの踏みつぶされたカエルのような声が響く。
何が起きたんだろうと拘束のなくなった体でおそるおそる振り向くと。
「何をしている」
腹の底まで冷やりとさせるような冷淡な声が響いた。
そこには丸々とした体つきで頬に切り傷の出来た男が、痛い痛いともがいていた。
そして路地の入口には、上等なスーツが濡れることもいとわずルキアージュが冷たい目で凛と立っていた。
「なんでここに」
会食とやらがあっていたのではないかと言外に問えば。
「終わったので迎えに来ました。トゥルクロイドの気配が変わったから来てみれば」
「ひぃ」
ギッと苛烈な青に睨み据えられ、もがいていた男は口を震わせた。
「誰の許しを得て花嫁に触れている」
言った瞬間、ゴウッとルキアージュの右手に赤い炎が現れた。
「ちょっまった!」
このままでは男を丸焼きにしてしまいそうだと尚里はルキアージュの方へわたわたと駆け寄った。
「イシリス!」
「尚里!」
フルメルスタと黒崎の声が響き、天の助けとばかりにそちらを見やる。
「イシリス、申し訳ありません」
フルメルスタはルキアージュへと片膝をつくと、深々と頭を垂れた。
ルキアージュはチラリと冷たい眼差しでフルメルスタを見下ろしている。
右手には炎をまとわせたまま。
「なんのためにお前を尚里につけたと思っている」
「申し訳ありません。処罰はいかなるものでも受けます」
とんでもない展開になっていると尚里はガシッとルキアージュの腰にすがりついた。
「大丈夫!俺大丈夫だから!何ともない。だから罰とかいらない!」
「尚里……しかし」
きゅっと眉根を寄せるルキアージュは不服そうだ。
しかしここで引いたらフルメルスタはどんな罰を受けるかわからない。
ついでにルキアージュを落ち着かせないと、転げまわっているストーカーの命が危うい気がする。
「ほんっとだいっじょうぶ!火も消して、危ないにも程がある」
あまりの勢いで説得をしたおかげか、ルキアージュはふうと小さく息をついて右手の炎を消した。
「わかりました。フルメルスタへの罰は不問にします。その男への制裁ですが……」
「警察にまかせよう!」
制裁とか怖い事を言うので、とにかく穏便にすませたいのだと主張すれば。
「フルメルスタ」
「はっ」
不満そうにフルメルスタへ視線をやると、彼はストーカーの首根っこを軽々掴んで尚里に深々と頭を下げた。
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