1 / 29
聖女への勧誘①
しおりを挟む「ねえ、君。聖女になってみないか?」
「……は!?」
私のあげた素っ頓狂な声にも動じす、唐突な勧誘をしてきた目の前の美丈夫は、真意の読めない碧い瞳をにっと細めた。
――そもそも、聖女ってそんなに簡単になれるものなんですか!?
* * *
ふわりと暖かく柔らかな風が、長い黒髪を揺らす。長く雪で白んでいた大地も、雪解けからこっち緑の恵みを見せている。息を吸い込めば、若く青い草木の匂いが鼻を掠めた。上着を着用しなくても充分な陽気に、自然と私の心も弾んでしまう。
「うーん、良い天気ね!」
「ユユ姉様、天気が良いからって、いつまでも薬草取りに夢中になっていたらダメだからね。早く帰ってきてよ?」
「もう、大丈夫よ。グレイアったら心配性ね!」
「そういって、この間夕方まで木陰で寝こけていたの、誰だっけ。リルル、くれぐれも頼んだよ?」
弟の呆れ声を尻目に、あははと誤魔化すように笑って、私は鎧に足をかけひょいと愛馬に乗る。葦毛のリルルが、任せておけとばかりにブルンと小さく鼻を鳴らした。
パシリと鞭を入れれば、リルルは軽快に走り始める。普段よりも高い馬上からの景色は、私のお気に入りだ。
風を切って駆ける傍ら、民たちが田畑を営む様子が視界に飛び込んでは流れていく。小さな領地だから、領民たちは私に気づくと、笑顔で手を振ってくれる。私はそれに応じながら、先を急いだ。
ここは、辺境伯領に隣接するブルーマロウ子爵領。それなりに古くから在る貴族の家系で、眉唾ものだけど遡れば聖女を祖にしているとか何だとか。ただし、御大層な由緒はあれども、金はない貧乏子爵家だ。
私はその娘、ユユア・ブルーマロウという。17歳になった。
通っていた王都の学園をわずか半年程で辞めざるを得なくなり、私は今、治癒師見習いとして領地の治療院とお隣の辺境伯騎士団を行ったり来たりしながら働いている。
というのも、私が貴族学校に通い始めた直後に、領地が大規模な嵐に見舞われたからだ。災害は領内に深い爪痕を残し、未だ復興の最中にある。
売れるものは売って足しにしろとばかりに私財を投入して各地の救援に奔走したため、我が家は没落寸前なところをギリギリで維持している。王家と、懇意にしている辺境伯領からの迅速な災害支援もあり、そこそこの借金でどうにかなったことだけが唯一の救いかもしれない。
あれから一年半。川の氾濫によってダメになった田畑も、どうにか種を撒けるまでに回復し、暗かった領民たちの顔にも徐々に明るさが戻っている。何よりそれが嬉しくて、私は目を細めた。生活は苦しくなってしまったけれども、あの時の父の判断は間違っていなかったと、胸を張って言える。
まあ、私の学園生活やデビュタントが流れて、社交が疎かになっているのが痛くはあるが、このまま順調に領地が持ち直せば弟の代で何とかしてくれるだろう。私よりも弟の方がしっかりしている。
それに、どうやら私は堅苦しい貴族よりも、治癒師という今の立場が性に合っているようなのだ。
しばらく愛馬を走らせると、辺境伯領寄りにある森に到着した。馬を木に繋いで、私は森の中へと足を踏み入れる。奥に自生する薬草が、麻痺薬の原料の一つになるので、時折休日に気分転換がてら摘みに来るのも私の仕事のうちだ。
鬱蒼とした印象の森だが、差し込む木漏れ日は眩しく、昼間であれば視界は開けている。幼い頃から父に連れられ遊び、慣れ親しんでいる場所だから、迷うべくもない。
お隣の辺境伯領の騎士たちの仕事もあってか、ブルーマロウ領は魔物の出現も滅多にない。仮にも貴族のお嬢様である私が護衛もつれず呑気に一人でほっつき歩いていられる程、平和な場所である。
――はずだったのだが。
不意に、どんと爆発にも似た音が静寂を破り、私ははっと辺りを振り仰いだ。
「何……?」
よくよく耳を澄ますと、ビリビリと肌を震わせる程の苦悶の咆哮が響き渡る。その後、森は何事もなかったかのように静けさを取り戻した。
音の大きさからして、多分そこまで遠くない位置で魔物との戦闘があったはずだ。方角に当たりをつけ、私はその場を駆け出した。
