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次の日出かける時に見送りをしたら、三日ほど帰らないと言われた時は食事がよっぽど口に合わなかったのだろうかと思ったほどだ。
言われたとおり三日間、主不在の屋敷で過ごした。
そして四日目の夜、夕食も湯浴みも済ませてそろそろ寝ようかなと思っていた時に、ニーナからトゥーイが帰ってきたと知らされ、ぱたぱたと玄関ホールへと向かって思わず顔を顰めた。
「なんです、その顔は」
留衣の表情に、トゥーイが半眼になったがそれどころではない。
「顔色が悪すぎる!」
そう、トゥーイの顔色は最悪だった。
もともと白かった白皙の美貌はあからさまに疲労の色が見て取れ、青白い。
目の下にも隈があり、全体的によれよれだ。
「ちょっ!とりあえず横になった方がいいよ」
ぐいと思わずトゥーイの部屋へ引っ張って行こうとして右手を掴むと、バシリと手を叩き落とされた。
「触るなと言いましたよね。それに、まだ仕事が残っていますので」
ぽかんと目を丸くした留衣だが、手を叩き落とされたことはあまり気にせず。
「だったらせめて長椅子で横になって休んだ方がいい。そんなぼろぼろじゃ仕事するにしたって非効率だと思う」
腰に手をあてキッパリと言えば、迷惑そうに舌打ちされた。
「ベッドに入るまで近くで監視してもいいんだけど」
一歩前に出て断言すれば、口を引き結んでぷいと応接間の方へと歩き出したので、その背中を追いかけた。
「横になっててね」
言うだけ言って、留衣は台所へ行き温かいお湯を洗面ボウルに入れてタオルを浸した。
それを固く絞って応接間へ行くと、トゥーイがブーツを履いたまま長椅子に仰向けに横になっている。
まるでふてくされた子供のようだ。
長椅子に近づき、その横に腰を下ろして洗面ボウルを床に置くと。
「タオル乗せるよ」
温めたタオルを折りたたんで、トゥーイの目元に乗せた。
ひくんと一瞬、顎が動いたが抵抗しなかったのでよしよしと思う。
「ちゃんと起こすから寝ちゃっていいよ」
「人の気配のあるところでは眠れません」
難儀な。
頑なな性格だなあと思いながら。
「子守唄でも歌おうか?なーんて」
「じゃあ歌ってください」
冗談を口にしたら、反撃のように促された。
それにまあいいかと思い、有名な子守り歌を小さく歌い出す。
それを聞いているのかいないのか。
じっと見ていたら休みにくいだろうと目を伏せたとき。
「……なつかしい」
小さく小さく口の中でトゥーイが呟いたのに、留衣は祖母に聞いたのだろうかと思いながらタオルがぬるくなるまでのあいだ口ずさんだ。
結局そのあとトゥーイは眠ることなく書斎に行き、仕事をしたらしい。
ニーナが明け方まで起きていたことを教えてくれた。
朝になっても起きてこないトゥーイに、起こすべき迷っているうちに正午になった。
食堂で昼食を食べていると、トゥーイが髪をほどいた白いシャツというラフな格好で姿を現した。
午前中ずっと寝ていたからか、顔色も戻っている。
「おはよう」
「おはようございます。今日は出かけるので準備してください」
「準備って私も?仕事は?」
ごくんと食後のお茶を一口飲んで尋ねると、ええと返事が返ってくる。
「休みをとりました。あなたの日用品を買うのと、野暮用です」
「わかった。あ、食事の準備するね」
立ち上がると、トゥーイが断るように口を開くよりも早く留衣は台所へと引っ込んだ。
美味くないと顔に張り付けているのに残さず食べてくれるから、優しいし律儀だよなと思いながら食事の準備をした。
すると食べているあいだに準備をするよう言われニーナと部屋に向かった。
もしかして休みを取るために仕事が詰まっていたのだろうかと一瞬思ったが、まさかねと思う。
「出かけるってどこに行くんだろ。買い物って言ってたから町だよね」
「はい、シンプルな服でいいと思います」
ニーナの言葉に頷いて若草色に小さくフリルがついたドレスを手に取って、着替える。
そして靴を差し出されて、はたと止まる。
今留衣が履いているのはヒールがほんの少ししかない歩きやすい靴だが、差し出されたのはヒールの高い華奢な靴だった。
