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町に出てから、トゥーイが不在とはいえあまり帰りたくは無くてのろのろ歩く。
広場まで出ると、噴水のふちに力なく座った。
ぼんやりと膝に乗せた手を見つめていると。
「やあ、奇遇ですね」
朗らかに声をかけられて留衣は顔を上げた。
そこにいたのはリタリストで、留衣はすくっと立ち上がり歩き出す。
今は一人でいたいのだ。
けれどリタリストは無視をする留衣を気にした風もなく、後ろをついて歩きながら口を開いた。
「顔を見ないので心配していたんですよ。このあいだはせっかく来ていただいたのに、いつのまにか姿が消えてしまっていたので」
白々しい言葉に、留衣は足を止めなかった。
そもそも教会に呼び出されトゥーイが怪我を負わなければ、あんな顔をさせることはなかったのだ。
「フェスペルテ殿の屋敷に使いをやったのですが、あいにく追い返されてしまいましたしね」
ベロニカのことだろうかと思う。
(けど、あの人私を連れ戻しに来たっていうより、トゥーイさんに会いに来た感じだったけどな)
内心不思議に思ったが、たいしたことではないと気にしないことにした。
それにしても、いい加減鬱陶しく思い肩越しに半眼を向けると、ニィとリタリストは口を三日月にして微笑んだ。
その表情はいつかのベロニカと同じだ。
「ここに来た理由を知りたがっていましたね」
ピタリと足が止まった。
「けれど、それ以上に知りたくないですか?元の世界に帰る方法を」
留衣は弾かれたようにリタリストへと振り返った。
目を見開いて目の前の男を見ると、リタリストは悠然と笑みを浮かべている。
「……帰れるの?」
半信半疑でリタリストをねめつけると、彼はその態度に害した風もなくこくりとゆっくり頷いてみせた。
「帰れますよ、私の力でね」
「どうやって?」
「それは教会のトップシークレットなので、ここではお話出来ません」
「私に教会にいろって言ったのに、突然帰る方法を教えるなんて信じられない」
リタリストは留衣の言い分に鷹揚に頷いた。
「そうですな、でも考えてみてください。来ることを可能にしたならば、帰ることも可能だと。あなたに教会にいてほしいですが、やってほしいことはひとつだけです。それが済んだら帰しあげましょう」
「やってほしいこと?」
留衣は胡散臭そうに顎を引いた。
「それも、ここでは教えられません」
「信じられない」
「おや、そうですか。しかしこの世界はあなたには辛いのではないですか?泣いていたようですしね」
リタリストの揶揄を含んだ言い方に、留衣はバッと目元に手をやった。
熱を持っている瞼に、盛大に泣いたことが丸わかりなのだろう。
羞恥で頬が熱くなる。
「あなたには関係ないでしょ」
リタリストは肩をすくめてみせた。
「どんな理由で泣いたのかは詮索しませんが、この世界から助けられるのは私だけですよ。その気になれば、いつでも教会に来てください」
以前のように無理矢理に連れて行く様子はなく、それではとリタリストは背を向けて歩き出した。
その背中に。
「本当に、帰れるの?」
不安気に小さく問いかけると、リタリストは肩越しに振り返り。
「あなたが、望めばね」
笑って答えた。
リタリストの背中が見えなくなるまで、留衣はその場所から動けなかった。
その日、屋敷に帰ると、留衣はニーナに食事はいらないと言い自室に引きこもった。
ベッドに潜り込み、頭からシーツを被って考える。
「向こうの世界に帰る……か」
そうしたいと思っていたけれど、本当に帰れるのかは半信半疑だった。
でも、リタリストなら帰せると言った。
「嘘ついてるわけじゃなさそうだしな」
やってほしいことがあるということは、それが終わればお役御免ということだ。
それなら帰してくれるかもしれないと思う。
ただ。
「胡散臭い」
そう、ひたすら胡散臭いのだ。
無理矢理に教会に連れて行った前科があるので、あまり信用する気になれない。
「でも、帰れるなら帰らないと、トゥーイさんにいつまでも迷惑かけちゃ駄目だよね」
ころんと寝返りをして枕に頬を押し付ける。
長い髪がサラリとシーツを滑った。
「トゥーイさんに会えなくなる……」
そう考えると、酷く胸の奥が詰まった感覚になる。
素直じゃないけど優しいトゥーイの顔を思い浮かべて、思わずぽつりと呟いた。
