【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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誘誘

66.元社畜は瑕疵を緩和する

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 私は、ぱんと両手を叩いて音を鳴らした。さっきまでの剣呑な雰囲気を払拭して、にっこりと満面の笑顔を作る。

「はい。反省をしたなら、こういった人の意思を無視したやり方は、もう二度としないと誓ってください。あと、私は≪調律ヴォイシング≫はできないとは言いましたけど、妹さんの症状に対処できないとは言っていません」

 唐突な私の態度の落差に、ぽかんとキシュアルア君が口を広げた。

「……は!? はあああ!?」
「……恐れながら、何らかの方法で、アルアリア様の状態を緩和していただけると?」
「ええ。本来なら、国を介していただかないといけないんですけどね。私だって、目の前の弱っている人を、そのまま見過ごすような人間じゃないですよ。あ、勿論対価はいただきますからね。これは決まりなので」

 一応、私の身柄は国も預かり知るところなんだぞーということを、匂わせておく。
 私がふっと目元を和らげると、毒気を抜かれたらしいサーディーさんが、警戒をゆるゆると解いた。

「ただね、魔力疾患については、今症状を緩和するための体制を、国が確立している真っ最中なんです。噂に踊らされて物騒なことを仕出かす前に、しっかり情報収集してください」
「そ、そんな……」

 愕然としているようだが、正直完全にキシュアルア君の勇み足だったわけなんだよ、今回は。
 確かに、付与調律師ヴォイサーを頼るのが、一番手っ取り早いっちゃ早いし、魔力疾患は不治と言われているくらいだから、藁にもすがりたい気持ちは、わからないでもないんだけどね。

 魔石での治験だって、数か月かけて経過をみないと、どんな影響が出るかわからない。今は、それでもいいと協力をしてくれる人に対して、処置を行い対応しているところだ。
 これで大きな問題が生じなければ、来年にでも各地に普及していくだろう。

 室内に漂っていた気まずい沈黙を破るように、コンコンとノックが響く。このタイミングで何事かと思えば、返事を待たずして勝手にドアが開いた。
 顔を覗かせたのは、ディランさんだった。

「どうやら、上手くまとめたようだねえ。はい、これ。必要でしょ?」
「憎らしいくらいタイミングが良い……」

 ディランさんは、どこからともなく奪われていた私の収納鞄アイテムボックスを掲げた。見つけてきてくれたんだ!
 そうそう、これ大事なんですよ。エアスケーターも入ってるし、天魔石も仕込んだままだし、戻ってきてよかった。

 ノーエン伯爵家側の人たちは、怪訝そうに眉を顰めている。
 一介の侍従だと思われる人物が、勝手に主の娘の部屋に入ってきて、私と親し気にしていれば、そりゃあ不信感満載だよね。

「ビリー? お前、勝手に何を……」
「ま、まあまあ、細かい話は、まず妹さんに処置をしてからにしましょう」

 ああ、やっぱりスキルを看破した私以外には、ディランさんはディランさんではなく映るのだな。
 ディランさんの正体が割れると、それはそれで面倒臭そうなので、私は適当に誤魔化しつつ、鞄の中から魔石を取り出した。
 治験に参加してくれた魔力過多のご令息からいただいた魔力を、数週間馴染ませたものだ。
 いくつか石は常備しているのだけれども、属性はアルアリアさんに合わせて水を選択している。
 治療に使う魔石は、同属性同士のほうが相性が良い。もちろん、魔石パァンの経験からの結論だ。粉々にしまくったのが、まさかこういうところで活かされるとはなあ。

「お待ちくださいな、付与調律師様」
「はい?」
「まずは貴女のお名前を教えてください。私はノーエン伯爵家が長女、アルアリアと申します。この度は兄が大変なご迷惑をおかけして、まことに申し訳ございません。それでも、私の症状を改善してくれるためにご尽力いただけること、心より感謝いたします」

 アルアリアさんはベッドにいて申し訳ないと言いつつ、丁寧に頭を下げてくれた。
 そういえば、お互い名乗ってなかったな。
 私はディランさんから情報をもらっているってことがばれないように、アルアリアさんをあえて「妹さん」と呼んで素知らぬふりをしていたのだけれども。

「これは失礼しました。私はカナメと申します。ヴェルガーの森に住む魔女の家の居候です」
「まあ、薬の魔女様の」

 おお、リオナさんが知られていて、ちょっと嬉しくなるね。森近隣の土地では、やはり善き隣人として有名だね。これが遠方になると、魔女の一角として恐れられているらしいけど。
 私とアルアリアさんの挨拶に続いて、はっとなって顔を青褪めさせたキシュアルア君とサーディーさんが、頭を深々と下げた。

「……カナメ様。改めて、俺はノーエン伯爵家嫡男、キシュアルアと申します。俺の早とちりで、失礼な言動をしてしまい申し訳ございません! 数々の非礼、お詫びします!」
「キシュアルア様とアルアリア様の従者で、エラ男爵家次男のサーディーと申します。手荒な真似をして、本当に申し訳ございませんでした」
「……お2人からの謝罪を受け入れます。ただ、アルアリアさんを想う気持ちはわからなくもありませんが、平民だろうが貴族だろうが、誘拐という手段は褒められたものじゃないですからね」
「肝に銘じます……」

 キシュアルア君もサーディさんもは、当然ながら罰が悪そうだ。しょんぼりと肩を落としている。キャンキャンと噛み付いてきたワンコみたいな虚勢は、すっかり也を潜めてしまった。
 でも、自分の非をきちんと認めて、心から謝ってくれているなら、私も特に責めるつもりもない。お腹の痛みも、水に流しましょう。