ヒールあんまり得意じゃないんだよなと思いながらも、それに足を入れて準備万端だ。
玄関ホールへ向かうと、トゥーイがすでに待っていた。
「おまたせ」
彼は髪をいつものように結って、白いシャツの上に砂色の上着と黒いトラウザーズという姿だった。
手には相変わらず魔道具の黒い手袋を嵌めている。
彫刻のような美貌によく似合っているなあと思いつつ、隣を歩きにくいなと独り言ちる留衣だった。
「では行きますよ」
促され玄関を出る。
この世界に来て、初めて外へ出るので留衣は内心わくわくしていた。
敷地内を出ると、石畳になりそこを二人で人通りの多い大通りへと向かった。
「ひゃー、街並みがファンタジーだ」
思わずぽかんと口を開ける。
建物はすべて中世ヨーロッパを連想させる作りだった。
路上にはそこここに露店が並び、活気に溢れている。
行きかう人の服装もやはり見た事のない雰囲気で、あらためてここが異世界なのだと留衣に実感させた。
「迷子にならないでくださいね」
きょろきょろと視線を動かしていると、声をかけられて慌てて彼の後を歩いていく。
「そういえば野暮用って?」
「その前に行く所があります」
日用品を先に買うのだろうか。
トゥーイが向かった先はガラスのショーウィンドウにドレスが並んでいる店だった。
赤い上品な店構えに、絶対ここ高級店だと恐れおののく。
しかしトゥーイがさっさと店に入ってしまったので、留衣は内心ひええと思いながら店の扉をくぐった。
「いらっしゃいま……ひぃっ」
店に入ると頭の薄い小太りの店主だろう男が、挨拶の途中で顔をひきつらせた。
その顔色はどんどん青くなっていく。
「彼女のものを全身見繕ってください」
「は、はい」
店主の反応など気にせず淡々と注文をするトゥーイに、男の顔がさらに引きつった。
なんだと思っていると、店の中から怖々と若い店員らしき女性がこちらへと留衣を隣の部屋へと促す。
「あの、私のって」
「このあと行く場所があるので、それに合わせた服装をしてもらうだけです」
「はあ」
困惑気味にトゥーイを見上げるとそんなことを言われてしまい、促されるまま隣の部屋へと向かった。
パタンと扉が閉められると、女性は軽く息をついて留衣を見やった。
その様子は何だか安堵しているようだ。
「では、好きなお色などありますでしょうか?」
「えっと、黄色とか薄い色が好きです」
「承知しました」
女性がペールイエローの淡い色のドレスを三着ほど持ってきて、その中から袖口の広がっている女性らしいドレスを一着選んだ。
「髪型も少しいじらせていただきますね」
ドレスを着つけられ、あれよあれよと言う間に髪をシニヨンに結い上げられる。
そこにピンクの小花の髪飾りをあしらわれた。
「お化粧をするので目を閉じてくださいね」
お化粧までかと驚いていると、あっという間にピンクの口紅まで引かれ。
「出来ましたよ」
言われて目を開く。
目の前の鏡には化粧っ気のなかった小娘ではなく、少し大人びた雰囲気の自分が映っていて留衣は驚いた。
「女は化粧で化けるっていうもんなあ」
生まれて初めての化粧での変わりように、思わず関心してしまった。
「お待たせ」
「できました、か……」
女性が開けてくれた扉から店の方へ行くと、トゥーイが途中で声を途絶えさせた。
なんだろうと思いつつ目の前まで行くと、トゥーイがじっと留衣を見てくる。
「変?似合ってないかな」
自分のドレスを見下ろしてからトゥーイの顔を見上げると。
「馬子にも衣装ですね」
言って、ぷいと顔をそむけてしまった。
褒められている気がしない。
「代金を」
「え!もしかして全部買うの?」
驚いて目を見開くと、何を当たり前のことをという目で見返された。
「言ったでしょう。野暮用に必要なんです」
どんな野暮用だ。
「あ、あの、こちらに」
店主がぶるぶると震えながら革製のトレーを台の上に置いて示した。
何故震えているのだろうと思っているあいだに。
「行きますよ」
代金を置いたトゥーイが店を出ていく。
それに慌ててついて行きながらチラリと後ろを振り返ると、店主と女性はあからさまにほっとした表情を浮かべていた。
「なんか変な反応」
「私を怖がっているだけですよ」