周囲を見回しながら走っていくと、やがてぽっかりと開けた場所に出た。木々があちこち無惨に倒れ、所々焼け焦げているようで焦げ臭い。地面はでこぼこに穴が開き、岩や石が散乱している。戦闘による痛ましさが窺えた。被害は、辺境伯領の方から続いている。
その中心には、血溜まりの中倒れ伏す、大きな魔物の遺骸。頭部は獅子、胴に山羊、蛇の尾を持つそれは、Aランク討伐対象として名を馳せている凶悪なものだ。
「キマイラ……!」
ぞっと、血の気が引く思いがした。
嘘でしょう。こんな人里近くに気軽に出没する魔物ではない。討伐隊を組み、数人がかりで倒さねばならぬほど、厄介な存在だ。
だが、その割に傭兵や騎士たちの姿は見受けられない。最悪の状況を考えてしまい、慌てて周囲を見回すと、キマイラの影になっていて気づかなかったが、奥の木の下に人が一人、もたれて倒れているではないか。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄ってみれば、魔法師のローブを身にまとったその人物は、腹部から血を流しながら意識を失っている。キマイラの鋭い爪にやられたか。
「ど、どうしよう……」
早く手当てをしなければ、このまま失血死まっしぐらだ。このレベルの傷をふさげるポーションは中級以上で、散歩気分で暢気に森へとやってきた私には持ち合わせなどあるわけがない。思わずごくりと息をのんだ。
迷っている暇はなかった。私がやるしかないのだ。
己の掌を、魔法師さんの患部へ添える。
「偉大なる女神ウィルキオラの恩寵のひとかけを彼の者に。《治癒》!」
柔らかく、暖かな黄金の光が、魔法師さんの傷を包み込んで。すっと、自分の身体の中からごっそりと魔力を持っていかれる感覚に襲われる。傷が深いからか、少し時間がかかりそうだ。私は、じっくり治療を施した。
「ふう……これで大丈夫だと思うけど……」
失敬して、着ていたローブを開き、血でぺたりと肌にはりつくシャツをまくり上げはだけさせると、傷はきちんとふさがっていた。さすがに失った血についてはどうにもならないが、これでもう大丈夫だろう。
「よかった……上手くいった……」
私は、額に滲んだ汗を拭い、ほっと胸を撫でおろした。
薬の知識もまだまだな私が、治癒師としてどうにか働けているのは、この身に宿った光魔法のおかげだった。ただ、魔力に乏しいので、治癒できる範囲は限られる。欠損部を生やすなんてことはできない。加えて、効果にムラがあるというポンコツっぷりなのである。自分で言っていて泣けてきたが、それでもこの人を助けられて、本当によかった。
血まみれになった掌を、持参していた水筒の水で洗い流しつつ、魔法師さんの様子を窺う。
慌しくローブをはいだせいか、気が付けば一緒にフードもまくれていて、彼の相貌が露わになっていた。年の頃は二十五くらいだろうか。青白い肌の上に、長い金色の髪が零れ落ちる。品のあるその顔は、思わず目を引き付けられるたいそうな美丈夫で、私は息を飲んだ。綺麗な人だ。いや、でもどこかで見たことがあるような気が……。
「う……」
まじまじと顔を覗き込みながら、どこで見たのだったかと記憶を探っていると、かすかな呻き声とともに、魔法師さんの瞳がゆるりと開く。吸い込まれそうな青緑色をした瞳は、深い海を思わせる透明さをもって焦点を結んだ。
「聖、女……?」
10
あなたにおすすめの小説
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました
廻り
恋愛
幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。
王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。
恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。
「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」
幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。
ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。
幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――
神龍の巫女 ~聖女としてがんばってた私が突然、追放されました~ 嫌がらせでリストラ → でも隣国でステキな王子様と出会ったんだ
マナシロカナタ✨ねこたま✨GCN文庫
恋愛
聖女『神龍の巫女』として神龍国家シェンロンで頑張っていたクレアは、しかしある日突然、公爵令嬢バーバラの嫌がらせでリストラされてしまう。
さらに国まで追放されたクレアは、失意の中、隣国ブリスタニア王国へと旅立った。
旅の途中で魔獣キングウルフに襲われたクレアは、助けに入った第3王子ライオネル・ブリスタニアと運命的な出会いを果たす。
「ふぇぇ!? わたしこれからどうなっちゃうの!?」
ちっちゃくて可愛いものがお好きですか。そうですかそうですか。もう十分わかったので放してもらっていいですか。
南田 此仁
恋愛
ブラック企業を飛び出すように退職した日菜(ヒナ)は、家で一人祝杯を上げていた――はずなのに。
不意に落ちたペンダントトップへと手を伸ばし、気がつけばまったく見知らぬ場所にいた。
周囲を取り巻く巨大なぬいぐるみたち。
巨大化したペンダントトップ。
あれ?
もしかして私、ちっちゃくなっちゃった――!?
……なーんてね。夢でしょ、夢!
と思って過ごしていたものの、一向に目が覚める気配はなく。
空腹感も尿意もある異様にリアルな夢のなか、鬼のような形相の家主から隠れてドールハウスで暮らしてみたり、仮眠中の家主にこっそりと触れてみたり。
姿を見られたが最後、可愛いもの好きの家主からの溺愛が止まりません……!?
■一話 800~1000文字ほど
■濡れ場は後半、※マーク付き
■ご感想いただけるととっても嬉しいです( *´艸`)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
破滅フラグから逃げたくて引きこもり聖女になったのに「たぶんこれも破滅ルートですよね?」
氷雨そら
恋愛
「どうしてよりによって、18歳で破滅する悪役令嬢に生まれてしまったのかしら」
こうなったら引きこもってフラグ回避に全力を尽くす!
そう決意したリアナは、聖女候補という肩書きを使って世界樹の塔に引きこもっていた。そしていつしか、聖女と呼ばれるように……。
うまくいっていると思っていたのに、呪いに倒れた聖騎士様を見過ごすことができなくて肩代わりしたのは「18歳までしか生きられない呪い」
これまさか、悪役令嬢の隠し破滅フラグ?!
18歳の破滅ルートに足を踏み入れてしまった悪役令嬢が聖騎士と攻略対象のはずの兄に溺愛されるところから物語は動き出す。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】完全無欠の悪女様~悪役ムーブでわがまま人生謳歌します~
藍上イオタ
恋愛
「完全無欠の悪女、デステージョに転生してる!?」
家族に搾取され過労で死んだ私が目を覚ますと、WEB漫画世界に転生していた。
「悪女上等よ! 悪の力で、バッドエンドを全力回避!」
前世と違い、地位もお金もあり美しい公爵令嬢となった私は、その力で大好きなヒロインをハッピーエンドに導きつつ、自分のバッドエンドを回避することを誓う。
婚約破棄を回避するためヒーローとの婚約を回避しつつ、断罪にそなえ富を蓄えようと企むデステージョだが……。
不仲だったはずの兄の様子がおかしくない?
ヒロインの様子もおかしくない?
敵の魔導師が従者になった!?
自称『完全無欠の悪女』がバッドエンドを回避して、ヒロインを幸せに導くことはできるのか――。
「小説化になろう」「カクヨム」でも連載しています。
完結まで毎日更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる