かくりよの花嫁は溺愛される

やらぎはら響

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 中に入った途端に焦げ臭い臭いがして、やたらと暑かった。
 なにが起きているのかわからないけれど、尋常ではない様子だ。
 はやる気持ちを抑えて慌てて靴を脱ぐと、理斗は離れの建物ですら広そうなその廊下を駆けだした。
 角を曲がったところで人が座り込んでいるのを見つけて、慌てて立ち止まる。
 近づくとそれは久奈だった。
 まっすぐだった綺麗な髪はところどころ黒く炭化していたし、白いワンピースも焦げている。
 顔も薄汚れてしまっていて、顔色は真っ青だった。
 慌てて駆け寄ると、その体は小刻みに震えている。

「大丈夫ですか?」

 片膝をついて顔を覗き込むけれど、久奈は理斗に気づいていないようでぶつぶつと口を動かしていた。

「妖力、抑えたはずなのに……抵抗なんて出来るわけ……」

 小さな声すぎてあまり聞き取れない。
 埒があかないと思って理斗は久奈を置いて先に進んだ。
 すぐに襖が全開に開かれている和室の前に辿りつく。
 そこにはネクタイが無くシャツのボタンを数個外した、いつもの姿とはかけ離れた乱れた格好の遠伊が立っていた。
 その頭には耳が、そして背後には九本の尻尾が出ている。
 それに対峙しているのは逸平だ。
遠伊同様に頭に耳が出ていて、その背後には六本の尻尾が出ている。
尻尾の数が違うんだと思ったのは一瞬だった。
部屋の中には炎が舐めつくすように広がっていて、その中で対峙する二人の顔は険しい。
お互いが手を上げた瞬間、脳内に警報が鳴って理斗は力いっぱい叫んだ。

「遠伊!」

 理斗の声が響いた瞬間に、弾かれたように二人の目がこちらへ向けられる。
 そして驚愕に見開かれた。

「理斗、どうしてここに」
「どうやってここに来た!結界があったはずだ」

 お互いに臨戦態勢なのだろう。
 相手に手を向けたまま、それぞれが声を上げる。
 理斗はふんと鼻を鳴らして逸平を睨みつけた。

「通り抜けた」
「なっ」

 逸平の声が詰まる。

「遠伊の妖力か」

 どうやら原因がわかったらしい。
 それはスルーしてほしいと緊張感が緩みそうになった。
 けれどそんな場合ではない。
 理斗の予想どおりなら、この炎は二人の仕業だ。
 そしてお互いに向けた手は攻撃体勢だろう。
 さすがに父子でやることではない。

「それより駄目だ遠伊」

 遠伊を見つめると、けれど遠伊は小さく頭を振った。
 その顔は珍しく苦虫を噛み潰したようだ。

「いくら父でも許せないことだ」
「だからってやりすぎだ」

 理斗はずかずかと大股で部屋へと立ち入った。
 熱気にひるみそうになるけれど、遠伊がいる以上自分に怪我はさせないだろうと確信がある。
 すっかり信頼しきっているなと内心苦笑しながら、遠伊と逸平のあいだに立った。
 逸平を遠伊から隠すように両手を広げる。

「貴様に庇われるいわれはない!」

 激高する逸平の怒声が鳴り響く。
 ビリビリとした感覚が背筋に走るのは、おそらく逸平の妖力だろう。

「何故庇う。理斗を傷つける言葉を言うだけでなく私を騙した」

 理斗越しに逸平を睨みつける金色の瞳には苛烈な色が浮かんでいる。
 もしかしたら逸平と久奈が理斗に言ったことも聞いたのかもしれない。
 けれど腹が立っているのは理斗も同じだ。
 それ以上に、遠伊の知らない逸平の気持ちも知っている。

