ろくぶんのいち聖女~仮初聖女は王弟殿下のお気に入り~

綴つづか

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聖女への勧誘②

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「いえ、違います。どうやら意識が混濁していますね!? さあ、これを飲んでください」
「うぐ」

 ウェストポーチから取り出した手持ちの低級ポーションを、魔法師さんの口元へと運んで飲ませる。単純な回復であれば、これで充分だろう。
 ごほごほ咳き込みつつも(決して無理矢理瓶を突っ込んだからではないはずだ)、身を起こせる程度には復調したらしい魔法師さんから視線を向けられる。

「君、は……?」
「私は当子爵領の長女、ユユア・ブルーマロウと申します。貴方がこちらで倒れていたのをたまたま発見したので、僭越ながら私が対応をさせていただきました」
「……ああ、そうだ。くそ、最後の最後で急にヤツの動きがおかしくなったから油断した! キマイラは!?」
「私が来た時には、息絶えてそこに。他の討伐隊の方はいらっしゃいませんか? もし怪我人がいるなら手当を……」
「いや、ヤツは僕一人で屠った」
「一人で……」

 キマイラの遺骸を確認して、魔法師さんは安堵に息を吐きだした。どうやら、私が聞いた轟音のタイミングで相打ちとなったらしい。

「怪我は……光魔法、か? って、これは……随分と珍しい属性を持っているな」

 治療痕に手を這わせ、魔法師さんはまじまじと傷の失せた己の腹を見ている。魔力の残滓を追ったのか。キマイラ単独討伐といい、ポーションでなく魔法による回復だと判断したところといい、相当の手練れだと伺える。

「それに、その髪」
「……黒髪は確かに珍しいですけど、全くいないというわけではありませんし」

 奇異の瞳でじろじろと眺められ、むっと私は唇を尖らせた。確かに、私の黒髪は、国全体からすると滅多にお目にかかれない色だ。
 赤毛の父、金髪の母、金髪の弟、そして黒髪の私。母の不貞を疑われなかったのは、この領地には昔から「領主家に生まれる黒髪の子女は、幸運を呼び込む」という言い伝えが残るからだ。何代か前にも、隔世遺伝によるものか、黒髪の女子は生まれていたらしい。実際に幸運を呼び込んでいるかは定かではないが、おかげで私は領民からも懇切大事にされているし、家族仲も良好である。まあ、家族に似ず、暗い色味のせいで地味な身形の自分がちょっと切ないっていうだけで。

「そうではなく……いや、助けてもらったのに無粋なことを言ったな。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「ふむ。それにしても、貴重な属性を持つご令嬢か。これは興味深い」
「光魔法を使えると言っても……私に大した魔力はないので」
「君に魔力がない、と? ……んん? そういえば、こちらに向かうにつれ、魔物が……。しかし、それでは……」
「な、なんですか」

 ぶつぶつと何事かを呟きながら、魔法師さんはぐるぐると私の周りを回る。先ほど以上に好奇をはらむ視線をもって、上から下から正面から背後から、つぶさに観察してくる。何故そんなに目をキラキラと輝かせているのだ。美形の圧になど慣れていないので、正直居心地が悪いし恥ずかしい。自然と頬に熱が上ってきてしまう。
 そんな私の戸惑いなど露知らず、魔法師さんの節くれだった指先が、くいと顎にかかって。強制的に顔を向き合わされ、彼の碧い瞳の奥に、地味な私の姿が映る。

「ひぇ……」
「君はもしかして……」

 言葉はそこで途切れた。奥からかすかに誰かを呼ぶ声が耳に届いたからだ。
 我に返って魔法師さんの緩やかな拘束から距離を取り、何事かとそちらに目を向ける。すると、魔物による蹂躙の痕を追い走ってくる二つの影が見えた。騎士だろうか。がしゃがしゃと軽鎧のこすれる金属音も聞こえる。
 彼らは魔法師さんを見つけると、一目散にこちらに駆け寄ってきた。

「ルクス殿下! ご無事で本当によかった!! 一人で囮役を買って出るなど、やめてくださいとあれほど……!!」
「あああ、殿下、ローブが血まみれのボロボロじゃないですか!!」
「うるさい、クロードにディディエ。どうにかなったのだから、いいではないか」
「それは結果論にすぎません、殿下」
「殿下がいくら強かろうが、本来守られる側の人間が、護衛を振り切るなんて正気の沙汰じゃありませんからね!」
「いや、悪いとは思っているが、あの状況ではさすがに仕方ないだろう。ほら、こうしてきっちり倒しているんだし」

