16 / 17
16
しおりを挟む
ギリギリと魔道具に顔を押し付けられて、留衣は内心リタリストを罵倒した。
魔道具の石は、リタリストが操っているのか触れたところから魔力が流れ出ていくのがわかる。
このままでは本当に枯渇するまで魔力を奪われると思い、留衣はもがいた。
トゥーイを助けたりするわけでもないのに、奪われたくなんかない。
滅茶苦茶に動かした手がリタリストの顔を引っ掻いたりしているが、効果はない。
「ああ、素晴らしい、素晴らしいぞ」
だんだんと光を放ちだした石の姿に、リタリストが恍惚な笑みを浮かべている。
「こっの変態」
むぐと顔を押し付けられているなかでも無理矢理に口を開けば、リタリストがますます顔を強く魔道具へと押し付けた。
(このままじゃトゥーイさんが危ない)
それを防ぎたくても、小柄な自分ではリタリストには敵わなくて留衣は悔しさで涙が滲んだ。
それと同時にドオンと轟音がして、部屋の扉が吹き飛んだ。
「な、なんだ!」
うろたえて思わず力を緩めたリタリストの手を振り払って、留衣は顔を上げた。
扉のあったそこは、煙が立ち込めてパラパラと破片が天井から落ちている。
そして。
「うそ」
トゥーイが魔法を放ったのだろう、右手を掲げた姿で立っていた。
いるはずのない姿に、ふちに溜まっていた涙がころりとまろい頬に流れた。
留衣の顔を確認したトゥーイが、その涙に瞳を鋭くする。
「何故ここに」
呆然と呟いたリタリストにトゥーイが向き直ると、殺気だろうか。
ピリと空気が張り詰めた。
「その子を返してもらいましょうか」
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか」
口角からツバを吐き出しながら吠えるリタリストに、トゥーイは怜悧な表情にうっすらと笑みを浮かべた。
「あなたの企みはベロニカ嬢が証言しました。騎士団長として、あなたを捕縛します」
「くそっ」
トゥーイの言葉にリタリストは吐き捨てて。
「きゃあっ」
押さえつけていた留衣の体を拘束した。
首に腕を回し、ギリリと締め上げる。
「これと魔道具があれば、貴様に負けることはない」
言ってリタリストは、左手で紫色の石に手を当てた。
ポウッとそれが光り、バシュリと光の矢が無数にトゥーイへと襲い掛かる。
「トゥーイさん!」
留衣の悲鳴が響くが、トゥーイは慌てた様子もなく最小限の動作で右手を突き出した。
淡い青色の壁のようなものが現れ、光の矢が吸収されていく。
その様子にほっと息を吐いたが。
「おのれっ」
悪態をつきながら、リタリストがどんどんと魔道具の魔力を使って矢を放っていく。
それを冷静に防ぎながらもトゥーイは防戦一方だ。
「こいつがいては何も出来ないだろう!魔道具がある限り、私は最強だ」
声高に言い放つリタリストに、自分が人質になっているせいで攻撃が出来ないのだと気づいて、留衣は自分の首を締め上げている腕に思い切り噛みついた。
「小娘!」
腕が緩んだ隙に逃げようとしたが、ぐいと腕を引っ張られて地面に勢いよく叩きつけられた。
「う、くぅ」
体に痛みが走る。
それでも立ち上がろうとしたが、ドンと背中をリタリストに踏まれて這いつくばった。
「ルイ!」
トゥーイの声に。
(初めて名前呼んでくれた)
場違いに嬉しくなった。
いつもあなたと呼ばれていたから。
それと同時に思い出す。
そうだ、教わったじゃないか。
留衣は両手の指先に体の中の魔力が流れる感覚を必死にイメージした。
そして、熱いものが噴き出す感触を解き放つ。
「ええい!」
留衣の指先から細い炎が放たれた。