「傍にいたいな」
言ってから、留衣は自分で動揺した。
思わず口を手で押さえる。
心臓の動きに押し出されるように零れた言葉に、自分が一番驚いた。
けれど、それが掛け値なしの自分の本心のようだ。
そして、ああそうかと気づく。
「トゥーイさんのこと、好きなんだ」
口にすればいやにしっくりと心に馴染んだ。
きらいだとあんなに口にしたのに。
ぎゅうと枕を腕に抱きしめて、ぐりぐりと額をこすりつける。
「馬鹿みたい、ただの義理で面倒みてくれてるだけなのに」
それに、これ以上ないくらい怒らせたばかりだ。
こんな気持ちを自覚してしまったら、ますますトゥーイに申し訳なく感じた。
結局その日はそのままベッドの中で丸くなり、眠れずに過ごした。
次の日も、食事を取る気になれなくてニーナに断り朝も昼も食事をしなかった。
夜になり、コンコンと扉をノックされたのでニーナだと思い、留衣はベッドで膝を抱えて座ったまま答えた。
「ごめんニーナさん、食事ならいらない」
断りを入れると、扉が無遠慮に開かれた。
慌ててそちらを見ると。
「トゥーイさん……」
不機嫌な顔をしたトゥーイがいた。
騎士団の制服を着ているので、帰ってきてからまっすぐ部屋まで来たらしい。
「昨日から食事も水も取っていないそうですね」
言われて留衣は顔をふいと背けた。
昨日帰ってから、部屋から一歩も出てないことをニーナに聞いたのだろう。
「当てつけかなにかのつもりですか」
言われて驚いた。
そんなふうに思わせたなんて、と首を振る。
「そんなんじゃない。ごめん、心配かけて」
「……心配したわけではありません。倒れられでもしたら面倒だと言っているのです」
面倒。
その言葉が胸に刺さる。
(やっぱり、傍にいたいなんて駄目だ)
自重気味に笑うと、トゥーイが訝し気な顔をした。
「あのさ、もう面倒かけないから」
「どういう意味です?」
留衣の言葉に、トゥーイの指がぴくりと微かに動いた。
それに気づかずに、トゥーイから視線を外し抱えた膝に落とす。
「教祖のリタリストさんが帰る方法がある、帰してくれるって」
「彼が何故そんなことを?」
「この世界に呼んだのあの人なんだって。来る方法がわかってるから、帰る方法もわかるって言われた」
そこまで言うと、トゥーイがベッド脇まで大股で歩いてきた。
「それを信じると?言ったでしょう彼らは権力に固執していると。慈善事業なんてやる連中じゃありません」
「でも、嘘言ってるように見えなかったし……」
やってほしいことがあると言われたことは黙っていることにした。
心配するかもしれないという淡い期待があったからだ。
自分の考えを浅ましいと感じながらも。
「私もいい加減帰りたいしさ。それにほら、義理で置いてもらっても息苦しいだけだからさ」
顔を見れなくてまくし立てた。
何も言わないトゥーイにおそるおそる瞳を向けると、なにかをこらえるように眉を歪めていた。
思わずその顔に手を伸ばしかけると。
「好きになさい」
くるりと踵を返してトゥーイは部屋を出ていってしまった。
バタンと扉を閉める音が無情に響く。
伸ばしかけていた手をぱたりとベッドに落として、留衣は下唇を噛んだ。
息苦しいなんて思ってない。
トゥーイといるのはずっと楽しかった、優しかった。
離れたくないと思うくらいに。
前衛的と言いながらも料理を完食する姿だとか、魔道具にキラキラと目を輝かせる子供みたいな眼差しだとか。
「なんだ、私トゥーイさんのことかなり好きなんじゃん」
脳裏によぎるその姿に涙が溢れてきて、留衣は嗚咽を殺してその晩泣いた。
教会に行って、トゥーイの前から姿を消そうと決意して。
翌日は晴天だった。
どんよりとした留衣の心とは正反対だ。
トゥーイは早朝に出て行ったらしく、腫れた目で見送りすることが憚られて部屋から出なかった。
階下に行くと、ニーナが留衣の顔を見て。
「濡れたタオルを用意いたします」
気を効かせてくれた。
応接間で瞼をタオルで冷やしながら、このあとのことを考える。
教会に行き、元の世界に帰らせてもらおうと。
結局最後に見たトゥーイの顔があんな表情になるのかと思うと、胸に重しが乗ったようだった。
これで永遠に別れるのなら、もっといつもの顔が見たかったと思う。
「お別れも言ってないや」
そう思うと、最後に一目会いたいと思った。
「お別れ言いに行くくらいなら、いいよね」
