突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

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 次に行ったのはなかなかに大きな河のある場所だった。
 船着き場には三人程が乗れる船を貸し出している。
 河の上では沢山の小船が荷物を抱えてゆったりと浮かんでいた。

「ここは水上マーケットです。ここを最後に見て帰りましょうか」

 船着き場に向かい、まずはフルメルスタが小舟に乗り櫂を手にした。
 どうやら彼が船を漕いでくれるらしい。
 次にルキアージュが危なげなく小舟に乗り、振り返って手を差し出した。
 片足を乗せるとぐらぐらと不安定に揺れる。

「結構怖い」
「乗ってしまえば大丈夫ですよ」

 差し出された手に右手を乗せると、力強く引かれ小舟に乗せられた。
 二人が腰を落とすのを見てフルメルスタが立ったまま櫂を操り、ゆっくりと船が動き出した。
 同じような小舟がすれ違うなか、商品を沢山乗せた商売人の呼び込みが活気よく響く。
 きょろきょろと物珍しくそれぞれの店の船を見ていると。

「あんた珍しいね、外国人かい」

 恰幅のいいおばさんが目尻に笑い皺を刻んで声をかけてきた。

「寄っていきな、おまけしてあげるよ」

 来い来いと手招きする人好きのする顔に、ルキアージュが頷きフルメルスタが船を寄せた。

「うちの果物は天下一品なんだ、よ……」

 言いかけてどんどん言葉を失っていくおばさんにどうしたのだろうと思えば。

「あなた様は」

おばさんにルキアージュの正体がバレたらしい。
 けれど目を見開いたおばさんに、ルキアージュは静かに唇に人差し指を立てると、こくこくと頷いた。
 そしてちらりと尚里の方を見て、目をたわませる。

「ははあ、なるほど。噂になってますよ、花嫁が見つかった。めでたいって」

 おばさんの言葉にええっと尚里は思わず声を上げてルキアージュの方を見た。
 すると、ルキアージュは苦笑して肩をすくめて見せる。

「人の口に戸は立てられませんからね」

 そう片付けていいのだろうか。

「そうとなればお祝いです。これ持って行ってくださいな」

 おばさんがひょいひょいと真っ赤な果物を小さくはない籠に入れだした。

「え!いや、悪いよ」

 慌てて辞したけれど。

「自慢のローズアップルなんですよ。ぜひ食べてみてくださいな」

 にこにこと瑞々しいローズアップルという果物を差し出された。
 そこまで言われてしまってはとおそるおそる受け取り、かしゅりと一口齧る。
 糖度の高い、水分をたっぷり含んだ甘さが口内に広がった。

「美味しい!」
「そうでしょう、そうでしょう」

 尚里の反応に、おばさんが満足気に頷く。

「沢山召し上がってくださいな」

 嬉しそうに籠を差し出すと、ルキアージュはありがとうと籠を受け取った。

「我が喜びです」

 破顔したおばさんに別れを告げると、また船が動き出す。
 結局そのあと行く店行く店でそんなことがあり、エビやアロマ石鹸など多岐にわたってプレゼントされた。
 ルキアージュいわく商人にとって情報は命だから、独自のネットワークがあるらしい。
 アーリンとリーヤに沢山のお土産が出来てしまったと尚里が笑えば、それを見てルキアージュが優し気にに笑っていた。
 赤い夕陽が少しずつ出始めた頃に、そろそろ帰りましょうかと言われて三人は王宮に帰った。
 夕食は貰った食材を使った、生エビや乾燥エビを甘じょっばいディップをつけて食べる海鮮料理や、八角などのスパイスが効いている豚の角煮などに舌鼓を打った。
 休むために客間に下がろうとしたときだ。
 すいと右手を取られたので何だろうと首を傾げると、手の甲へキスをされた。
 動揺してあわ、と変な声を漏らすとルキアージュがじっと見つめてくる。

「おやすみなさい、尚里」
「お、やすみ」

 思わず上ずった声を出すと、するりと指先が掌を滑って離れていった。
 どこか官能的な触り方に尚里は内心ふぐうっとおかしな声を上げていた。
 そそくさと部屋へと入り扉を閉めると、シフォンに囲まれたベッドへどさりとうつ伏せにダイブした。
 今日一日一緒にいて、つねに甘い眼差しで見られたことが心臓に不整脈のようなものを与えている。
 それでも楽しかったなと思うと同時に。

「真綿でくるまれてるみたいだ」

 大切に扱われるのはどこかくすぐったい。
 じっと先ほど口づけられた手の甲を見て、もう何度もあの形のいい唇が触れたのだと思うと恥ずかしさで叫び出しそうだった。

「うぅ……」

 思わずほんのりと目尻に朱を走らせながら、尚里は動揺を隠すようにさっさと風呂に入り就寝したのだった。
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