ぽつりと漏らすと、トゥーイが淡々と答えた。
「怖いって」
「言ったでしょう、魔力を奪ってしまうと。奪われたら命にかかわりますからね」
「でも手袋とペンダントがあれば大丈夫なんでしょ?」
横を歩きながらトゥーイの手袋に包まれた手を見下ろす。
「万能ではありませんし、いちいちそんな説明しませんよ」
カツカツと石畳を歩く音が足元から上がるのを聞きながら、留衣は面倒くさがりだねと零した。
「それよりこの後ですが、王城へ向かいます」
「お城?」
「はい。王太子殿下に謁見です」
言われて留衣は思わず足を止めた。
それに気づいて、トゥーイも不思議そうに歩くのを止める。
「あの……王太子ってようは王子様だよね?なんで私とわざわざ会うの」
「あなたのことを報告したら、ぜひ会いたいと言われましてね。非公式で執務室での顔合わせなので緊張する必要はありません」
「いや緊張するでしょ」
えぇー、と困惑した声を上げても、会うことはもう決定していることなのでと言って、トゥーイは行きますよとさっさと歩き出す。
留衣はそれをヒールを鳴らして追いかけた。
王城は、真っ白い建物だった。
そこかしこに緻密な彫刻がしてあり、花が飾られていて床もピカピカに輝いている。
そんな場所を歩くなんて緊張以外のなにものでもなかった。
しばらくトゥーイについて歩いていると、騎士らしき男が立っている扉にたどり着いた。
トゥーイはその騎士を気にすることなく扉を叩く。
「トゥーイ・フェスペルテ参りました」
そんな本名だったんだ。
舌噛みそうなんて考えていると、入れと内側から声が響いた。
王子様とご対面だ。
そんな偉い人なんてあちらの世界でもあったことがないので、緊張できゅっと手を握る。
扉を開けて中に入ると、そこには大きな窓を背に広い執務机へ座っている男が親しみやすい笑みを浮かべていた。
トゥーイが一礼するのに慌てて留衣も頭を下げて執務室へと入った。
「よく来たなトゥーイ。彼女が異世界から来た人間か」
「はい。ルイという名前です」
「よろしくお願いします」
もう一度頭を下げると、堅苦しい挨拶はいいと返された。
顔を上げると、そこにいたのは短い茶色の髪に緑の目をした三十手前ほどの、なかなかにガッシリした体つきの男だった。
およそ王子様という単語とは真逆だ。
むしろトゥーイと同じ騎士だと言われた方が納得がいった。
まあトゥーイは騎士には見えないが。
「この国の王太子のニッポリア・トリアストだ。トゥーイが家に置いているというから興味が沸いてな」
つまり好奇心かと思う。
「以前現れた人間はルイの祖母だったらしいな」
「はい、三歳まで一緒にいました」
「そうか。慣れないことで大変だろうが、俺もフミのことは知らないわけじゃない。なにかあれば頼ってくれ」
こくりと頷いて、留衣は緊張気味にあの、と口を開いた。
「トゥーイさんに戻る方法がわからないと言われたんですけれど」
「ああ、そもそもどうして違う世界の人間が現れたのかもわかっていないからな。フミが現れたのも十年以上前で、それ以前にそんな人間が現れたとは聞いていない」
「そうですか……」
しょぼんと肩を落とすと、悪いなと謝られてしまった。
「いえ、ありがとうございます」
「トゥーイは俺の腹心でな。難しい性格の奴だから、大変だろう」
「いえ、よくしてもらってます」
ぷるぷると首を振ると、ニッポリアはそうかと嬉しそうに笑った。
「殿下、お話は以上ですか?」
「ああ。っとそうだ、古い魔道具を見つけた。研究資料にいるか?」
ふいに言ったニッポリアの言葉に、一瞬でトゥーイの目が無表情のなか輝いたのがわかった。
「はい、ありがとうございます」
どことなく嬉しそうな雰囲気だ。
(魔道具って例の便利道具だよね。研究してるって言ってたっけ)
ニーナの言葉を思い出し、しかしこんなあからさまに反応するなんてと驚いていると。
ニッポリアが楽しそうに笑った。
「トゥーイは魔道具大好きな魔道具馬鹿だからな」
「……否定はしません」
じっとトゥーイを見上げると、何ですとじろりと見下ろされた。
(料理のときといい、結構わかりやすいよね)
なんでもないと小さく呟いて、ニッポリアに見送られ二人は執務室を後にした。