それで本当に最後にするから。
そう思って、留衣はタオルを手に取って長椅子から立ち上がった。
「ニーナさん今までありがとう、私トゥーイさんに会いに行ってから教会に行くよ」
「お供いたします」
「いいの?」
教会に行けばニーナと離れることになるので、それならば少しでも長くと思い了承した。
町まで出て騎士団の本部へと歩く。
「やっぱり迷惑かな」
近くまで来たところで、留衣はぽろりと零した。
好きにしろと言われたのに、のこのこ挨拶に行くなんてと思ったが、やはり最後なのだからと自分を納得させた。
歩いていると、ふいにニーナがくるりと後ろを振り返った。
何だろうと視線を追うと、そこにはベロニカがいた。
侍女を連れているところから、今日もトゥーイに会いにきたらしい。
こうやって頻繁に会っているのだろうかと思うと、ぐっと息が詰まった。
「トゥーイ様のところへ行くのかしら」
「はい、教会で私を帰してくれるって言うんで、お別れを言いに」
ぴくりとベロニカの片眉が動いた。
「あなた、自分が何をするかわかっているの?」
「なんのことですか?」
ベロニカの言葉に留衣が訝し気にすると。
「まあいいわ、トゥーイ様にはあたくしがついているし」
「あの?」
「すぐに教会に行きなさい」
居丈高にベロニカが言う。
「いや、だからトゥーイさんにお別れを」
「いいから早くなさい!」
ベロニカが留衣の手を掴もうとすると、二人のあいだにニーナが滑り込んだ。
「乱暴はなさいませんように」
「うるさいわね!」
立ち塞がったニーナの腕をベロニカが掴むと、バチンっと音がその場に響いた。
「ニーナさん!」
ニーナが砂のように崩れていき、そこに水色の蝶々がひらりと現れた。
その蝶々を、ベロニカが両手でくしゃりと握りつぶす。
慌ててベロニカの手を掴んで開かせると、蝶々の残骸がパラパラと地面に落ちて行った。
「ニーナさん……」
ニーナだったものが地面に崩れていくのを見て、留衣はキッとベロニカを睨みやった。
「なんてひどいことするの」
「ふん、たかが人形でしょう」
ベロニカが言い捨てると。
「あなたも気絶してしまいなさい」
ぐっと右腕を掴まれた。
ニーナの時と同じようにバチンッと音が響く。
掴まれた場所から電流のようなものが体を駆け巡り、留衣の意識は痺れて遠くなっていった。
広場まで出ると、噴水のふちに力なく座った。
ぼんやりと膝に乗せた手を見つめていると。
「やあ、奇遇ですね」
朗らかに声をかけられて留衣は顔を上げた。
そこにいたのはリタリストで、留衣はすくっと立ち上がり歩き出す。
今は一人でいたいのだ。
けれどリタリストは無視をする留衣を気にした風もなく、後ろをついて歩きながら口を開いた。
「顔を見ないので心配していたんですよ。このあいだはせっかく来ていただいたのに、いつのまにか姿が消えてしまっていたので」
白々しい言葉に、留衣は足を止めなかった。
そもそも教会に呼び出されトゥーイが怪我を負わなければ、あんな顔をさせることはなかったのだ。
「フェスペルテ殿の屋敷に使いをやったのですが、あいにく追い返されてしまいましたしね」
ベロニカのことだろうかと思う。
(けど、あの人私を連れ戻しに来たっていうより、トゥーイさんに会いに来た感じだったけどな)
内心不思議に思ったが、たいしたことではないと気にしないことにした。
それにしても、いい加減鬱陶しく思い肩越しに半眼を向けると、ニィとリタリストは口を三日月にして微笑んだ。
その表情はいつかのベロニカと同じだ。
「ここに来た理由を知りたがっていましたね」
ピタリと足が止まった。
「けれど、それ以上に知りたくないですか?元の世界に帰る方法を」
留衣は弾かれたようにリタリストへと振り返った。
目を見開いて目の前の男を見ると、リタリストは悠然と笑みを浮かべている。
「……帰れるの?」
半信半疑でリタリストをねめつけると、彼はその態度に害した風もなくこくりとゆっくり頷いてみせた。
「帰れますよ、私の力でね」
「どうやって?」
「それは教会のトップシークレットなので、ここではお話出来ません」
「私に教会にいろって言ったのに、突然帰る方法を教えるなんて信じられない」
リタリストは留衣の言い分に鷹揚に頷いた。
「そうですな、でも考えてみてください。来ることを可能にしたならば、帰ることも可能だと。あなたに教会にいてほしいですが、やってほしいことはひとつだけです。それが済んだら帰しあげましょう」
