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次の日が週末だったのは二人には幸いだった。
リーゼロッテはクレメンスが朝一で調達してきた子供用の服に着替えて、彼が部屋に運んできた食事を取った。
変わったところはないかと何度もクレメンスが体調チェックしてくるのが、正直鬱陶しかった。
「殿下がさっそく文献を図書室に運び込んでくれているそうだから、僕はそこに詰めるよ。リジーのことは親戚の子供を特例で預かることになったって寮母に言ってあるから、食事の時以外はなるべく部屋から出ないようにね」
言われてリーゼロッテはこくりと頷いた。
薄い水色のワンピースと編んだフィッシュボーンには若草色のリボン姿で、ぽややんとしてる王子だけど意外と行動は速いな、などと失礼なことが脳裏をかすめる。
「何かあったら手紙を飛ばして。誰が狙ってるかわからないからリジーだってバレないように、あと人が来ても扉を開かない」
「そんなに言わなくてもわかってるわよ」
「そう?ならいいけど。暇だからって寝てばかりじゃ駄目だよ、宿題をちゃんとやって」
「わかったわかった!」
わざわざリーゼロッテの部屋から持ってきた宿題を指差す口うるささに、声を上げて幼馴染のセリフを遮る。
そしてぐいぐいとクレメンスの体を押して、出ていくように促した。
「じゃあ本当に気を付けて、高い所の物には触らないようにね」
「子供じゃないんだからわかってるわよ。さっさと行く!」
いい加減にしろとばかりに駄目押しすれば、しぶしぶといった表情でようやくクレメンスは部屋を後にした。
「まったく口うるさいんだから」
ふんと仁王立ちで不満を言う。
けれど我知らずその口元には笑みが浮かんでいた。
「さて、どうしようかな」
ぐるりと部屋を見回しても部屋は整理整頓されていて、面白そうなものは何もない。
面白い本でもあるかと思って本棚に近づいたが。
「げ……小難しそうなのばっかり」
早々に断念した。
結局、昨夜遅かったのもありベッドに潜り込む。
そのままリーゼロッテは健やかに眠りについた。
そして涎の垂れる感触で目を覚ますと、午後一時を過ぎていた。
「おっと寝すぎた」
じゅるりと涎を拭いて起き上がり、空腹を覚えた。
クレメンスが帰ってきた気配はない。
昼寝に勤しんでいたのがバレたらうるさいだろうから、よかったと思う。
「何か食べに行くか」
少し寝乱れた髪をささっと直してスカートの皺を伸ばし、リーゼロッテは食堂へと向かった。
ほてほてと歩き食堂への道を曲がろうとしたところで。
「クレメンス様がね」
幼馴染の名前が聞こえてリーゼロッテは立ち止まった。
クレメンスの噂か何かだろうかと耳を傍立てると、きゃあきゃあと楽しそうな甲高い声が聞こえてきた。
「素敵よね、お顔も凄く綺麗で侯爵家の嫡男なんて、とても魅力的」
「王子付き魔法使いも約束されてるし、将来も安泰よね」
驚いたことにクレメンスへの賛美だった。
といっても家柄だとか将来だとか、上辺の魅力を聞いていると母親のような世話焼きな性格を教えてやりたいと思ってしまう。
一気に面倒くさいとなるはずだ。
(まあステータスを重視するのはわかるのよね)
自分もそうだしと思う。
けれどクレメンスのそんな話を聞いていると、なんだか面白くない。
(本性も知らないで)
教えてやろうかと一瞬思ったけれど、それも癪だとなんだか思いとどまった。
よくわからない気持ちだ。
そのまま素通りしようとしたら、でもと声が潜められた。
「あの方、表情が変わらないから怖いのよね」
「魔法の威力もちゃんと制御できているのかしら?以前お茶会で炎の魔法を暴走させたって聞いたわよ」
「やっぱり遠くから見る観賞用かしらね」
散々な言い分に、何だか腹の奥がフツフツと熱くなる。
一体誰がそんな話をしているのだろうとそっと曲がり角から身を乗り出すと、そこには上級生らしき少女が三人くすくすと笑いながら話していた。
ローブを着ていないので普通科の生徒だろう。
「あら?」
みんな綺麗に手入れされた髪と肌にもやりとしていると、一人の少女がリーゼロッテに気が付いた。
それに反応して残りの二人もこちらを見やり目を丸くする。
見つかったことにどうしたものかと、へらりと愛想笑いをとりあえず浮かべてみせた。
「こんなところに、どうして子供が?」
一人が腰をかがめて問いかけてきたので、リーゼロッテはしどろもどろに。