「あとはあなたの日用品を買って帰りましょう」
「うん」
言われたとおり三日間、主不在の屋敷で過ごした。
そして四日目の夜、夕食も湯浴みも済ませてそろそろ寝ようかなと思っていた時に、ニーナからトゥーイが帰ってきたと知らされ、ぱたぱたと玄関ホールへと向かって思わず顔を顰めた。
「なんです、その顔は」
留衣の表情に、トゥーイが半眼になったがそれどころではない。
「顔色が悪すぎる!」
そう、トゥーイの顔色は最悪だった。
もともと白かった白皙の美貌はあからさまに疲労の色が見て取れ、青白い。
目の下にも隈があり、全体的によれよれだ。
「ちょっ!とりあえず横になった方がいいよ」
ぐいと思わずトゥーイの部屋へ引っ張って行こうとして右手を掴むと、バシリと手を叩き落とされた。
「触るなと言いましたよね。それに、まだ仕事が残っていますので」
ぽかんと目を丸くした留衣だが、手を叩き落とされたことはあまり気にせず。
「だったらせめて長椅子で横になって休んだ方がいい。そんなぼろぼろじゃ仕事するにしたって非効率だと思う」
腰に手をあてキッパリと言えば、迷惑そうに舌打ちされた。
「ベッドに入るまで近くで監視してもいいんだけど」
一歩前に出て断言すれば、口を引き結んでぷいと応接間の方へと歩き出したので、その背中を追いかけた。
「横になっててね」
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それを固く絞って応接間へ行くと、トゥーイがブーツを履いたまま長椅子に仰向けに横になっている。
まるでふてくされた子供のようだ。
長椅子に近づき、その横に腰を下ろして洗面ボウルを床に置くと。
「タオル乗せるよ」
温めたタオルを折りたたんで、トゥーイの目元に乗せた。
ひくんと一瞬、顎が動いたが抵抗しなかったのでよしよしと思う。
「ちゃんと起こすから寝ちゃっていいよ」
「人の気配のあるところでは眠れません」
難儀な。
頑なな性格だなあと思いながら。
「子守唄でも歌おうか?なーんて」
「じゃあ歌ってください」
冗談を口にしたら、反撃のように促された。
それにまあいいかと思い、有名な子守り歌を小さく歌い出す。
それを聞いているのかいないのか。
じっと見ていたら休みにくいだろうと目を伏せたとき。
「……なつかしい」
小さく小さく口の中でトゥーイが呟いたのに、留衣は祖母に聞いたのだろうかと思いながらタオルがぬるくなるまでのあいだ口ずさんだ。
結局そのあとトゥーイは眠ることなく書斎に行き、仕事をしたらしい。
ニーナが明け方まで起きていたことを教えてくれた。
朝になっても起きてこないトゥーイに、起こすべき迷っているうちに正午になった。
食堂で昼食を食べていると、トゥーイが髪をほどいた白いシャツというラフな格好で姿を現した。
午前中ずっと寝ていたからか、顔色も戻っている。
「おはよう」
「おはようございます。今日は出かけるので準備してください」
「準備って私も?仕事は?」
ごくんと食後のお茶を一口飲んで尋ねると、ええと返事が返ってくる。
「休みをとりました。あなたの日用品を買うのと、野暮用です」
「わかった。あ、食事の準備するね」
立ち上がると、トゥーイが断るように口を開くよりも早く留衣は台所へと引っ込んだ。
美味くないと顔に張り付けているのに残さず食べてくれるから、優しいし律儀だよなと思いながら食事の準備をした。
すると食べているあいだに準備をするよう言われニーナと部屋に向かった。
もしかして休みを取るために仕事が詰まっていたのだろうかと一瞬思ったが、まさかねと思う。
「出かけるってどこに行くんだろ。買い物って言ってたから町だよね」
「はい、シンプルな服でいいと思います」
ニーナの言葉に頷いて若草色に小さくフリルがついたドレスを手に取って、着替える。
そして靴を差し出されて、はたと止まる。
今留衣が履いているのはヒールがほんの少ししかない歩きやすい靴だが、差し出されたのはヒールの高い華奢な靴だった。
ヒールあんまり得意じゃないんだよなと思いながらも、それに足を入れて準備万端だ。
玄関ホールへ向かうと、トゥーイがすでに待っていた。
「おまたせ」
