突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

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 その後アーリンに案内された風呂場に行くと、脱衣所が無駄に広かった。
 籐の籠に脱いだ服を入れてそっと浴室に行くと、白とペールブルーのタイルが交互にはめ込まれただだっ広い風呂場だった。
 目の前の浴槽の先はガラス張りになっていて、先ほどの部屋同様に見事なオーシャンビューが広がっている。
 ぽかんと口を開けていると、アーリンが浴槽に蜂蜜色の液体や赤い南国らしい花などを浮かべている。

「さあ尚里様、お背中をお流しします」

 持っていたものを丁寧に湯舟に投入し終わると、アーリンが腕まくりをした。
 それにサッと尚里の顔色が変わる。
 知っている。
 大体、物語では身分の高い人間は召使いに風呂や着替えを世話されるのだ。
 しかし尚里は底辺ビンボー人である。
 ぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。

「一人で大丈夫!アーリン君はさっきの部屋で待ってて」
「しかし」
「頭から足の爪先までしっかり一人で洗うから!」

 必死に言いつのると、アーリンはしぶしぶといった顔で。

「そこまでおっしゃるのであれば」

 なんとか納得してもらった。
 風呂やたくさん並べられているボトルの用途を教えられると。

「では尚里様、ごゆっくりお寛ぎください」
「ありがとう、アーリン君」
「僕にもリーヤにも君をつける必要はありません。呼び捨てでお呼びください」

 にこりと柔らかく笑うと、ではと頭を下げてアーリンは浴室を後にした。
 途端に、はあーっと長い溜息が出てしまう。
 ようやく気が抜けるようになった。
 タイル一つとっても傷がついたら取返しがつかない気がして、尚里はそろりそろりとゆっくり歩いた。
 体を洗い、湯舟に浸かると思わず長い吐息が漏れる。
 すんと鼻を鳴らせば甘すぎない花と柑橘系の香りがふんわりと香る。

「いい匂い……だけど」

 ちらりと横を見やれば一枚ガラスのオーシャンビュー。
外から見えないようになっているのだろうけれど、なんとなく気恥ずかしい。
 けれど贅沢だなあと思いながら、湯舟を楽しんで脱衣所に出ると白い麻のパンツとシャツが置かれていた。
ルキアージュの言った通り何も持たずに来たので、ありがたい。
ちなみに一着の値段を考えると怖いので、無理矢理意識の片隅に追いやった。
脱衣所から出るとアーリンが待機しており驚いたけれど、先ほどのテーブルセットのある部屋に誘導された。
一人だったら迷っていたかもしれない。
 アーリンが尚里様をお連れしましたと口にすると、カチャリと扉が開いた。

「おかえりなさいませ」

 にこっと扉を開けて笑ったのは、アーリンと違ってどこかヤンチャそうな雰囲気のリーヤだった。

「ありがとう」

 リーヤに促され室内に入ると、ルキアージュがテーブルについてティーカップを傾けていた。

「おかえりなさい、尚里」
「風呂ありがとう」

 蒸気したほかほかの顔で礼を言えば、席を立って目の前に来たルキアージュにするりと頬を撫でられた。
 思わず半歩後ずさってしまう。
 けれどルキアージュは気にした風もない。

「今日は疲れたでしょう。明日は海と市街地を案内しますね」

 思わぬ言葉に尚里はぱちんと目をひとつまばたいた。

「いいの?」
「勿論、フルメルスタがいますので二人きりではないですけれど」

 思わずくすりと言い分に笑ってしまう。
 けれど意外だった。

「もっと堅苦しくて外に行ったりできるとは思わなかった。専用ジェットとかだし」
「尚里は堅苦しいのは嫌かと思いまして。それにアルバナハルを知ってもらうために来たんですから、楽しんでもらいたい」

 ルキアージュの言葉に尚里は小さくありがと、と口にした。
 色々考えてくれたんだな、と胸がほんわり温かくなる。

「私の部屋とここは少し離れていますが、アーリンに何でも申しつけてください」
「自分より年下の子に世話してもらうのはちょっと……」
「年下と言っても一歳ですから気にせず申しつけてください」