「クレメンスお兄ちゃんの親戚で……」
とりあえず無難に答えておいた。
「まあ!」
「クレメンス様の」
途端に三人は色めき立った。
先ほどの会話は聞かれていないと思っているらしい。
「いらっしゃい、お菓子をあげるわ」
手招く少女に内心いらないんだけどと思いながらも、猫を被ってリーゼロッテは三人の輪に加わった。
私は何々の子爵家よ、だとか伯爵家の次女よなどとお菓子を渡しながらも自分をアピールしてくる少女たちに、リーゼロッテは鼻白む。
(なんか肉食系って感じ)
そしてハッと気づく。
もしや押せ押せのアピールをする自分は、ティモシーからこう見えているのではないかと。
(うーわー)
なかなかにショックな事実だ。
少女たちの自分アピールを右から左に流しながら、自己反省をしていると。
「クレメンス様と結婚できたらいいわよねえ」
思わぬ言葉にリーゼロッテの意識は引き戻された。
残りの二人もまだチャンスはあるんじゃない、だとか口にしている。
さっきまで観賞用だとか怖いとか言っていなかったか。
ツッコミたくて仕方がない。
「えっと……クレメンスお兄ちゃんには婚約者候補がいるけど……」
おずおずと口にしたけれど、少女たちは顔を見合わせたあとにくすくすと笑いだした。
その顔はどこか小馬鹿にしたような表情で、なんだか癇にさわる。
「ミンヘルト家の方でしょ」
「ジュリアさん」
「あの方は、ねえ?」
何なんだろうと思っていると。
「あの方、自分で婚約者候補だとか筆頭だとか言ってるけれど、釣り書きを何度送っても断られてるのよ。諦め悪いわよね」
「クレメンス様はいつも下級生と一緒にいるのよね、なんていったかしら。幼馴染だっていう」
幼馴染という単語に、ドキリとする。
それはまさかというか、多分リーゼロッテの事だろう。
「名前は何だったかしら、パッとしない感じの子で」
「そうそう、そばかすがみっともない子」
大きなお世話だとイラッとする。
確かにそばかすがある中の下のパッとしない顔だけれど、こんな奴らに馬鹿にされるいわれは無い。
「そういえばジュリアさんて髪の毛がとても自慢なのよね」
「確かに美しいものね」
「お手入れ方法を教えてもらいたいわ」
話題がズレてしまったのでリーゼロッテは、ここにはもう用はないなと結論づけた。
「私もう行くね」
ふいと顔をそらすと。
「クレメンス様に私のこと伝えてね」
「お菓子をいつでもあげるわ」
「私のこともよ」
口々に勝手な事を言う少女たちに背を向けると、リーゼロッテはお菓子をポケットに無造作にねじ込んだスカートを翻して、大股で食堂へと歩き出した。
機嫌はハッキリいって急降下中だ。
「誰が伝えるもんですか、性格ブス!」
プリプリと肩を怒らせていると。
「リジー」
名前を呼ばれて顔を上げると、食事を乗せたトレーを持ったクレメンスが前方から歩いてきた。
「ちょうどよかった、お昼を持ってきたんだ。食堂に行ったらまだ来てないって言うから」
部屋に行こうと言われてリーゼロッテはじっとクレメンスの顔を見上げた。
「そうなのよね」
「何が?」
先ほどの少女たちの言葉を思い出す。
彼女たちの言う通り、クレメンスはとてもいい高物件の人物だ。
そんなことを考える前に友人として接してしまっていたから、あまり意識したことはないけれど。
「まあ私には関係ないけどね」
「リジーなんのこと?」
リーゼロッテの脳内会議についていけないクレメンスが困惑しているのをちらりと見て、先ほどの少女たちを思い出す。
三人が三人とも自信があり、肌も綺麗だった。
「そばかすなくなればいいのに……」
ポツリと呟くと、クレメンスがことりと首を傾げた。
「リジーはそばかす嫌なの?」
「当たり前じゃない、汚くてみっともない」
何を言わせるんだと当然のことを口にすると、クレメンスはとても無垢な表情でそうかなと口を開いた。
「星が散ってるみたいで素敵だと思うけどな」
「なっ」
何をいきなり言ってるんだこの男は。
ぱくぱくと口を開閉していると。
「僕は好きだよ」
照れくさそうにクレメンスが呟いた。
一気に顔が赤くなるのをリーゼロッテは止められなかった。
小さい頃からのコンプレックスであるそばかすをそんな風に言われるなんて、夢にも思っていなかった。
青天の霹靂だ。
「そ、そう」
なんとかそれだけしぼり出す。
バクバクと動く心臓に、恥ずかしい奴と内心憎まれ口を叩きながらも。
「ありがとう」
そっけなく礼を言っておく。
踊りだしそうなほど嬉しいなんて、クレメンスには気づかれたくなかった。
リーゼロッテはクレメンスが朝一で調達してきた子供用の服に着替えて、彼が部屋に運んできた食事を取った。
変わったところはないかと何度もクレメンスが体調チェックしてくるのが、正直鬱陶しかった。
「殿下がさっそく文献を図書室に運び込んでくれているそうだから、僕はそこに詰めるよ。リジーのことは親戚の子供を特例で預かることになったって寮母に言ってあるから、食事の時以外はなるべく部屋から出ないようにね」
言われてリーゼロッテはこくりと頷いた。
薄い水色のワンピースと編んだフィッシュボーンには若草色のリボン姿で、ぽややんとしてる王子だけど意外と行動は速いな、などと失礼なことが脳裏をかすめる。
「何かあったら手紙を飛ばして。誰が狙ってるかわからないからリジーだってバレないように、あと人が来ても扉を開かない」
「そんなに言わなくてもわかってるわよ」
「そう?ならいいけど。暇だからって寝てばかりじゃ駄目だよ、宿題をちゃんとやって」
「わかったわかった!」
わざわざリーゼロッテの部屋から持ってきた宿題を指差す口うるささに、声を上げて幼馴染のセリフを遮る。
そしてぐいぐいとクレメンスの体を押して、出ていくように促した。
「じゃあ本当に気を付けて、高い所の物には触らないようにね」
「子供じゃないんだからわかってるわよ。さっさと行く!」
いい加減にしろとばかりに駄目押しすれば、しぶしぶといった表情でようやくクレメンスは部屋を後にした。
「まったく口うるさいんだから」
ふんと仁王立ちで不満を言う。
けれど我知らずその口元には笑みが浮かんでいた。
「さて、どうしようかな」
ぐるりと部屋を見回しても部屋は整理整頓されていて、面白そうなものは何もない。
面白い本でもあるかと思って本棚に近づいたが。
「げ……小難しそうなのばっかり」
早々に断念した。
結局、昨夜遅かったのもありベッドに潜り込む。
そのままリーゼロッテは健やかに眠りについた。
そして涎の垂れる感触で目を覚ますと、午後一時を過ぎていた。
「おっと寝すぎた」
じゅるりと涎を拭いて起き上がり、空腹を覚えた。
クレメンスが帰ってきた気配はない。
昼寝に勤しんでいたのがバレたらうるさいだろうから、よかったと思う。
「何か食べに行くか」
少し寝乱れた髪をささっと直してスカートの皺を伸ばし、リーゼロッテは食堂へと向かった。
ほてほてと歩き食堂への道を曲がろうとしたところで。
「クレメンス様がね」
幼馴染の名前が聞こえてリーゼロッテは立ち止まった。
クレメンスの噂か何かだろうかと耳を傍立てると、きゃあきゃあと楽しそうな甲高い声が聞こえてきた。
「素敵よね、お顔も凄く綺麗で侯爵家の嫡男なんて、とても魅力的」
「王子付き魔法使いも約束されてるし、将来も安泰よね」
驚いたことにクレメンスへの賛美だった。
といっても家柄だとか将来だとか、上辺の魅力を聞いていると母親のような世話焼きな性格を教えてやりたいと思ってしまう。
一気に面倒くさいとなるはずだ。
(まあステータスを重視するのはわかるのよね)
自分もそうだしと思う。
けれどクレメンスのそんな話を聞いていると、なんだか面白くない。
(本性も知らないで)
教えてやろうかと一瞬思ったけれど、それも癪だとなんだか思いとどまった。
よくわからない気持ちだ。
そのまま素通りしようとしたら、でもと声が潜められた。
「あの方、表情が変わらないから怖いのよね」
「魔法の威力もちゃんと制御できているのかしら?以前お茶会で炎の魔法を暴走させたって聞いたわよ」
「やっぱり遠くから見る観賞用かしらね」
散々な言い分に、何だか腹の奥がフツフツと熱くなる。
一体誰がそんな話をしているのだろうとそっと曲がり角から身を乗り出すと、そこには上級生らしき少女が三人くすくすと笑いながら話していた。
ローブを着ていないので普通科の生徒だろう。
「あら?」
みんな綺麗に手入れされた髪と肌にもやりとしていると、一人の少女がリーゼロッテに気が付いた。
それに反応して残りの二人もこちらを見やり目を丸くする。
見つかったことにどうしたものかと、へらりと愛想笑いをとりあえず浮かべてみせた。
「こんなところに、どうして子供が?」
一人が腰をかがめて問いかけてきたので、リーゼロッテはしどろもどろに。
「クレメンスお兄ちゃんの親戚で……」
とりあえず無難に答えておいた。
「まあ!」