その魔法に、リタリストもトゥーイも一瞬動きを止める。
そして、バキンと割れる音。
留衣が狙ったのは、リタリストの攻撃の要になっている魔道具の紫の石だ。
それにひびが入った。
途端、リタリストの光の矢が消える。
「バカな!」
驚愕の表情を浮かべるリタリストに、トゥーイはパチンと指を鳴らした。
すると、その足元から頭の先までゴウと炎に包まれた。
「ぎゃああああ」
一瞬で炎は消えたが、焼け焦げたリタリストが意識を失って地面へと倒れ込む。
そしてぴくりとも動かない。
「し、死んじゃったの?」
「まさか。傷は浅いですよ」
おっかなびっくり確認すると、平然と返された。
死んでなくてよかったとほっとして、よろよろと立ち上がる。
「怪我はないですか?」
「うん、ありがとう。でもトゥーイさんどうしてここに?」
「それは……」
留衣の疑問にトゥーイが口を開きかけたとき、パシリパシリと魔道具の石から音が聞こえた。
次の瞬間、ゴウと爆風が吹き紫の稲光が石からバチバチと放たれる。
「な、なに」
「暴走を起こしている!」
トゥーイが彼に似合わず焦った声で魔道具に走り寄った。
留衣も駆け寄ると、ヒビの入った場所を中心に石全体から膨大な魔力が溢れて、荒れ狂っている。
「このままじゃ、ここら辺一体が消し飛びますね」
「ど、どうしよう、どうする!」
焦る留衣に、トゥーイが一瞬考え込んだ後に服の中からペンダントを取り出して外した。
「トゥーイさん?」
何をする気だろうと心配そうに見やると、彼は手袋も取ってしまう。
「魔力を、石が限界まで注ぎ込んで内部で暴発させます」
「出来るの?そんなこと」
「以前の結界と同じ要領すよ。規模がでかいだけで」
手袋を床に放り投げると、トゥーイが魔力の暴走をする石に両手を当てた。
ビリビリと空気が震える。
ハラハラと見守っていると、石から溢れた迸る魔力のせいでトゥーイの優美な手に傷がどんどん出来て行った。
「トゥーイさん手が!どうして手袋外したの」
「魔力を抑えていたら注ぎ込むのにコントロールがしにくいんですよ」
言って、くっと歯を食いしばるトゥーイの手には傷が増していき血が流れる。
部屋の窓ガラスがパンと割れて、風が荒れ狂っていた。
自分にも何か出来ないかと思うが、何をすればいいのか思いつかず心配そうにトゥーイを見ることしか出来なくて歯がゆい。
魔力を大量に消費していっているのだろう。
トゥーイの顔色がどんどん悪くなっていく。
そこで気づいた。
留衣は今ペンダントをしていない。
そしてトゥーイもペンダントどころか手袋もしていない。
留衣はためらうことなく、どんとトゥーイの背に勢いよく抱き着いた。
「何をしているんです!」
トゥーイが驚愕の声を上げるが、それを気にせずぎゅうと腰に強く腕を回す。
「私の魔力使って!」
「この馬鹿、死ぬ気ですか!」
触れたところからどんどん力が抜けていくのがわかる。
トゥーイの心配も無視して留衣は叫び返した。
「死なないわよ!」
荒れ狂う風に、不揃いになった黒い髪がバサリバサリと靡く。
気を抜くと力が抜けそうな体を叱咤して、留衣はトゥーイの服を握りしめた。
「その前に止めてくれるでしょ」
「まったくあなたって人は」
留衣はあまりの風の強さに目を閉じて、早く止まってくれとそれだけを願っていた。
その願いが届いたのか、どんどん風と光が収まっていく。
そして石の光が完全に収縮しパキンと真ん中で割れた。
そして辺りはシンと静まり返ったのだった。
「止まった……?」
おそるおそる目を開けると、そこには静寂が広がっている。
「ええ、なんとか」
ふうと息を吐いたトゥーイの体を離して、留衣も息を吐いた。