「そうだよ腹立つ!このおっさん!」
「何!」

 あえておっさん呼ばわりすると、逸平から気に障った怒声が響く。
 けれど理斗はそんな声にはひるまず、腹から声を張り上げた。

「自分勝手だし!傲慢だし!偉そうに人の話もきかずに勝手に喋るし!」

 逸平が理斗の怒鳴り声に、パクパクと口を開閉させているけれど、かまわず理斗は大声で言い切った。

「でも!遠伊のこと考えてだろ!この人言ってた。遠伊は絶対に幸せにするってお母さんに誓ったって」

 遠伊の瞳が一瞬揺れた。

「それは……本当か」

 ぽつんと言った言葉は、信じられないといったものだ。
 だから理斗は真っ直ぐに見つめて頷いた。

「本当だよ」
「うるさい!」

 再び逸平の怒号が飛ぶけれど、もう理斗は遠慮する気はなかった。
 負けじと怒鳴り返す。

「うるさいのはそっちだろ!俺だって腹立ってるけどあんたが遠伊のこと想ってて、遠伊もあんたを大事にしてるから言うんだ!」

 感情のままに声を上げて肩越しに逸平を睨みつけると、ぽかんとした呆気にとられた顔をしていて、なんだか笑いたくなった。
 顔を前に戻せば、遠伊も毒気の抜けた呆気にとられた顔で理斗を見ている。
 その二人の様子に理斗は鼻を鳴らした。

「お互い大事にしてるなら力のぶつけ合いはやめろよ。このままじゃ他にも被害が出る」

 理斗の強い口調に、先に手を下ろしたのは遠伊だった。
 それを見て、逸平ものろのろと手を下ろす。
 途端に周囲の炎も消えた。
 部屋の中だけが黒くところどころ焦げている。
 二人が臨戦態勢を解いたことに、理斗はこっそり安堵の息を吐いた。
 親子でこんな物騒な対峙なんて断固反対だ。
 それもお互い大切に思っているのならなおさら。

「喧嘩の原因は俺だろ。だったら二人とも俺にぶつけろよ」
「そんなことは無理だ」

 遠伊がキッパリと言い切る。
 逸平も呆れたような雰囲気で瞳を眇めた。

「そんなことをすれば人間など一瞬で死ぬ」
「でも中途半端に遠伊のそばにいる俺も悪いのはわかってる」

 逸平をまっすぐ見据えて言い切ると、遠伊が足早に近づいて理斗の右手首を掴んだ。
 その手には力が入っていて、痛い。
 力の強さが執着の強さのようで嬉しかった。

「そんなことはない。人間があやかしに近くなれと言われてもとまどわないはずがない。理斗を見ていればわかる」

 ひたりと左手が頬に添えられた。
右手首を掴む力とは裏腹に、その手はガラス細工を触るように慎重だ。

「理斗がいれば、それだけでいい。たとえ霊力がなくても君がいい」

 遠伊を見上げれば、それははじめて見る泣きそうな顔だった。
 いつもあまり表情の変わらない男のそんな顔に、心臓が締め付けられるようだ。

「……ありがと」

 頬に添えられた手に自分の手を重ねると、あいかわらず少し低い体温が手の平に感じられた。

「……そんな顔をするのか」

 ぽつりと逸平の声が焼け焦げている部屋に落ちる。
 静かに逸平へと遠伊が顔を向けた。
 もういつもの乏しい表情に戻ってしまっているけれど、さきほどの泣きそうな顔はしっかり見たのだろう。

「妖力が強すぎるお前は暴走しないよう自分を律していたのに、そんな体たらくで」
「律してるって無理やり感情抑えてるってことじゃないか。そんなのしんどいだろ」

 やりたいことも言いたいこともずっと飲み込んできた理斗にはよくわかる。
 自分を出せないということは、がんじがらめに拘束されているようなものだ。
 疲弊して、心は死んでいく。
 そう口にすれば、遠伊はしんどくはないとフルフルと小さく首を振った。

「ただ君に会う前の自分は無味乾燥なものだった。君が変えてくれたんだ」
「そうなのか?」
「うん」

 頷いた遠伊の顔は、花が綻んだように綺麗だった。
 それに嬉しくなって、そっかと目をしならせる。
 その様子を見つめていた逸平が大きくため息を吐いた。
 二人がそちらに目を向けると、逸平が片手で顔を覆っている。
 出てきたのは絞り出すような声だった。

「力のないものを伴侶にすれば、何がお前を苦しめることになるかわからないんだぞ」

 逸平の言葉に、遠伊は理斗の手首と頬から手を離した。
 代わりに肩を抱き寄せられる。
 体が遠伊の体によりそった。

「心配しないでください。私は理斗がいる限り傷ついたりなんてしません」

 真っ直ぐで凛とした声だった。
 その声にうながされるように、逸平が手から顔を上げる。
 じっと探るように見つめられて、理斗はこくりと喉を鳴らしながらも目に力を込めて見つめ返した。
 しばらく視線をかわしていると、ふっと逸平の肩から力が抜けた。
 それだけで張りつめていた空気が緩まる。