「クレメンス様の」
途端に三人は色めき立った。
先ほどの会話は聞かれていないと思っているらしい。
「いらっしゃい、お菓子をあげるわ」
手招く少女に内心いらないんだけどと思いながらも、猫を被ってリーゼロッテは三人の輪に加わった。
私は何々の子爵家よ、だとか伯爵家の次女よなどとお菓子を渡しながらも自分をアピールしてくる少女たちに、リーゼロッテは鼻白む。
(なんか肉食系って感じ)
そしてハッと気づく。
もしや押せ押せのアピールをする自分は、ティモシーからこう見えているのではないかと。
(うーわー)
なかなかにショックな事実だ。
少女たちの自分アピールを右から左に流しながら、自己反省をしていると。
「クレメンス様と結婚できたらいいわよねえ」
思わぬ言葉にリーゼロッテの意識は引き戻された。
残りの二人もまだチャンスはあるんじゃない、だとか口にしている。
さっきまで観賞用だとか怖いとか言っていなかったか。
ツッコミたくて仕方がない。
「えっと……クレメンスお兄ちゃんには婚約者候補がいるけど……」
おずおずと口にしたけれど、少女たちは顔を見合わせたあとにくすくすと笑いだした。
その顔はどこか小馬鹿にしたような表情で、なんだか癇にさわる。
「ミンヘルト家の方でしょ」
「ジュリアさん」
「あの方は、ねえ?」
何なんだろうと思っていると。
「あの方、自分で婚約者候補だとか筆頭だとか言ってるけれど、釣り書きを何度送っても断られてるのよ。諦め悪いわよね」
「クレメンス様はいつも下級生と一緒にいるのよね、なんていったかしら。幼馴染だっていう」
幼馴染という単語に、ドキリとする。
それはまさかというか、多分リーゼロッテの事だろう。
「名前は何だったかしら、パッとしない感じの子で」
「そうそう、そばかすがみっともない子」
大きなお世話だとイラッとする。
確かにそばかすがある中の下のパッとしない顔だけれど、こんな奴らに馬鹿にされるいわれは無い。
「そういえばジュリアさんて髪の毛がとても自慢なのよね」
「確かに美しいものね」
「お手入れ方法を教えてもらいたいわ」
話題がズレてしまったのでリーゼロッテは、ここにはもう用はないなと結論づけた。
「私もう行くね」
ふいと顔をそらすと。
「クレメンス様に私のこと伝えてね」
「お菓子をいつでもあげるわ」
「私のこともよ」
口々に勝手な事を言う少女たちに背を向けると、リーゼロッテはお菓子をポケットに無造作にねじ込んだスカートを翻して、大股で食堂へと歩き出した。
機嫌はハッキリいって急降下中だ。
「誰が伝えるもんですか、性格ブス!」
プリプリと肩を怒らせていると。
「リジー」
名前を呼ばれて顔を上げると、食事を乗せたトレーを持ったクレメンスが前方から歩いてきた。
「ちょうどよかった、お昼を持ってきたんだ。食堂に行ったらまだ来てないって言うから」
部屋に行こうと言われてリーゼロッテはじっとクレメンスの顔を見上げた。
「そうなのよね」
「何が?」
先ほどの少女たちの言葉を思い出す。
彼女たちの言う通り、クレメンスはとてもいい高物件の人物だ。
そんなことを考える前に友人として接してしまっていたから、あまり意識したことはないけれど。
「まあ私には関係ないけどね」
「リジーなんのこと?」
リーゼロッテの脳内会議についていけないクレメンスが困惑しているのをちらりと見て、先ほどの少女たちを思い出す。
三人が三人とも自信があり、肌も綺麗だった。
「そばかすなくなればいいのに……」
ポツリと呟くと、クレメンスがことりと首を傾げた。
「リジーはそばかす嫌なの?」
「当たり前じゃない、汚くてみっともない」
何を言わせるんだと当然のことを口にすると、クレメンスはとても無垢な表情でそうかなと口を開いた。
「星が散ってるみたいで素敵だと思うけどな」
「なっ」
何をいきなり言ってるんだこの男は。
ぱくぱくと口を開閉していると。
「僕は好きだよ」
照れくさそうにクレメンスが呟いた。
一気に顔が赤くなるのをリーゼロッテは止められなかった。
小さい頃からのコンプレックスであるそばかすをそんな風に言われるなんて、夢にも思っていなかった。
青天の霹靂だ。
「そ、そう」
なんとかそれだけしぼり出す。
バクバクと動く心臓に、恥ずかしい奴と内心憎まれ口を叩きながらも。
「ありがとう」
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