突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

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 カフェを出て次に行ったのは博物館だった。
 アルバナハルのことを展示してあるフルズス博物館のことは、知っていた。
 白壁にモスグリーンの屋根の建物内はひんやりとしていて、静かだ。
 人が誰もいないのは何故だろうと思いながらも、いないならいないでゆっくり見てられると思った尚里。
 実際は今日は貸し切りにされていたりするのだが。
 広いホールに出ると、縦一メートル横三メートルほどの巨大な絵が飾られていた。
 そこには王様らしき人物や髪の長い金髪の女だろう神様のような人物が描かれている。

「あれが最初の王、アルバナハルです。そしてあの女性がナレージャロ。生きとし生けるすべての自然に宿り大地を潤していると言われています。そのおかげで我が国はマナを持つ者が多いという言い伝えです」
「王様の隣にいるのは?もしかして……」

 王冠を被った男の横に描かれているのは銀髪の男だ。

「私、というか最初のイシリスですね。最初の王のそばで国を作るのを、ナレージャロに下賜された絶大なるマナを使って助けた人神と言われています。以前も言いましたが銀髪青い目の子共は国に申請が絶対で生まれてすぐに神殿に引き取られ、代々イシリスの名前を受け継ぎます」
「それじゃあ家族は?」
「知りません。今までの記憶でも、家族と過ごした経験はありませんよ」

なんでもないように言うルキアージュだ。
 尚里は家族の温かさを物心ついてからは知らない。
 それは凄く寂しいことだった。

「寂しくなかったの?」

 思わずそっと頬に手を伸ばすと、その手に大きな褐色の手が重ねられた。

「寂しくありませんよ。生まれた時から記憶があるので、また始まったという感覚くらいです」
「それは……」

 寂しいことのように尚里には思えた。
 きゅっと重ねられている手に力を込められた。

「魂の片割れがどこかにいる。ナレージャロが悠久の時を生きるイシリスへ残した慈悲だと言われています」
「今までにもいたのか?」
「いいえ、花嫁の気配を感じたのは今回が初めてです。成人したその日に尚里の気配を感じました。初めての時は歓喜に震えましたよ。その微かな気配をたどって五年目であなたに会えた」

 情熱的な言葉と圧倒的な熱量の眼差しに、思わず尚里は半歩後ずさった。
 それをさせないというように、ルキアージュの左手が腰に回される。

「じゃあ、日本にいたのって」
「各国を回っていました。あなたを探して」

 鼻が触れるほど近くにルキアージュの整った顔が近づいて、尚里は思わず目を逸らそうとした。
 けれど尚里の手から離れたルキアージュの手が、今度は逆に頬に添えられる。

「やっと見つけられた。愛してます」

 熱を孕んだ低い声。
 けれど、尚里は困ったように眉を下げた。

「……変とは、思わないのか?」
「変、とは?」

 尚里の突然の言葉にルキアージュがまばたく。
 まばたくまつ毛まで銀色だ。

「いきなり花嫁って思うなんて、しかも会ったこともないのに」

 尚里の言い分にルキアージュは苦笑した。

「そうですね。でも探している間、私はずっと恋焦がれていました。気配が感じられた日は天にも昇る気持ちで、気配が感じられないと寂しくて。イシリスは人神として感情を持たないと言われていたし、実際何にも感情は動かなかったのに、花嫁の気配に一喜一憂していましたよ」

 花嫁、という単語に何故か尚里はもやもやとした。
 それではまるで。

「俺じゃなくてもよかったんだろ。花嫁って言われてる人物なら」

 尚里自身を知って選んでいるわけではない。
 それがなんだか無性にモヤモヤとした。

「確かに、花嫁だから尚里に惹かれました」

 ほら、やっぱりと思う。
 何故か一瞬胸が痛んだ。

「でも、すぐに慌てたり赤くなったりするところや、とまどっているのに私を知ろうとしてくれている誠実さに恋をしました」
「え……」
「今日も像に楽しそうに笑ってる笑顔が可愛くて仕方ありませんでした。こんなに無邪気に笑うんだと」

 カアーッと一気に尚里は顔を赤くした。
 熱烈な口説き文句に恥ずかしくなる。

「花嫁なら、誰でもいいわけじゃ……ない?」

 おそるおそる尋ねると、ルキアージュが見たことが無いくらい優しく微笑んだ。

「尚里だからです。尚里が花嫁でよかった。尚里がいい、私を受け入れてください」

 すり、鼻をすり合わせられてじっと至近距離で不純物の一切ない宝石のような青い目が見つめてくる。
 その目に尚里は心臓がドクドクと脈打ちだすのを感じた。
 口から飛び出してしまいそうだ。

「ちょ、直球すぎる」
「尚里には余すことなく私の想いを伝えたいんです」

 とうとうゆでだこのようになってしまった尚里は、どう答えていいかわからない。
 あうあうと何も言えずにいると、ゆっくりとルキアージュの手が離れていった。

「追い詰めたいわけではありません。ゆっくり私を知ってください」

 ルキアージュの言葉にどもりながら、わかったと返事をして。

「トゥルクロイドのことはどこにも展示されてなかったな」

 濃密な雰囲気を変えようと、わざとらしく口を開いた。
 けれど、実際に不思議に思った事でもある。
 イシリスやナレージャロ、マナのことはたくさん展示されていたのにトゥルクロイドのことは一切なかったのだ。

「ああ、トゥルクロイドは尚里が持っている物が唯一ですから」
「うっそだろ!」

 ルキアージュの爆弾発言に尚里は声を上げ、次いで今まで赤かった頬から一気に血の気が引いた。

「レプリカが王宮の展示室にありますが、本物はそれだけです」
「か、返す!」

 あわあわと服の中に手を突っ込んでトゥルクロイドを取り出そうとしたけれど。

「いいえ、それはイシリスの花嫁のものです」
「いや、だって」
「トゥルクロイドは代々銀髪の子共が握りしめて生まれてきます。それは花嫁を守るための石なんですよ」

 ぽかんと尚里は思わず口を開けた。
 宝石を握りしめて生まれてくるなんて、不思議なことにも程がある。

「トゥルクロイドはイシリスの死後、砕け散りまた次の代へと脈々と受け継がれていくのです」
「大事なものなんじゃないか!持っておくの怖いよ」

 顔面にありありと返したいと書いてある尚里に、しかしルキアージュはにっこりと花嫁のものですからと受け取ってくれなかった。
 結局博物館を出るときもトゥルクロイドは尚里の首に下げられていた。
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