「まったく……子離れの時期か」

 呟いた逸平の顔は、どこか寂しそうだった。

「理斗といったか」
「はい」
「たしかに人間には重い選択を迫っているだろう。私はもう何も言わない。好きな選択をしろ」

 静かに告げられた言葉に、理斗ははいと頭を静かに下げた。
 隣で遠伊の白銀の頭も深々と下げられる。

「人間のわりに度胸はあるようだ。花嫁として認めてやる、一応だ」

 最後まで素直じゃないけれど、それでも言ってくれた言葉が嬉しくて理斗はありがとうございますと微笑んだ。
 本宅を出て逸平が手配した車に乗り込み、二人は遠伊の邸宅へと向かっていた。
 座席の上にある手は緩くつながれたまま、理斗は落ち着かずに窓の外を意味もなく見ていた。

「あ、そういえば叔父さん達との契約って?」

 詳しく聞かなければと思っていたことを思い出し、遠伊へと顔を向ける。
 すると、バツが悪そうにわずかに視線を逸らされた。
 言いにくいことらしい。
 思わず半眼になってしまった。

「何したんだよ」
「……君に接触しないことと……戸籍を一族の信頼できる家の者に移した。あの一家はもう君とは何の関わりもない」
「え!いつのまに」

 戸籍を動かされているなんて初耳だ。
 そもそも黙ってできるものなのかと疑問が湧いたけれど、藪蛇になりそうなのでつつかないことにした。

「君が私の邸で暮らすようになってから」
「あ、だから遠伊の家で暮らすようになってから輝子が近づかなくなったんだ」

 おそらく圭介に撃退されたあとで叔父にでも言われたのだろう。
いきなり態度が様変わりしたから不思議だったのだ。

「君を殴っていた男よりは物分かりがよかったようだ」
「それは久奈さんも言ってた」
「あの女の話はしないで」

 むっと眉のあいだに皺が寄る。
 それに苦笑しつつ、あれだけ逃げたかった叔父一家からいつのまにか解放されていたなんて、変な気分だなと思う。

「じゃあ俺には新しい家族がいるわけ?」
「君には大事なご両親がいる。無理に家族と思わなくていい」

 遠伊の気遣いに理斗はくすぐったげに笑った。
 母のブローチを大事にしてくれたように、理斗の両親への気持ちを大事にしてくれるのは嬉しかった。

「紹介くらいはしてよ」
「わかった」
「それと、そういうことは昨日も言ったけどちゃんと教えて」

 これは譲れないと遠伊を真剣な眼差しで見つめれば、珍しく遠伊が眉を下げた。

「……君を無理やり縛りつける気がして」

 その主張に理斗はぽかんと口をあけて何度かまばたいた。
 そしてマジマジと遠伊の顔を眺める。

「あんたはじめて会ったとき、あれだけ強引だったくせに」
「あのときは必死だった」
「え! そうなの?」

 言いにくそうな遠伊に驚くと、小さく頷かれた。
 まったく予想していなかったので、驚きだ。
 かなりやりたい放題していた印象なのに。

「あんたって……まあいいや。今度からは俺に関することはちゃんと教えて、約束」
「わかった、約束する」
「うん」

 つながれている手をきゅっと握られたので、理斗も指先に力を込めて握りなおした。
 そのまま遠伊の邸宅に帰りつき、玄関に入ったところで理斗はつないでいた手を離した。

「理斗?」

 少し不満そうな顔をされるけれど、ずっと我慢していたことがあるのだ。

「とりあえず風呂に入ろう」
「風呂?」

 不思議そうな顔をされるけれど、実は久奈からの移り香らしい甘い匂いが遠伊からずっとしていて、それが気になっていたのだ。
 シャツのボタンは留めなおしているけれど、ネクタイはしていない。
 乱したのはおそらく久奈だ。
 そう考えると、腹の奥が気持ち悪く感じた。
 多分、これは嫉妬なのだろうと自覚はある。
 ただそれを素直には言いづらいけれど、いつまでもこの匂いを纏わせているのは嫌だった。