「やってほしいこと?」
留衣は胡散臭そうに顎を引いた。
「それも、ここでは教えられません」
「信じられない」
「おや、そうですか。しかしこの世界はあなたには辛いのではないですか?泣いていたようですしね」
リタリストの揶揄を含んだ言い方に、留衣はバッと目元に手をやった。
熱を持っている瞼に、盛大に泣いたことが丸わかりなのだろう。
羞恥で頬が熱くなる。
「あなたには関係ないでしょ」
リタリストは肩をすくめてみせた。
「どんな理由で泣いたのかは詮索しませんが、この世界から助けられるのは私だけですよ。その気になれば、いつでも教会に来てください」
以前のように無理矢理に連れて行く様子はなく、それではとリタリストは背を向けて歩き出した。
その背中に。
「本当に、帰れるの?」
不安気に小さく問いかけると、リタリストは肩越しに振り返り。
「あなたが、望めばね」
笑って答えた。
リタリストの背中が見えなくなるまで、留衣はその場所から動けなかった。
その日、屋敷に帰ると、留衣はニーナに食事はいらないと言い自室に引きこもった。
ベッドに潜り込み、頭からシーツを被って考える。
「向こうの世界に帰る……か」
そうしたいと思っていたけれど、本当に帰れるのかは半信半疑だった。
でも、リタリストなら帰せると言った。
「嘘ついてるわけじゃなさそうだしな」
やってほしいことがあるということは、それが終わればお役御免ということだ。
それなら帰してくれるかもしれないと思う。
ただ。
「胡散臭い」
そう、ひたすら胡散臭いのだ。
無理矢理に教会に連れて行った前科があるので、あまり信用する気になれない。
「でも、帰れるなら帰らないと、トゥーイさんにいつまでも迷惑かけちゃ駄目だよね」
ころんと寝返りをして枕に頬を押し付ける。
長い髪がサラリとシーツを滑った。
「トゥーイさんに会えなくなる……」
そう考えると、酷く胸の奥が詰まった感覚になる。
素直じゃないけど優しいトゥーイの顔を思い浮かべて、思わずぽつりと呟いた。
「傍にいたいな」
言ってから、留衣は自分で動揺した。
思わず口を手で押さえる。
心臓の動きに押し出されるように零れた言葉に、自分が一番驚いた。
けれど、それが掛け値なしの自分の本心のようだ。
そして、ああそうかと気づく。
「トゥーイさんのこと、好きなんだ」
口にすればいやにしっくりと心に馴染んだ。
きらいだとあんなに口にしたのに。
ぎゅうと枕を腕に抱きしめて、ぐりぐりと額をこすりつける。
「馬鹿みたい、ただの義理で面倒みてくれてるだけなのに」
それに、これ以上ないくらい怒らせたばかりだ。
こんな気持ちを自覚してしまったら、ますますトゥーイに申し訳なく感じた。
結局その日はそのままベッドの中で丸くなり、眠れずに過ごした。
次の日も、食事を取る気になれなくてニーナに断り朝も昼も食事をしなかった。
夜になり、コンコンと扉をノックされたのでニーナだと思い、留衣はベッドで膝を抱えて座ったまま答えた。
「ごめんニーナさん、食事ならいらない」
断りを入れると、扉が無遠慮に開かれた。
慌ててそちらを見ると。
「トゥーイさん……」
不機嫌な顔をしたトゥーイがいた。
騎士団の制服を着ているので、帰ってきてからまっすぐ部屋まで来たらしい。
「昨日から食事も水も取っていないそうですね」
言われて留衣は顔をふいと背けた。
昨日帰ってから、部屋から一歩も出てないことをニーナに聞いたのだろう。
「当てつけかなにかのつもりですか」
言われて驚いた。
そんなふうに思わせたなんて、と首を振る。
「そんなんじゃない。ごめん、心配かけて」
「……心配したわけではありません。倒れられでもしたら面倒だと言っているのです」
面倒。
その言葉が胸に刺さる。
(やっぱり、傍にいたいなんて駄目だ)
自重気味に笑うと、トゥーイが訝し気な顔をした。
「あのさ、もう面倒かけないから」
「どういう意味です?」
留衣の言葉に、トゥーイの指がぴくりと微かに動いた。
それに気づかずに、トゥーイから視線を外し抱えた膝に落とす。
「教祖のリタリストさんが帰る方法がある、帰してくれるって」
「彼が何故そんなことを?」
「この世界に呼んだのあの人なんだって。来る方法がわかってるから、帰る方法もわかるって言われた」
そこまで言うと、トゥーイがベッド脇まで大股で歩いてきた。
「それを信じると?言ったでしょう彼らは権力に固執していると。慈善事業なんてやる連中じゃありません」
「でも、嘘言ってるように見えなかったし……」
やってほしいことがあると言われたことは黙っていることにした。
心配するかもしれないという淡い期待があったからだ。
自分の考えを浅ましいと感じながらも。
「私もいい加減帰りたいしさ。それにほら、義理で置いてもらっても息苦しいだけだからさ」
顔を見れなくてまくし立てた。
何も言わないトゥーイにおそるおそる瞳を向けると、なにかをこらえるように眉を歪めていた。
思わずその顔に手を伸ばしかけると。
「好きになさい」
くるりと踵を返してトゥーイは部屋を出ていってしまった。
バタンと扉を閉める音が無情に響く。
伸ばしかけていた手をぱたりとベッドに落として、留衣は下唇を噛んだ。
息苦しいなんて思ってない。
トゥーイといるのはずっと楽しかった、優しかった。
離れたくないと思うくらいに。
前衛的と言いながらも料理を完食する姿だとか、魔道具にキラキラと目を輝かせる子供みたいな眼差しだとか。
「なんだ、私トゥーイさんのことかなり好きなんじゃん」
脳裏によぎるその姿に涙が溢れてきて、留衣は嗚咽を殺してその晩泣いた。
教会に行って、トゥーイの前から姿を消そうと決意して。
翌日は晴天だった。
どんよりとした留衣の心とは正反対だ。
トゥーイは早朝に出て行ったらしく、腫れた目で見送りすることが憚られて部屋から出なかった。
階下に行くと、ニーナが留衣の顔を見て。
「濡れたタオルを用意いたします」
気を効かせてくれた。
応接間で瞼をタオルで冷やしながら、このあとのことを考える。
教会に行き、元の世界に帰らせてもらおうと。
結局最後に見たトゥーイの顔があんな表情になるのかと思うと、胸に重しが乗ったようだった。
これで永遠に別れるのなら、もっといつもの顔が見たかったと思う。
「お別れも言ってないや」
そう思うと、最後に一目会いたいと思った。
「お別れ言いに行くくらいなら、いいよね」
それで本当に最後にするから。
そう思って、留衣はタオルを手に取って長椅子から立ち上がった。
「ニーナさん今までありがとう、私トゥーイさんに会いに行ってから教会に行くよ」
「お供いたします」
「いいの?」
教会に行けばニーナと離れることになるので、それならば少しでも長くと思い了承した。
町まで出て騎士団の本部へと歩く。
「やっぱり迷惑かな」
近くまで来たところで、留衣はぽろりと零した。
好きにしろと言われたのに、のこのこ挨拶に行くなんてと思ったが、やはり最後なのだからと自分を納得させた。
歩いていると、ふいにニーナがくるりと後ろを振り返った。
何だろうと視線を追うと、そこにはベロニカがいた。
侍女を連れているところから、今日もトゥーイに会いにきたらしい。
こうやって頻繁に会っているのだろうかと思うと、ぐっと息が詰まった。
「トゥーイ様のところへ行くのかしら」
「はい、教会で私を帰してくれるって言うんで、お別れを言いに」
ぴくりとベロニカの片眉が動いた。
「あなた、自分が何をするかわかっているの?」
「なんのことですか?」
ベロニカの言葉に留衣が訝し気にすると。
「まあいいわ、トゥーイ様にはあたくしがついているし」
「あの?」
「すぐに教会に行きなさい」
居丈高にベロニカが言う。
「いや、だからトゥーイさんにお別れを」
「いいから早くなさい!」
ベロニカが留衣の手を掴もうとすると、二人のあいだにニーナが滑り込んだ。
「乱暴はなさいませんように」
「うるさいわね!」
立ち塞がったニーナの腕をベロニカが掴むと、バチンっと音がその場に響いた。
「ニーナさん!」
ニーナが砂のように崩れていき、そこに水色の蝶々がひらりと現れた。
その蝶々を、ベロニカが両手でくしゃりと握りつぶす。
慌ててベロニカの手を掴んで開かせると、蝶々の残骸がパラパラと地面に落ちて行った。
「ニーナさん……」
ニーナだったものが地面に崩れていくのを見て、留衣はキッとベロニカを睨みやった。
「なんてひどいことするの」
「ふん、たかが人形でしょう」
ベロニカが言い捨てると。
「あなたも気絶してしまいなさい」
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