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「ど、して……泰史さんが、来てたんで、すか?」

 俺は嗚咽でまともに喋れない中、時雨さんを涙に濡れた瞳で見つめる。

「泰史がね、僕とヨリを戻したいって言いに来たんだ。今、フリーらしくて、この間、僕と再会したら情が戻ったって」

 その言葉を聞いて俺はしゃくりあげるように泣いた。
 時雨さんは泰史さんの元へ戻ってしまうんだろうって思って。

「時雨、さ、戻りたいって、思って、るんですか?」

 そう言うと時雨さんが座席から立ち上がって俺をぎゅっと抱きしめた。
 まるで初診のあの日の様に。

「そんなの、断ったに決まってるでしょう? 僕が好きなのは春だけだ。それとも春は、こんなおじさん嫌かな?」

 俺は時雨さんの腕の中でブンブンと頭を横に振った。

「俺は、しぐ、れさんと居たい。泰史さんと……元に戻らないで、時雨、さ……」

 時雨さんが俺の後頭部をグッと肩口に抱き寄せた。
 そのままフッと触れるだけの口付けを額に落とす。

「春、信用して? 僕は春を裏切らない。ここでね、初めて春を見て一目惚れしたのは本当だけど、浮気で裏切られたって聞いて他人事だとは思えなくて。だから春を好きになったんだ。そんな僕が、春を裏切るようなことをすると思う?」

「時雨さん……」

 すると時雨さんが席に戻って「八神やがみさん」と呼んだ。

「え?」

「夜は眠れてる?」

 突然医者と患者モードになってしまった時雨さんに俺は何事だろうと思う。
 夜に眠れてるかなんて、時雨さんが一番知っているくせに。

「眠れてます」

「もう眠剤はいらないかな?」

 クスっと時雨さんが笑う。

「愛してる人が……愛している人が一緒に眠ってくれているのでもう眠剤は要りません」

「愛してる人って?」

 俺は座席を立ちあがった。
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