「……香水の匂いがするから」
「すぐ入る」

 遠伊の反応は素早いものだった。
 さっさと歩き出す遠伊のあとをついていき、なけなしの勇気を振り絞るようにシャツの袖口を小さく引っ張る。

「理斗?」
「髪、俺が洗ってもいい?」

 自分の手で痕跡を消したい。
 跡形もなく。
 理斗の言葉にぱちりとひとつまばたきをしたあとで、遠伊は理斗の手を外させた。
 その手の動きに駄目かなとしょんぼりする間もなく、手を取られて再び歩き出される。

「私の髪を洗ってほしい」
「うん」

 了承してくれたのが嬉しかった。
 脱衣所に行き、遠伊がさっさと服を脱ぎ捨てていくのを慌てて顔を逸らす。
 遠伊が浴室に入った後で、シャワーの音が聞こえてきた。
体を洗っているのだろう。
脱ぎ捨てたシャツやトラウザーズを拾ってとりあえず簡単に畳み、手や足の袖と裾を濡れないように折りたたんでいると、浴室から名前を呼ばれた。

「開けるよ」

 緊張しながらそっと浴室の扉を開けると、湯気が立ち込めているなか遠伊が体に水滴を滴らせて立っていた。
 体も白磁の肌をしているけれど、温まったせいかほんのりと赤味を帯びている。
 それが匂い立つような色香を漂わせていて、理斗は一気に緊張してしまった。

「す、座って」

 上ずってしまった声に、バレてませんようにと祈る。
 理斗に促されて椅子に座った遠伊の髪に、シャワーヘッドを取って湯でかける。
 シャンプーを手に取り髪を洗いだすと、遠伊の銀糸は思ったより柔らかく触り心地がよかった。
 思えば髪に触るのははじめてだ。
 少し楽しい気持ちにはなったけれど、落ち着かない。

(しまったなあ、目のやり場に困る)

 髪を洗いながらも理斗はなるべく遠伊の体を視界に入れないようにしていた。
 着やせするタイプだったのか、思いのほか胸の厚みがあり腹筋もしっかり割れている。
 けれど理斗を軽々抱きかかえるのだから、そうであってもおかしくはなかった。
 一応座った下半身にタオルを乗せて隠してくれてはいるけれど、頭を風呂で洗うなら全裸になるのだと服を脱ぎだしてから気づいたのだ。

「気持ちいい」

 吐息のように告げられて、思わず肩が跳ねた。
 幸い遠伊は気づかなかったようなので、これはもう手早く終わらせた方がいいと判断してシャンプーを流しコンディショナーを手に取る。
 そちらもさっさと髪に馴染ませて洗い流す。

「……ん」

 遠伊の口から漏れた声がいやに色気があって、理斗は思わずシャワーヘッドを取り落とした。

「ひえ、ごめん」
「いや、どうかした?」

 遠伊が振り返りながら前髪をかきあげる。
 普段見えていない額が露わになって、白皙の美貌が全面にさらされている。

「茹った?出た方がいい」
「う、うん」

 言葉に甘えようと慌ててシャワーヘッドを手に取ったところで、視線を落としたことで目をそらしていた遠伊の裸を思い切り見てしまい、理斗は動揺して再びシャワーヘッドを取り落とした。

「わぶ!」

 思い切りシャワー口が理斗の方に向いてしまい、顔といわず胸といわずお湯が直撃した。
 慌てて遠伊がシャワーコックを捻ってお湯を止める。
 けれど着ていた淡い水色のシャツも髪も濡れてべったりと張り付いてしまった。
 幸い被害は腰から上だった。