彼は髪をいつものように結って、白いシャツの上に砂色の上着と黒いトラウザーズという姿だった。
手には相変わらず魔道具の黒い手袋を嵌めている。
彫刻のような美貌によく似合っているなあと思いつつ、隣を歩きにくいなと独り言ちる留衣だった。
「では行きますよ」
促され玄関を出る。
この世界に来て、初めて外へ出るので留衣は内心わくわくしていた。
敷地内を出ると、石畳になりそこを二人で人通りの多い大通りへと向かった。
「ひゃー、街並みがファンタジーだ」
思わずぽかんと口を開ける。
建物はすべて中世ヨーロッパを連想させる作りだった。
路上にはそこここに露店が並び、活気に溢れている。
行きかう人の服装もやはり見た事のない雰囲気で、あらためてここが異世界なのだと留衣に実感させた。
「迷子にならないでくださいね」
きょろきょろと視線を動かしていると、声をかけられて慌てて彼の後を歩いていく。
「そういえば野暮用って?」
「その前に行く所があります」
日用品を先に買うのだろうか。
トゥーイが向かった先はガラスのショーウィンドウにドレスが並んでいる店だった。
赤い上品な店構えに、絶対ここ高級店だと恐れおののく。
しかしトゥーイがさっさと店に入ってしまったので、留衣は内心ひええと思いながら店の扉をくぐった。
「いらっしゃいま……ひぃっ」
店に入ると頭の薄い小太りの店主だろう男が、挨拶の途中で顔をひきつらせた。
その顔色はどんどん青くなっていく。
「彼女のものを全身見繕ってください」
「は、はい」
店主の反応など気にせず淡々と注文をするトゥーイに、男の顔がさらに引きつった。
なんだと思っていると、店の中から怖々と若い店員らしき女性がこちらへと留衣を隣の部屋へと促す。
「あの、私のって」
「このあと行く場所があるので、それに合わせた服装をしてもらうだけです」
「はあ」
困惑気味にトゥーイを見上げるとそんなことを言われてしまい、促されるまま隣の部屋へと向かった。
パタンと扉が閉められると、女性は軽く息をついて留衣を見やった。
その様子は何だか安堵しているようだ。
「では、好きなお色などありますでしょうか?」
「えっと、黄色とか薄い色が好きです」
「承知しました」
女性がペールイエローの淡い色のドレスを三着ほど持ってきて、その中から袖口の広がっている女性らしいドレスを一着選んだ。
「髪型も少しいじらせていただきますね」
ドレスを着つけられ、あれよあれよと言う間に髪をシニヨンに結い上げられる。
そこにピンクの小花の髪飾りをあしらわれた。
「お化粧をするので目を閉じてくださいね」
お化粧までかと驚いていると、あっという間にピンクの口紅まで引かれ。
「出来ましたよ」
言われて目を開く。
目の前の鏡には化粧っ気のなかった小娘ではなく、少し大人びた雰囲気の自分が映っていて留衣は驚いた。
「女は化粧で化けるっていうもんなあ」
生まれて初めての化粧での変わりように、思わず関心してしまった。
「お待たせ」
「できました、か……」
女性が開けてくれた扉から店の方へ行くと、トゥーイが途中で声を途絶えさせた。
なんだろうと思いつつ目の前まで行くと、トゥーイがじっと留衣を見てくる。
「変?似合ってないかな」
自分のドレスを見下ろしてからトゥーイの顔を見上げると。
「馬子にも衣装ですね」
言って、ぷいと顔をそむけてしまった。
褒められている気がしない。
「代金を」
「え!もしかして全部買うの?」
驚いて目を見開くと、何を当たり前のことをという目で見返された。
「言ったでしょう。野暮用に必要なんです」
どんな野暮用だ。
「あ、あの、こちらに」
店主がぶるぶると震えながら革製のトレーを台の上に置いて示した。
何故震えているのだろうと思っているあいだに。
「行きますよ」
代金を置いたトゥーイが店を出ていく。
それに慌ててついて行きながらチラリと後ろを振り返ると、店主と女性はあからさまにほっとした表情を浮かべていた。
「なんか変な反応」
「私を怖がっているだけですよ」
ぽつりと漏らすと、トゥーイが淡々と答えた。
「怖いって」
「言ったでしょう、魔力を奪ってしまうと。奪われたら命にかかわりますからね」
「でも手袋とペンダントがあれば大丈夫なんでしょ?」
横を歩きながらトゥーイの手袋に包まれた手を見下ろす。
「万能ではありませんし、いちいちそんな説明しませんよ」
カツカツと石畳を歩く音が足元から上がるのを聞きながら、留衣は面倒くさがりだねと零した。
「それよりこの後ですが、王城へ向かいます」
「お城?」
「はい。王太子殿下に謁見です」
言われて留衣は思わず足を止めた。
それに気づいて、トゥーイも不思議そうに歩くのを止める。
「あの……王太子ってようは王子様だよね?なんで私とわざわざ会うの」
「あなたのことを報告したら、ぜひ会いたいと言われましてね。非公式で執務室での顔合わせなので緊張する必要はありません」
「いや緊張するでしょ」
えぇー、と困惑した声を上げても、会うことはもう決定していることなのでと言って、トゥーイは行きますよとさっさと歩き出す。
留衣はそれをヒールを鳴らして追いかけた。
王城は、真っ白い建物だった。
そこかしこに緻密な彫刻がしてあり、花が飾られていて床もピカピカに輝いている。
そんな場所を歩くなんて緊張以外のなにものでもなかった。
しばらくトゥーイについて歩いていると、騎士らしき男が立っている扉にたどり着いた。
トゥーイはその騎士を気にすることなく扉を叩く。
「トゥーイ・フェスペルテ参りました」
そんな本名だったんだ。
舌噛みそうなんて考えていると、入れと内側から声が響いた。
王子様とご対面だ。
そんな偉い人なんてあちらの世界でもあったことがないので、緊張できゅっと手を握る。
扉を開けて中に入ると、そこには大きな窓を背に広い執務机へ座っている男が親しみやすい笑みを浮かべていた。
トゥーイが一礼するのに慌てて留衣も頭を下げて執務室へと入った。
「よく来たなトゥーイ。彼女が異世界から来た人間か」
「はい。ルイという名前です」
「よろしくお願いします」
もう一度頭を下げると、堅苦しい挨拶はいいと返された。
顔を上げると、そこにいたのは短い茶色の髪に緑の目をした三十手前ほどの、なかなかにガッシリした体つきの男だった。
およそ王子様という単語とは真逆だ。
むしろトゥーイと同じ騎士だと言われた方が納得がいった。
まあトゥーイは騎士には見えないが。
「この国の王太子のニッポリア・トリアストだ。トゥーイが家に置いているというから興味が沸いてな」
つまり好奇心かと思う。
「以前現れた人間はルイの祖母だったらしいな」
「はい、三歳まで一緒にいました」
「そうか。慣れないことで大変だろうが、俺もフミのことは知らないわけじゃない。なにかあれば頼ってくれ」
こくりと頷いて、留衣は緊張気味にあの、と口を開いた。
「トゥーイさんに戻る方法がわからないと言われたんですけれど」
「ああ、そもそもどうして違う世界の人間が現れたのかもわかっていないからな。フミが現れたのも十年以上前で、それ以前にそんな人間が現れたとは聞いていない」
「そうですか……」
しょぼんと肩を落とすと、悪いなと謝られてしまった。
「いえ、ありがとうございます」
「トゥーイは俺の腹心でな。難しい性格の奴だから、大変だろう」
「いえ、よくしてもらってます」
ぷるぷると首を振ると、ニッポリアはそうかと嬉しそうに笑った。
「殿下、お話は以上ですか?」
「ああ。っとそうだ、古い魔道具を見つけた。研究資料にいるか?」
ふいに言ったニッポリアの言葉に、一瞬でトゥーイの目が無表情のなか輝いたのがわかった。
「はい、ありがとうございます」
どことなく嬉しそうな雰囲気だ。
(魔道具って例の便利道具だよね。研究してるって言ってたっけ)
ニーナの言葉を思い出し、しかしこんなあからさまに反応するなんてと驚いていると。
ニッポリアが楽しそうに笑った。
「トゥーイは魔道具大好きな魔道具馬鹿だからな」
「……否定はしません」
じっとトゥーイを見上げると、何ですとじろりと見下ろされた。
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なんでもないと小さく呟いて、ニッポリアに見送られ二人は執務室を後にした。
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