突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

文字の大きさ
17 / 35

17

しおりを挟む
車に乗り込むと、見た目は一般車なのに恐ろしく座り心地がよかった。
ついでに言えばプライベートを守るためか、運転席とはカーテンが引かれている。
けれど何より驚いたのが、ルキアージュだ。
いつもピシリとした三つ揃いの恰好だったのに、今はラフな薄青のシャツに白いカーゴパンツにサンダル姿だった。

「全然恰好が違う」

 思わず呟けば。

「観光ですからね。堅苦しいのは今日は無しです」

 悪戯気に笑うので、思わず尚里も笑ってしまった。
 車が滑らかに滑り出す。

「どこに行くんだ?」
「まずはビーチです」

 ルキアージュの言葉通り、しばらく走ると窓の外に海が広がってきた。
 車の中からでも、白い砂浜と空を移したようなスカイブルー、沖にいくにしたがってコバルトブルーと見事なグラデーションが視界に入ってくる。

「凄い!」

 思わずはしゃいだ声を上げると、ルキアージュがフルメルスタの名前を呼ぶ。
 すると窓が下がって、途端に潮風が気持ちよく尚里の頬を撫でた。
 海独特の香りに、尚里のテンションが上がる。

「海って初めてなんだ」

 思わずはしゃいだ声を上げてしまう。

「あなたの初めてを貰えたなんて光栄です」
「い、言い方!」

 流し目を送られて、ほんのり尚里の頬が赤くなる。
顔がいいのは心臓に悪いと思わず胸中で呟く。
そんなことを話していると、シダの車が止まった。
すぐさま運転席を降りたフルメルスタにドアが開けられる。
今日は彼もラフな黒いTシャツにブラックジーンズだ。
車から降りて少し歩くと、視界に白い砂と透明度の高い波打ち際が現れた。

「わあっ」

 思わず感嘆の声が上がる。

「尚里様、まずは水着にお着換えを」
「水着あるの?」

 泳ぐのだろうかと小首を傾げると。

「準備してありますよ」

 ルキアージュが答えた。
 至れり尽くせりだ。
 それにしても。

「人がいないんだな」

 浜辺には誰もいなかった。
観光客をあまり受け入れていない国だとはいえ、地元の人間もいないことに不思議に思うと。

「このプルヒルビーチは王族専用ですから」
「ええ!」

 思わず声を上げてしまった。

「私有地なので、誰も入れません」

 王族専用なんて、噂に聞くプライベートビーチというやつだ。
 尚里は思わず遠い目をしてしまった。

「あちらにあるヴィラでお着換えが出来ます」

 フルメルスタの指差した方を見れば、いかにも南国といったような気の壁で出来た建物があった。
 白い屋根のその建物は、水着を着替えるだけにしては圧倒的な大きさだったので、宿泊施設なのだろうと思う。
 違う可能性の方が高いけれど。
 砂浜を歩いてヴィラに向かうと、砂が細かく柔らかいのでサンダルだと少し歩きにくい。
 それを見越したようにすいとルキアージュから手を取られた。
 エスコートをするように自然に歩きだしてまったので、断るタイミングを逃してしまいそのままヴィラまで歩いた。
 ルキアージュの手は長身の彼らしく大きくて指も長く、尚里の手をすっぽりと包んでしまう。
 それが何だか恥ずかしくて、尚里はルキアージュとは反対にある海ばかり見ていた。
 エスコートされてついたヴィラの前。
 白い砂浜には、白いシャツとズボン、ワンピースを着た男女十人が膝をついて待っていた。
 思わずひるんだけれど、きゅっとルキアージュに手を握られる。
 先頭にいた濃いひげの男が顔を上げてにっこりと微笑んだ。

「ようこそ、お待ちいたしておりました。イシリス、花嫁様」

 堂々と花嫁と呼ばれてしまった。

「え、と俺のことは尚里でお願いします」

 花嫁様なんて呼び方、いたたまれないにも程がある。
 尚里の言葉に男が思わずルキアージュの方を見ると、そのように、と彼が口を開いた。
 その言葉にひとつ頷くと、男はにっこりと笑みを浮かべる。

「では尚里様、私はここの管理を任されています、アトバークと申します。早速ですが、水着の用意が整っていますのでご案内いたしますね」

 パンとアトバークが手を鳴らすと、女性二人が立ち上がり頭を下げた。

「では尚里、私も着替えてきます」

 女性に促されついて行こうとしたけれど、ルキアージュの言葉に首を傾げた。
 けれど男性二人がルキアージュへ頭を下げているので、案内される着替えのための部屋は別らしい。
 女性二人に部屋へ案内されると、彼女達とは扉で別れた。
 着替えを手伝うと言われたのを断固断ったのだ。
 水着なんてまともに着るのはどのくらいぶりだと思いながら、用意されていたミントグリーンの膝丈の水着に着替えた。
 そして首を傾げる。
 何故かパーカーが一緒に置いてあったからだ。
 何故だろう。
 けれど首から下げているトゥルクロイドの輝きを視界に入れて、これを見られないためかと納得してパーカーを着込んだ。
 指に嵌めるのは怖いにも程があるので、日本を出た時に鎖を貰って首から下げたのだ。
 ちなみに鎖がいくらかは知りたくない。
 部屋を出ると女性二人が待機しており、そのまま大きな広間らしい部屋について行く。
 どれだけ広いのだ。
 広間は淡い緑の壁と白いラグの引かれた部屋だった。
 調度品などが並んでいるわけではないけれど、木で出来ているらしい独特な形のシャンデリアや、置いてある精緻な彫り物をされたカウチにと派手さはないけれど、品よくまとまっている。
 そして驚いたのが、床の一部がガラス張りとなっていて、海の中が見えるようになっていた。
 しゃがんで覗き込むと、魚がすいと泳いでいき思わず驚く。
 思わず夢中で覗き込んでいると。

「お待たせしました」

 ルキアージュの声に振り向き、尚里は固まった。
 そこには黒い膝丈の水着を着たルキアージュがいた。
 いたのだけれど、褐色の肌が惜しみなくさらされており、尚里は思わずくぎ付けになってしまった。
 水着だから当たり前だけれど、上半身が裸だったのだ。
 そしてその体はしっかりとした筋肉に包まれていて、腹筋もしっかり割れている。
 気瘦せするタイプだったらしく、スーツの時にはあまり意識しなかった男らしい体だった。

「筋肉が凄い……」

 思わずといったように呟くと。

「鍛えていますから」

 苦笑された。
 見せる筋肉ではなく、実践用のしなやかな筋肉はまるで猫科の猛獣を思わせた。

「見とれてます?」

 くすりと笑われて、ぶんぶんと扇風機のように首を振った。

「残念」

 艶っぽく笑われる。
 いちいちそんな色気を振りまかないでほしいと思っていると、行きましょうか。
広間のテラスへとルキアージュうながした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

過保護な義兄ふたりのお嫁さん

ユーリ
BL
念願だった三人での暮らしをスタートさせた板垣三兄弟。双子の義兄×義弟の歳の差ラブの日常は甘いのです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年── かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。 そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。 冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……? 若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。

処理中です...