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本編

第四話

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 会長が食堂を目指していることに気がつき、まずいと思った。
 でももう少しで到着するというところで「食堂以外のところで!」と言い出すことが出来ず……。
 貴久先輩はいませんように! と神に祈りを捧げたのだが……駄目だった。
 入ってすぐ、いつもの場所にいつもの人集りがあった。
 変化したことといえば『僕がいない』ということくらいだ。

 でもちょうどいい具合にファン達で隠れ、貴久先輩が見えない。
 こちらから見えないのだから、先輩の方からも僕は見えないだろう。
 セーフ!!

「どうした?」
「いえ……」

 会長がちらりと貴久先輩をとり囲っている集団に目を向けた。
 会長は僕と貴久先輩の関係を知っているのだろうか。
 貴久先輩は有名人だけど、僕は周りにいるその他大勢だから知らないかな。
 そう思ったのだが……。

 「?」

 会長が僕の頭に優しくポンと手を置いた。
 まるで慰めてくれているみたいな……。
 知っていて気をつかってくれたのかな?

 手を退けると何もなかったようにスタスタと注文口に歩いて行く。
 特に意味はなかった?
 でも怖い人じゃなくていい人っぽい。

「何にする?」
「会長と一緒のものにします」
「チャーハンセットにするが、量は多くないか?」
 「!! 大丈夫ですっ!」

 チャーハンとラーメン、餃子がセットになっているボリューム満点なメニューだけど凄く嬉しい!
 僕は身体は小さい方だが本来はよく食べる。
 でもお金はないし、貴久先輩といるときはガツガツ食べると恥ずかしいからサンドイッチとか食べていた。
 小動物かよ、と心の中で自分にツッコミながら食べていた。
 脂が嬉しい……素敵。
 しかも会長は奢ってくれた!
 会長は僕の中で『多分いい人』から『絶対いい人』に格上げされた。

 席は貴久先輩軍団から離れたところが空いていたので、そこに座った。
 うん、観葉植物や行き交う人も壁になって更に貴久先輩が見えない。
 見つかるんじゃないかとヒヤヒヤせずに食べられそうだ。

「いただきます! すー……」

 手を合わせて、声を出したところで気がついた。
 今の僕、幼稚園児感が半端なかった……恥ずかしい。
 美味しそうな匂いでつい嬉しくなり、実家にいたころの感じでいただきますをしてしまった。
 会長を見ると、フッと微笑ましそうに笑っていた。
 これは保護者の目だ。
 つらい!!

「俺もやらなきゃな。いただきます」

 もう食べ始めようとしていた会長も一旦箸を置き、僕と同じようにいただきますをしてくれた。
 会長~!
 僕はこんなお兄ちゃんが欲しいです!

「早速だが、食べながら話してもいいか?」
「あ、はい!」
「単刀直入に言うと、生徒会の補佐をしないか?」
「う?」

 ラーメンを啜り、もぐもぐしていた口が止まった。

『生徒会補佐』

 秀海学園では一年生は生徒会に入ることが出来ない。
 でも唯一関わることが出来るのが生徒会補佐で、次期生徒会メンバーの予備軍となる。
 秀海学園で生徒会に入ると、出世街道は用意されたも同然と言われている。
 実際に国の要職には秀海学園生徒会OBがたくさんいるのだ。
 まさか、僕にそのお声がかかるなんて!
 しかも生徒会長から!
 生徒会補佐は現・生徒会メンバ-が各々一人推薦することが出来る。
 いなければいないでいいが、推薦出来るのは一人まで。
 会長の推薦枠を僕に使ってくれるということのようだが……本当にいいの?

「ちなみに生徒会メンバーと生徒会補佐になると食堂のメニューは無料だ。このチャーハンセットも、お前の分は費用がかかっているが俺の分は無料だ」
「やります」
「……。決断が早いな」

 僕に出来るのだろうかという不安があって迷ったけれど、そういうことなら俄然やる気が湧きました。
 頑張りたい!
 食費が浮く、エリートコース確保、貴久先輩のことを考える時間が更になくなる、良いこと尽くめだ!
 おまけに生徒会長は格好良くて、いい人で、見ていると癒やされる!

「僕、頑張りますのでよろしくお願いします!」
「ああ、頼む。基本は雑用ばかりだが、生徒会がどういうことをしているか知ることが出来る。やって損はないはずだ」
「はい!」

 声を掛けてくれた会長の顔に泥を塗らないためにも頑張ろう。
 そう思うとお腹が空いてきた。
 よし、もりもり食べよう。
 あ、でもどうして会長は僕に声を掛けてくれたのだろう。

「会長、僕を誘ってくれたのは――」
「零? ……零!」

 遠くから名前を呼ばれた。
 この声は……以前は名前を呼んでくれると嬉しかったこの声は貴久先輩だ。
 ……どうやら見つかってしまったようだ。


「零! 話が……! ちょっと皆、離れてくれないか!」
「やだ、クリス先輩~!」

 ちらりと貴久先輩が蟻……じゃなくてファンの壁の隙間から僕を呼んでいた。
 囲いから出られずにいるようだけど、そのまま来ないでいいよ。
 早川の声が聞こえたから、奴もいるみたいだ。
 ちゃっかり僕がいたところに納まっているのだろう。

「……」

 ああ、嫌だなあ……。
 抑えていた感情が溢れそうになる。
 もう早川なんてどうでもいいし、貴久先輩のことも忘れることにしているのに。
 貴久先輩は僕に話があるみたいだけど、今更なんの用だろう。

 はあ……折角の『美味しいご飯』だったのに。
 また味がしなくなってきた。
 一気に食欲が失せた。
 勿体ないから食べるけど!

「……俺の分も食うか?」
「え?」
「腹が減っていると力がでないからな」

 もしかして……励まそうとしてくれているのかな?
 僕がネガティブな空気をまき散らしてしまったから、気をつかわせてしまったかな……ごめんなさい。

 貴久先輩が僕を呼んでいたから気になったはずなのに、何も聞かないでくれるのはありがたいな……。

「ふふっ、そんなに食べられませんよ」

 あー……やばい、ちょっと泣きそう。
 辛いときに優しくされると辛い。
 笑って誤魔化したけど、目に溜まった涙をなんとかしないとなあ。

「零! やっと会えた……何故湊が零といる?」
「!?」

 泣かないように誤魔化すことに集中していたら、いつの間にか貴久先輩が横に立っていた。
 あれ、ファンの壁は越えちゃったの?

 いつも穏やかに微笑んでいる貴久先輩が珍しく険しい顔をして会長を見ている。
 というか、今会長のことを名前で呼んだよね?
 知り合い? 
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