 ルキアージュの言い分にちらりとアーリンとリーヤを見ると、にこにこと笑ってこくりと頷いた。

「うう、じゃあお世話になります」

 陥落した尚里はがくりと肩を小さく落としたのだった。

「食事をしますか?」

ルキアージュの言葉にうーんと尚里はくるりと自分の腹部を見下ろした。
腹はそんなに空いていなかった。
緊張のしすぎで、食事をまともに取っていないのにだ。

「いやいいよ、もう休みたいかな」
「ではそのように」

 ルキアージュが頷いてアーリンに目線を向けると、少年ははいと恭しく頭を下げた。

「私も部屋に戻ります。尚里、いつでも部屋に遊びに来てくださいね」
「へ?」

 今から休むと言っているのに、何故部屋に誘われたのだろうと不思議に思っていると、ルキアージュは小さくくすりと笑って尚里の右手を取り指先に小さく口づけた。
 ふわっと思わず声を上げれば、満足気にルキアージュは部屋を後にしてしまった。

「心臓に悪い……」

 思わずじっと右手の指先を見てしまう。

「尚里様、イシリスの部屋へ行かれますか?それならご準備をいたしますけれど」

 アーリンの言葉に尚里は小首を傾げた。
 今出て行ったばかりなのにとか、準備って何だとか不思議そうにしていると。

「夜の行為をされるのであれば、それにふさわしい香油などでマッサージをいたしますが」

 夜の行為。
 つまりルキアージュの部屋に夜這いに行かないのかと言っているのだと察して、尚里は一気にボッと顔を赤くさせた。

「いか、行かないよ」

 アーリンは張り切りますよと顔に書いてあったけれど、尚里は一瞬で否定した。
 そうですかとアーリンが残念そうにする。
 そればかりか、リーヤも意外そうにこちらを見ていて居たたまれなくなった。

「もう寝るから」
「温かいお茶をお持ちしましょうか?」
「いや、いいよ。ありがとう」

 暖かいお茶を飲んでも今の衝撃は消えないだろうな、などと思いながら断る。
 アーリンとリーヤは寝室まで尚里を案内すると、おやすみなさいませとぴったり揃って頭を下げて扉を閉めた。
 そうしてやっとふうと息をついた。
 ぐるりと部屋を見回すと、白と水色を基調にした爽やかな色合いの寝室だった。
 ベッドはキングサイズとはいかないけれど、それでも広い。
 尚里が三人は寝転べそうな横幅だ。
 そして気恥ずかしいのが天蓋付きと言う事だ。
 白いシフォンがベッドをふんわりと包んでいて、何だか乙女チックな雰囲気である。
 女の子ならとても喜んだだろうけれど、成人男性の尚里には少しミスマッチだと思ってしまう。
 サイドテーブルには白と淡いピンクの花が生けてあるけれど、その花瓶には何故か小さな宝石が等間隔で埋め込まれていて、絶対に落とさないようにしようと決意する。
乙女チックなシフォンをくぐってベッドにころんと横になると、程よい柔らかさがふんわりと体を受け止めた。
尚里の家にある煎餅布団とは当たり前だけれど全然違っていて、思わずおおと感動の声が出た。
仰向けになり、上を見上げると白いシフォンが柔らかく尚里を外界から遮断してくれる。
意外と落ち付くかもと思いながらも。

「来ちゃったんだなあ」

 思わず深々と声を出していた。
 自分にしてはもの凄い決断をしたつもりだ。
 なんてったって国内旅行はおろか地元から出たことすらないのに、今や南国にいるのだから。
 しかも花嫁になってほしいなどという、ありえない要望で。
ころりと横に転がれば、黒崎の言葉が脳裏をよぎった。

「本気には本気で返せ、か」

 言っていることはわかる。
 ルキアージュがあれだけ真摯に接してくれているのだ。
 断るにしても、こちらも彼のことをちゃんと知ったうえで断るべきだろうと尚里も思う。
 今頃黒崎も日本を発つ準備をしているだろうか。

「店長羨ましがってたな」

 くすりと笑いが漏れる。
 そんなことを考えていると、疲れていたのかとろとろと眠気がやってきて、尚里はくわとあくびをひとつして目を閉じたのだった。
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