「大丈夫?」
「うん、ごめん」

 失敗したとへらりと笑うと、遠伊が視線をさまよわせた。
 その目尻は赤い。

「遠伊のが茹ったんじゃないか?」

 頬にぺたりと触れると、遠伊がそっと目線を落とす。
 何故かこちらを見ようとしない。

「どうかしたか?」
「……服が、透けている」

 言われて見下ろせば、確かに淡い色のシャツだからか肌色がうっすら透けている。
 シャツも体に張りついて、形を主張していた。

「あの……」

 そんな態度をとられると、こちらも意識してしまう。
 理斗の頬が赤く染まった。

「君の体は何よりも綺麗で特別だから」

 ボンと頭が爆発したような感覚だった。
 なんてことを言うのだと動揺するけれど、遠伊はようやく理斗を見つめてかすかに首を傾げた。

「理斗、やはり茹ったのなら」
「ち、近づくな!」

 咄嗟に口から出た言葉に、立ち上がろうとしていた遠伊の動きが止まった。
 その表情が不満そうな色を浮かべる。

「何故?」
「だ、だって、裸だし」

 理斗の主張に、不思議そうに遠伊はぱちりと目を丸くした。

「それが?」
「なんか、色気が凄くて……恥ずかしい」

 思わず両手で顔を覆ってしまった。
 言葉は尻すぼみになったけれど、浴室は声が反響してしまうのでしっかり聞こえただろう。

「色気? 私の見た目は君を興奮させてる?」
「言い方!」

 あんまりな言葉に両手から顔を上げると、存外真剣な遠伊が立ち上がって顔を覗き込んできた。
 その際、下半身を隠すように載せられていたタオルがタイルに落ちて、下を向けなくなってしまう。

「どうなの?」
「……」
「教えて」

 じっと金目に覗き込まれる。

(うう、この目に弱い)

 出会った頃から弱いので、この先も勝てないのではないかと思う。
 観念した理斗は小さくこくりと頷いた。
 頷いた瞬間、遠伊の目が見張られたかと思うと両頬を手で挟まれて間髪入れず唇が重ねられた。
 驚いて口を開けると、待っていたと言わんばかりに舌が入り込んでくる。
 腔内を舐め回されて、ぴちゃりと水音が浴室に響くのが恥ずかしくて仕方がなかった。
 啄むキスを最後に唇が離れる。

「い、いきなり」
「嬉しい」
「何が?」
「ひとつでも君が私のことを好いてくれる部分があることが」

 その顔は本当に嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべている。
 満開の花のようだとキスでのぼせた頭で思う。
 けれど聞き捨てならない言葉に理斗は唇を尖らせた。

「そんなのいっぱいあるさ。俺は遠伊のこと、あんたが思ってる以上に好きな、んむ」

 最後まで言わせてもらえなかった。
 そっと指先で口を塞がれたのだ。
 不思議そうな顔をすると、指先が離れていった。

「それ以上はいけない」
「……何が」

 自分の告白をさえぎられてしまい、理斗はムスリと唇を尖らせた。
 恥ずかしさをこらえて口にしたというのに、と。

「そんな嬉しいことを言われたら、今すぐ君が欲しくなってしまう」
「欲しいって……? っあ!」

 遠伊の言葉に不思議そうにしたあとで、言葉の意味を咀嚼した理斗は一気に首まで赤くなった。
 浴室の熱気のせいだけでなく体が熱い。

「そ、そう、なのか」
「うん」

 素直に頷かれてしまい、理斗はぎこちなく視線をさまよわせる。
 それを安心させるように指の背で頬をひと撫ですると、遠伊は理斗の背を押して浴室の扉へと促した。

「先に出て、私もあとで行くから」

 促されたけれど、理斗は足を踏み出せなかった。
 遠伊がどれだけ自分のことを好いてくれているのかは、もうわかっている。
 そして、自分がどれだけ遠伊を好きなのかも自覚している。
 今離れるのは、嫌だなというのが理斗の素直な気持ちだった。
 大胆なことをしている自覚に震える手で、遠伊の空いている手を取った。
 掴んだ手から震えは伝わっているだろう。

「理斗、いけない。君に酷いことをしてしまう」
「我慢、させるのは嫌だ」
「理斗」

 名前を呼んだ声音はたしなめるものだった。

「私は君を大事にしたいし、尊重したい。私の欲で君を傷つけたくない」
「だって……離れたくない」

 零れた声はとても小さなものだったけれど、理斗は意を決して顔を上げた。
 目の前の男が酷く煽情的で目をそらしたくなったけれど、なんとか目を見つめ返す。

「傷ついたりしないよ。俺はあんたの花嫁なんだから」

 はっきりと言った言葉に、遠伊は目を大きく見開いた。
 そしてじわじわと嬉しそうに笑みが広がっていく。

「それに、あの、あんたが俺に興奮したように、その、俺だって……んっ」

 もじもじと落ち着かないながらも心境を赤裸々に口にしたのと、噛みつくようにキスをされたのは同時だった。

「んんっ」

 壁に押し付けられたかと思うと、なんの手加減もなく舌が無遠慮に蹂躙してくる。
くちゅりと舌と舌が絡まるたびに水音が響いて、理斗は恥ずかしさで耳が熱かった。

※次回エピソードはR-18シーンなので非公開となります。
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