 まあ、誘拐そのものは悪手だけれども、少なくとも屋敷での扱いは丁寧だったからね。
 これで扱いが悪かったら、私以上にディランさんがキレてたんじゃないかなあと思わなくもなく。
 隣を伺えば、ディランさんがうっそりと酷薄な笑みを浮かべながら、私の耳元に「キミ、お人好しだねえ」と囁いてきた。こわやこわや。

 私はベッドの傍らにしゃがみこむと、アルアリアさんの掌に魔石を一つ握らせた。視た感じ、そこまで魔力量は大きくないので、慎重にやらないと。
 レオニード殿下に対しては雑だった?あの子の魔力量と比べてはいけない。

「あの、魔石はお高いのでは……」
「これは人工魔石と言って、付与魔法エンチャントで無属性の魔石から作り上げたものを活用しています。ぐんとコストが下がっているんですよ。それに、魔力過多の方より融通してもらった魔力を活用しているだけですから、遠慮はせず」
「はぁ……」
「アルアリアさんが雷属性だったら、とあるべらぼうに高貴な方の魔力を、お渡ししていたんですけどねえ」
「ひっ……! そ、そんな、不敬な……」

 冗談交じりで言ったら、アルアリアさんに本気で蒼褪められてしまった。
 うーん、魔力には王家も貴族も平民も違いはないのだけれども、やっぱり上の身分の方だと気後れしちゃうか。

「ただ、私が今、対価と引き換えにお渡しできる魔石の数には限界がありますので、後は自分たちで調達してくださいね。さあ、ゆっくり、この魔石から魔力を取り込んでみてください。私が声をかけていきますので、ちょっとずつ、ちょっとずつですよ。体調悪くなっちゃいますからね」
「はい……行きます」
「そうそう、上手です、そんな感じで。やり方を覚えてください」

 掌を伝って、アルアリアさんの中に水の魔力が流れていく。浸透の進みは遅々としたものだけれども、ぽたぽたと漏斗を伝う雫のように器が満たされていく。じっくり時間をかけて魔力を取り込んでいくほうが、より身体に影響が出にくいのだ。

 大体30分くらいかけて慎重に魔力を注入し、アルアリアさんの魔力が半分くらいになったところでストップする。
 穴が開いているので徐々に魔力は減っていってしまうものの、これなら1日くらいは持つだろう。

「調子はどうです?」
「良いです……。え、嘘、身体がこんなに楽に……」

 固唾を呑んでいた空気が、その一言でほっと緩んだ。
 アルアリアさんは、自分の身体を呆然と眺めている。うん、体温も上がったみたいで、顔色も見違えるほど良くなった。

「生きるだけの必要最低限の魔力しか、アルアリアさんにはなかったですからね。それをこうやって毎日魔石で補っていけば、無茶はできませんけれども、ベッドに縛り付けられることなく、もう少し快適に日常を送れるようになりますよ。≪調律≫で完治させたい場合は、国に申請を出してください。時間と費用はかかっちゃいますけど」
「アリア!! よか、良かった……!」
「兄様!」

 双子は、涙ながらにお互いを抱きしめ合っている。
 誘拐なんて羽目に陥ったけれども、やっぱり喜んでもらえると素直に良かったなあって思える。

「ありがとう、ありがとう、カナメ様」
「ありがとうございます、カナメ様」
「お嬢様をお救いくださり、ありがとうございます」

 とはいえ、こうやって感涙にむせばれてしまうと、ちょっと照れるね。

 心配なのは、この誘拐のち大団円エンド状態を、どうやってノーエン伯爵様ご本人に伝えるかってところだろうけれども。
 私としては、無事だったわけだし特に沙汰を出すつもりもないので、しっかり叱られてください。

 小粒の魔石のタンクは、残り半分くらいだから、1日1回、同じ要領で魔力を補給すればいい。わかりやすい。
 手持ちの水魔石の残り2つを手渡しながら、私は懇切丁寧に魔石の扱いについて、言い含めるように説明をする。一歩間違えると、暴走の恐れもあるからね。

 ついでに、魔石はギルドで手に入るとか、魔力が回復するからとマナポーションを使用するのはやめたほうがいいとか、できれば魔力測定の魔道具の補助があったほうが確実だとか、あれこれ老婆心的にアドバイスをしてしまった。
 これでもかと頷きながら聞くキシュアルア君の迂闊さが心配だけれども、サーディーさんがきちんとメモを取ってくれているから、大丈夫だと思いたい。

 そんなことをしている間に、くう、とアルアリアさんのお腹が切ない悲鳴を上げた。
 魔力が補充されて、食欲も増したのだろう。
 本人は真っ赤になって恥ずかしがっているけれども、良い傾向だ。

「ああ、アリア、食事をとれそうか? なら、料理長に言って準備を……」
「あ、もしよろしければ、私に一品作らせてもらえます?」

 私は、はいと手を挙げた。
 だいぶ体調が良くなったとはいえ、長らくの療養生活で、アルアリアさんはふらふらしている。
 ここまでお付き合いしたのなら、もうちょっとくらい手を貸してあげたっていいよね。他の治療者にも、お出ししてあげているわけだし。

「……カナメ様が?」
「ええ。ポーション代わりに、ちょっとだけ元気が出るスープを少々作れるので。アルアリアさんは、かぼちゃはお好きです?」





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