 詰め寄り興奮も露わな騎士様たちとは裏腹に、魔法師さんはのほほんとした様子で、憤慨する彼らをどうどうと窘めている。
 だが、待ってほしい。聞き捨てならない単語が、先ほどからぽんぽんと耳を掠めている。

「……でんか?」

 ぽかんと間抜けな声を上げる私に、魔法師さんはにっと不敵な笑みを浮かべた。



「ああ、名乗るのを忘れていたな、ご令嬢。僕は、ルクス・スローン・ノルンディード。この国の王弟などというものをやっている」



「おうていでんか」

 最初に脳裏に浮かんだ言葉は、「やらかした」だった。いや、ギルドに登録する冒険者の割には随分と高貴な感じがしたし、手触りの良い高そうなローブ着ているなとは思っていたのだけれども。
 道理でどこかで見たような記憶があるはずだ。半年前、学園の入学式で国王陛下の代理として訪れた彼を私は見ていた。

 ルクス・スローン・ノルンディード。それは、陛下の年の離れた弟で、この国の継承権第三位を持つ王族の一人。5つの属性をその身に宿す魔法の申し子、最強とも変人とも魔法狂いとも呼ばれる魔法師の名。
 夜会にも出ず自らの研究室に引きこもっていると専らの噂の彼が、何故こんな片田舎にいるのだ。
 私は慌ててその場から数歩引き、丁寧に膝を折り臣下の礼を取った。カーテシーは無理だ。こちとら動きやすさ重視の乗馬服である。

「王弟殿下とは知らず、た、大変、失礼を……」
「なに、命の恩人に向かって、不敬を問うたりしないさ。楽にしてくれ」
「待ってください。殿下、命の恩人とはどういうことです!? もしかして、ローブの血は、返り血ではないのですか!?」
「あっ、しまった!!」

 ばふ、と唇に掌を当てて眉根を下げるルクス殿下は、どこかお茶目で気さくだ。彼に先ほどから食ってかかっている彼らは、胸元に国家の象徴である鷲と百合の紋章を刻んだ白銀の鎧を身に着けている。近衛騎士団の一員であり、ルクス殿下の護衛だろう。
 とはいえ、パワーバランスがおかしすぎやしないか。何故、こんなにも彼らに怒られているのだろうこの王族は。飄々とかわして、取り付く島もないけれども。

「……とにかく、詳しいことは後できっちりお伺いするとして、まずはこの場をどうにかいたしましょう。ご令嬢がいるのに、悠長に話をするような場所ではございません」
「それもそうだ」

 きっちりの部分に物凄い力が入っていたので、この人たちは振り回されているのだろうなあと、ちょっとだけ同情心が湧いた。

「それにしても、手頃な素材が手に入った。ちょうどキマイラの尾が欲しかったんだよね」

 死にかけたというのにほくほくした笑みを浮かべながら、ルクス殿下はローブの内側に仕込んでいたバッグを取り出すと、キマイラの死体に向けて口を開ける。すると、あれだけ大きな遺骸にもかかわらず、あっという間にバッグの中に取り込まれていった。空間拡張魔法のかかった収納鞄だ。便利なので私も喉から手が出るほど欲しいのだが、その分大変値の張る魔道具なのでおいそれと使えるものでもない。
 ルクス殿下は《清掃クリーン》の魔法をあたり一帯にかけ、死臭や血痕を跡形もなく綺麗にしていく。もちろん人にも作用し、土埃まみれの私も、血まみれの殿下もさっぱりした。最後に土魔法で、でこぼこになった大地を均していく。手際が良い。さすがに折れた木々まではどうにもならないが、キマイラによる被害にしてはかなり少ないといっていい。

「こんなところかな。ディディエ、被害状況について二アール辺境伯と取りまとめを。念のため、ブルーマロウ子爵にも伝令を出しておいてくれ」
「はっ。かしこまりました」

 ディディエと呼ばれた茶髪の護衛の片割れは、命を受けて元来た道を戻っていく。
 それを見送ったルクス殿下は、くるりと身を翻し私を見た。酷く、愉しげな表情で。

「さて、と。待たせてすまないな、ユユア嬢。大変世話になったね。そして、世話になったついでに、僕から申し出たいことがある」
「はぁ……?」

 申し出とは一体何だろう。私は小首を傾げた。ただでさえおいそれと会話ができるような間柄でもないし、そろそろ薬草摘みに戻りたい。とは、さすがに口が裂けても言えやしない。
 ああ、もしかして、命を救った褒賞とかだろうか。それだったら、借金返済の足しになるし、ありがたいのだけれども。
 しかし、私の内心にひっそり浮かんだ期待とは裏腹に、ルクス殿下はどうしてそうなったといわんばかりの突拍子もない提案を投げかけてきたのだ。


「ねえ、君。聖女になってみないか?」
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