疲労の色が濃いトゥーイが留衣に向き直る。
「体の状態は?気持ち悪かったり苦しかったりしませんか?」
「平気、かなり疲れたけどね」
体は疲労困憊していたが、倒れるほどじゃない。
安心させるように、にひと笑う。
それにトゥーイも苦笑を浮かべた。
「無茶しすぎですよ。それよりペンダント、どこにやったんです?」
「壊されちゃったんだ」
眉をへにょりと下げたときだ。
「ここにあるわ」
壊れた入口の方から声がしてそちらを見やると、ベロニカが立っていた。
青い顔をしていて、今にも倒れそうだ。
ベロニカは留衣に向かってポイと何かを放り投げた。
慌てて両手でキャッチすると、それは壊されたペンダントと同じ赤い石で。
「これ、あなたのじゃ」
「あたくしにはもう必要ないから、返すわ」
ベロニカは自嘲的に笑った。
「権力を笠に着て無理矢理貰ったものですもの。トゥーイ様の傍にいるためだったけれど、あたくしは必要とされていないのがよくわかったわ」
だからいらないと彼女は言う。
ふっと悲しそうに笑うベロニカに、トゥーイはひとつまばたきをした。
「私は人の機微にうといものですから、あなたの気持ちも迷惑なだけでした。けれど、利用していたのは悪いと思っています」
トゥーイの言葉に驚きを隠せず目を見張ったあと、ベロニカは悲し気に目を細めた。
「変わられたのね」
ベロニカは俯き目を閉じて瞼を震わせたが、吹っ切るように顔を上げて留衣を見やった。
「石の機能が無事だったら、あなたの魔力を注いであたくしが帰すことが出来るわよ」
「え……」
思わぬ言葉に、留衣は目を見開いた。
帰れる。
それを望んでいたはずだ。
思わずトゥーイを見やると、彼は痛みをこらえるような顔をしていた。
その顔は留衣が見たくないと思ったものだ。
「トゥーイさん」
「帰りますか?ルイ」
出した言葉はどこか途方にくれた子供のようだ。
留衣は視線をさまよわせて、なんと答えればいいのかわからない。
(トゥーイさんの傍にいたい、だけど)
ここにいたら迷惑になる。
きゅっと一度口を引き締めると、帰ると言おうとした。
「帰らないでください」
思ってもみなかった言葉に留衣はえ、と言葉にならない吐息を吐き出した。
トゥーイは留衣から視線を外したままで、ぐっと傷だらけの手を握りしめる。
そこからポタリと一滴血が落ちた。
「……あなたを手放したくありません」
「……駄目だよ」
ふるりと留衣が頭を振る、トゥーイが目を伏せた。
「だって迷惑かけちゃう」
続いた言葉に、トゥーイが目を開けて留衣を見やった。
その顔は驚きに満ちている。
「迷惑ではないと言ったら?」
「ッ」
「あなたに、傍にいてほしい」
懇願する言葉に留衣は嬉しかった。
トゥーイが引き留めてくれたことが。
だが。
「もう、恩を返さなくても大丈夫だよ」
トゥーイはフミに恩返しをしているだけだ。
留衣自身を想っているわけではないと、首を振った。
「そんなものじゃありませんよ」
カツリとトゥーイが留衣の眼前までゆっくりと歩いてきた。
目の前に来た白皙の美貌を見上げると、心なしか青い。
魔力を使い過ぎたせいだろう。
「私が、あなたを好きだからです」
一語一句言い聞かせるようにトゥーイが口にした。
それが信じられなくて、何度も目をまたたく。
「うそ……」
「嘘じゃありません」
鳶色の目が、身をかがめて留衣の目を覗き込んでくる。
その瞳は真摯で、嘘なんて言っているようには見えなくて。
「ほんとに?」
「本当です。あなたには迷惑かもしれませんが、私の傍にいてくれませんか」
「……迷惑なんかじゃない」
小さく呟く。
嬉しさでじわじわと目の淵に涙がたまっていくのを、留衣はこらえられずにぐすりと鼻をすすった。
「私も傍にいたい、好きだよ」
ありったけの想いで言う。
覗き込んでいるトゥーイの表情が、今まで見た事もない優しい顔をしていた。
そして屈めていた体を戻すと、ベロニカに向き直る。
「そういうわけです」
「わかったわ」
こくりと頷くと、ベロニカは二人に背を向けた。
一度肩越しに振り返り留衣を見ると。
「あなたになりたかったわ」
ポツリと零して立ち去って行った。
それを見送り、留衣がトゥーイをちらりと見やる。
「私が言う義理じゃないけど、ずっと好かれてたんでしょ?よかったの」
「かまいませんよ、彼女では私の心は動かせなかった。あなたのようにね」
「そっか」
ベロニカの去った方を見る留衣に、トゥーイが今度は尋ねる。
「あなたこそいいんですか?まともに抱きしめてもやれない男ですよ」
トゥーイの方へ向き直ると、どこか自嘲した笑みだ。
留衣は、手に持っていたペンダントを首に下げた。
「私、二回とも死ななかったわ」
「だから何です?」
突然の言葉にきょとりとしたトゥーイに、留衣は自分の頬が赤く染まっていくのがわかった。
言いにくそうに口を開閉したあとに。
「察してよ。一瞬なら平気だよってこと」
耳まで赤くなっていくのを自覚しながら自分の欲求を口にすれば、トゥーイはますます鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあとに、鳶色をしんなりと細めた。
そして、一瞬だけ留衣の唇に唇で触れる。
途端に何が起こったか察した留衣の顔がゆでだこのように、可哀想なくらい赤くなった。
「抱きしめるより、一瞬でしょう?」
両手で唇を押さえた留衣に、悪びれもなくトゥーイは笑っていた。
魔道具の石は、リタリストが操っているのか触れたところから魔力が流れ出ていくのがわかる。
このままでは本当に枯渇するまで魔力を奪われると思い、留衣はもがいた。
トゥーイを助けたりするわけでもないのに、奪われたくなんかない。
滅茶苦茶に動かした手がリタリストの顔を引っ掻いたりしているが、効果はない。
「ああ、素晴らしい、素晴らしいぞ」
だんだんと光を放ちだした石の姿に、リタリストが恍惚な笑みを浮かべている。
「こっの変態」
むぐと顔を押し付けられているなかでも無理矢理に口を開けば、リタリストがますます顔を強く魔道具へと押し付けた。
(このままじゃトゥーイさんが危ない)
それを防ぎたくても、小柄な自分ではリタリストには敵わなくて留衣は悔しさで涙が滲んだ。
それと同時にドオンと轟音がして、部屋の扉が吹き飛んだ。
「な、なんだ!」
うろたえて思わず力を緩めたリタリストの手を振り払って、留衣は顔を上げた。
扉のあったそこは、煙が立ち込めてパラパラと破片が天井から落ちている。
そして。
「うそ」
トゥーイが魔法を放ったのだろう、右手を掲げた姿で立っていた。
いるはずのない姿に、ふちに溜まっていた涙がころりとまろい頬に流れた。
留衣の顔を確認したトゥーイが、その涙に瞳を鋭くする。
「何故ここに」
呆然と呟いたリタリストにトゥーイが向き直ると、殺気だろうか。
ピリと空気が張り詰めた。
「その子を返してもらいましょうか」
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか」
口角からツバを吐き出しながら吠えるリタリストに、トゥーイは怜悧な表情にうっすらと笑みを浮かべた。
「あなたの企みはベロニカ嬢が証言しました。騎士団長として、あなたを捕縛します」
「くそっ」
トゥーイの言葉にリタリストは吐き捨てて。
「きゃあっ」
押さえつけていた留衣の体を拘束した。
首に腕を回し、ギリリと締め上げる。
「これと魔道具があれば、貴様に負けることはない」
言ってリタリストは、左手で紫色の石に手を当てた。
ポウッとそれが光り、バシュリと光の矢が無数にトゥーイへと襲い掛かる。
「トゥーイさん!」
留衣の悲鳴が響くが、トゥーイは慌てた様子もなく最小限の動作で右手を突き出した。
淡い青色の壁のようなものが現れ、光の矢が吸収されていく。
その様子にほっと息を吐いたが。
「おのれっ」
悪態をつきながら、リタリストがどんどんと魔道具の魔力を使って矢を放っていく。
それを冷静に防ぎながらもトゥーイは防戦一方だ。
「こいつがいては何も出来ないだろう!魔道具がある限り、私は最強だ」
声高に言い放つリタリストに、自分が人質になっているせいで攻撃が出来ないのだと気づいて、留衣は自分の首を締め上げている腕に思い切り噛みついた。
「小娘!」
腕が緩んだ隙に逃げようとしたが、ぐいと腕を引っ張られて地面に勢いよく叩きつけられた。
「う、くぅ」
体に痛みが走る。
それでも立ち上がろうとしたが、ドンと背中をリタリストに踏まれて這いつくばった。
「ルイ!」
トゥーイの声に。
(初めて名前呼んでくれた)
場違いに嬉しくなった。
いつもあなたと呼ばれていたから。
それと同時に思い出す。
そうだ、教わったじゃないか。
留衣は両手の指先に体の中の魔力が流れる感覚を必死にイメージした。
そして、熱いものが噴き出す感触を解き放つ。
「ええい!」
留衣の指先から細い炎が放たれた。
その魔法に、リタリストもトゥーイも一瞬動きを止める。
そして、バキンと割れる音。
留衣が狙ったのは、リタリストの攻撃の要になっている魔道具の紫の石だ。
それにひびが入った。
途端、リタリストの光の矢が消える。
「バカな!」
驚愕の表情を浮かべるリタリストに、トゥーイはパチンと指を鳴らした。
すると、その足元から頭の先までゴウと炎に包まれた。
「ぎゃああああ」
一瞬で炎は消えたが、焼け焦げたリタリストが意識を失って地面へと倒れ込む。
そしてぴくりとも動かない。
「し、死んじゃったの?」
「まさか。傷は浅いですよ」
おっかなびっくり確認すると、平然と返された。
死んでなくてよかったとほっとして、よろよろと立ち上がる。
「怪我はないですか?」
「うん、ありがとう。でもトゥーイさんどうしてここに?」
「それは……」
留衣の疑問にトゥーイが口を開きかけたとき、パシリパシリと魔道具の石から音が聞こえた。
次の瞬間、ゴウと爆風が吹き紫の稲光が石からバチバチと放たれる。
「な、なに」
「暴走を起こしている!」
トゥーイが彼に似合わず焦った声で魔道具に走り寄った。
留衣も駆け寄ると、ヒビの入った場所を中心に石全体から膨大な魔力が溢れて、荒れ狂っている。
「このままじゃ、ここら辺一体が消し飛びますね」
「ど、どうしよう、どうする!」
焦る留衣に、トゥーイが一瞬考え込んだ後に服の中からペンダントを取り出して外した。
「トゥーイさん?」
何をする気だろうと心配そうに見やると、彼は手袋も取ってしまう。
「魔力を、石が限界まで注ぎ込んで内部で暴発させます」
「出来るの?そんなこと」
「以前の結界と同じ要領すよ。規模がでかいだけで」
手袋を床に放り投げると、トゥーイが魔力の暴走をする石に両手を当てた。
ビリビリと空気が震える。
ハラハラと見守っていると、石から溢れた迸る魔力のせいでトゥーイの優美な手に傷がどんどん出来て行った。
「トゥーイさん手が!どうして手袋外したの」
「魔力を抑えていたら注ぎ込むのにコントロールがしにくいんですよ」
言って、くっと歯を食いしばるトゥーイの手には傷が増していき血が流れる。
部屋の窓ガラスがパンと割れて、風が荒れ狂っていた。
自分にも何か出来ないかと思うが、何をすればいいのか思いつかず心配そうにトゥーイを見ることしか出来なくて歯がゆい。
魔力を大量に消費していっているのだろう。
トゥーイの顔色がどんどん悪くなっていく。
そこで気づいた。
留衣は今ペンダントをしていない。
そしてトゥーイもペンダントどころか手袋もしていない。
留衣はためらうことなく、どんとトゥーイの背に勢いよく抱き着いた。
「何をしているんです!」
トゥーイが驚愕の声を上げるが、それを気にせずぎゅうと腰に強く腕を回す。
「私の魔力使って!」
「この馬鹿、死ぬ気ですか!」
触れたところからどんどん力が抜けていくのがわかる。
トゥーイの心配も無視して留衣は叫び返した。
「死なないわよ!」
荒れ狂う風に、不揃いになった黒い髪がバサリバサリと靡く。
気を抜くと力が抜けそうな体を叱咤して、留衣はトゥーイの服を握りしめた。
「その前に止めてくれるでしょ」
「まったくあなたって人は」
留衣はあまりの風の強さに目を閉じて、早く止まってくれとそれだけを願っていた。
その願いが届いたのか、どんどん風と光が収まっていく。
そして石の光が完全に収縮しパキンと真ん中で割れた。
そして辺りはシンと静まり返ったのだった。
「止まった……?」
おそるおそる目を開けると、そこには静寂が広がっている。
「ええ、なんとか」
ふうと息を吐いたトゥーイの体を離して、留衣も息を吐いた。
疲労の色が濃いトゥーイが留衣に向き直る。
「体の状態は?気持ち悪かったり苦しかったりしませんか?」
「平気、かなり疲れたけどね」
体は疲労困憊していたが、倒れるほどじゃない。
安心させるように、にひと笑う。
それにトゥーイも苦笑を浮かべた。
「無茶しすぎですよ。それよりペンダント、どこにやったんです?」
「壊されちゃったんだ」
眉をへにょりと下げたときだ。
「ここにあるわ」
壊れた入口の方から声がしてそちらを見やると、ベロニカが立っていた。
青い顔をしていて、今にも倒れそうだ。
ベロニカは留衣に向かってポイと何かを放り投げた。
慌てて両手でキャッチすると、それは壊されたペンダントと同じ赤い石で。
「これ、あなたのじゃ」
「あたくしにはもう必要ないから、返すわ」
ベロニカは自嘲的に笑った。
「権力を笠に着て無理矢理貰ったものですもの。トゥーイ様の傍にいるためだったけれど、あたくしは必要とされていないのがよくわかったわ」
だからいらないと彼女は言う。
ふっと悲しそうに笑うベロニカに、トゥーイはひとつまばたきをした。
「私は人の機微にうといものですから、あなたの気持ちも迷惑なだけでした。けれど、利用していたのは悪いと思っています」
トゥーイの言葉に驚きを隠せず目を見張ったあと、ベロニカは悲し気に目を細めた。
「変わられたのね」
ベロニカは俯き目を閉じて瞼を震わせたが、吹っ切るように顔を上げて留衣を見やった。
「石の機能が無事だったら、あなたの魔力を注いであたくしが帰すことが出来るわよ」
「え……」
思わぬ言葉に、留衣は目を見開いた。
帰れる。
それを望んでいたはずだ。
思わずトゥーイを見やると、彼は痛みをこらえるような顔をしていた。
その顔は留衣が見たくないと思ったものだ。
「トゥーイさん」
「帰りますか?ルイ」
出した言葉はどこか途方にくれた子供のようだ。
留衣は視線をさまよわせて、なんと答えればいいのかわからない。
(トゥーイさんの傍にいたい、だけど)
ここにいたら迷惑になる。
きゅっと一度口を引き締めると、帰ると言おうとした。
「帰らないでください」
思ってもみなかった言葉に留衣はえ、と言葉にならない吐息を吐き出した。
トゥーイは留衣から視線を外したままで、ぐっと傷だらけの手を握りしめる。
そこからポタリと一滴血が落ちた。
「……あなたを手放したくありません」
「……駄目だよ」
ふるりと留衣が頭を振る、トゥーイが目を伏せた。
「だって迷惑かけちゃう」
続いた言葉に、トゥーイが目を開けて留衣を見やった。
その顔は驚きに満ちている。
「迷惑ではないと言ったら?」
「ッ」
「あなたに、傍にいてほしい」
懇願する言葉に留衣は嬉しかった。
トゥーイが引き留めてくれたことが。
だが。
「もう、恩を返さなくても大丈夫だよ」
トゥーイはフミに恩返しをしているだけだ。
留衣自身を想っているわけではないと、首を振った。
「そんなものじゃありませんよ」
カツリとトゥーイが留衣の眼前までゆっくりと歩いてきた。
目の前に来た白皙の美貌を見上げると、心なしか青い。
魔力を使い過ぎたせいだろう。
「私が、あなたを好きだからです」
一語一句言い聞かせるようにトゥーイが口にした。
それが信じられなくて、何度も目をまたたく。
「うそ……」
「嘘じゃありません」
鳶色の目が、身をかがめて留衣の目を覗き込んでくる。
その瞳は真摯で、嘘なんて言っているようには見えなくて。
「ほんとに?」
「本当です。あなたには迷惑かもしれませんが、私の傍にいてくれませんか」
「……迷惑なんかじゃない」
小さく呟く。
嬉しさでじわじわと目の淵に涙がたまっていくのを、留衣はこらえられずにぐすりと鼻をすすった。
「私も傍にいたい、好きだよ」
ありったけの想いで言う。
覗き込んでいるトゥーイの表情が、今まで見た事もない優しい顔をしていた。
そして屈めていた体を戻すと、ベロニカに向き直る。
「そういうわけです」
「わかったわ」
こくりと頷くと、ベロニカは二人に背を向けた。
一度肩越しに振り返り留衣を見ると。
「あなたになりたかったわ」
ポツリと零して立ち去って行った。
それを見送り、留衣がトゥーイをちらりと見やる。
「私が言う義理じゃないけど、ずっと好かれてたんでしょ?よかったの」
「かまいませんよ、彼女では私の心は動かせなかった。あなたのようにね」
「そっか」
ベロニカの去った方を見る留衣に、トゥーイが今度は尋ねる。
「あなたこそいいんですか?まともに抱きしめてもやれない男ですよ」
トゥーイの方へ向き直ると、どこか自嘲した笑みだ。
留衣は、手に持っていたペンダントを首に下げた。
「私、二回とも死ななかったわ」
「だから何です?」
突然の言葉にきょとりとしたトゥーイに、留衣は自分の頬が赤く染まっていくのがわかった。
言いにくそうに口を開閉したあとに。
「察してよ。一瞬なら平気だよってこと」
耳まで赤くなっていくのを自覚しながら自分の欲求を口にすれば、トゥーイはますます鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあとに、鳶色をしんなりと細めた。
そして、一瞬だけ留衣の唇に唇で触れる。
途端に何が起こったか察した留衣の顔がゆでだこのように、可哀想なくらい赤くなった。
「抱きしめるより、一瞬でしょう?」
両手で唇を押さえた留衣に、悪びれもなくトゥーイは笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる