上 下
7 / 9

しおりを挟む
 
  ”カッキィ~~ン!!”


  バッター、3年・キャプテン、笙野裕
  (隆の弟)のフルスイングした
  バッドが実にイイ音をたてて白球をかっ飛ばした。


  ここは、四条壬生学院の第2グラウンド。

  今日は、となり町の府立高校の野球部を招いて、
  本校野球部との練習試合が行われていた。
  
  尚、府立校・本校共に3年生はこの試合をもって
  引退となる。


  裕の打った白球は遥か彼方、
  グラウンドの外へと飛んでいった。

  相手チーム・ピッチャーの2年レジュラーは呆然。
  
  まさか、打たれるとは思ってもみなかったのだ。
  
  観衆が大歓声を送る中、裕は意気揚々と
  ベースを回る。

  一方打球の方はグラウンド沿いの道へ落ちて、
  2・3度バウンドすると向かいの民家の
  壁へ当たって道へ逆戻りして転がった。

  そのボールを拾い上げたのは、高そうなスーツを
  着こなした青年・鮫島 竜二 ――。

  拾い上げたボールを手に、
  さて何処から飛んできたのか? と
  辺りを見回していると――、
 

「―― すみませ~ん」


  近くの学校の裏門から小走りに出て来た生徒が声を
  かけてきたのが絢音だ。

  彼女は幼なじみの打ったホームランボールを
  彼の部活引退記念にしようと拾いにきたのだ。

  竜二は振り返って絢音を見て、何故かドキッとして
  立ち止まった。


「あ、あのぉ ―― ボール、投げてもらえます?」


  竜二は笑顔で答えた。


「あ? あぁ、もちろん」


  と、手元のボールを絢音に放ってから。


「ソレはキミが打ったの?」

「いえ、友達です」


  何となく絢音は竜二が自分を妙に長く見つめている
  ような気がした。

  私の顔に何かついてるのかな――?

  『バー・ノアール』のトイレでこの男と行きずりの
  セックスをした事などキレイさっぱり忘れている
  絢音は竜二にペコリと頭を下げるとクルリ背を向け
  裏門へ走って戻っていく。

  門を入る時チラリと見ると、竜二は足早に路肩へ
  停めてある車の方へ行ってしまった。

  何となくがっかりした。

  もちろん絢音は竜二とその後とんでもない
  係わり合い方をするとは、この時知る由もなかった。



 ***  ***  ***




  試合の結果は 10 - 3 で、相手チームの
  圧倒的勝利で終わった。
  
  監督からは 
  『コールドゲームにならなかっただけでも
   大したもんだ』
  等と、何とも締りのない慰めをかけられ、
  後輩たちが引き払った後の部室に残った
  キャプテン笙野他・3年生部員らは
  なんとも言えない虚無感に包まれ、意気消沈。

  今まで、特にコレといった自慢の戦績は挙げられ
  なかったが、引退試合くらいは! と、
  結構意気込んでいたのだ。


  キャプテンとして仲間達の最後の健闘を称え、
  喝を入れてから帰路に着く。
  
  通学路の途中にある小さな公園に絢音が
  待っていて ――。
  
  
「―― あ、先に帰ってても良かったのに」

「あ、やっぱり、迷惑だった?」
 
「いいや、とんでもない……じゃ、帰ろっか」

「うん」


  2人(絢音と裕)は、並んで歩き出した。   

  付かず離れずの距離で後方から朋也と西島の
  乗った護衛車が続く。
  

  
「あ、えっと……試合、残念だったね」

「ん、あぁ、まぁ、な ―― 最後くらいは、
 カッコよくキメて、ほら ”有終の美” ってやつ?
 飾りたかったけど、今のあいつらじゃアレが限界
 だったのかも知れない」
 
「そっかぁ……けど、皆んな頑張ったよ」
 
 
  こうやって、今日あった出来事とかの事を中心に
  話しながら数分歩いていると、裕が兄と一緒に
  暮らしている府営団地についた。
  
  「じゃ、また明日学校で」と、手を振って別れる。
  
  いつもなら、そうなるハズだった。
  
  でも、今日は違った。
  
  歩を進めようとした絢音を裕が引き寄せ、
  抱きしめたのだ。
  
  突然の事で絢音はとっさに腕を思い切り突っ張らして
  裕と体をなるべく離した。
  
  
「……ごめん、しばらくこうしててくれ」

「でも、誰か来ちゃうよ」

「それでもいい」

「……どうしたの? 何か、変だよ、裕」

「……」


  裕の表情は、言いたい何かがあっても言い出せない
  といった感じで、辛そうに歪む。
  
  
「……ゆたか?」


  そんな辛さは語らずとも、肌の触れ合いや
  ちょっとした仕草からも十分感じ取れるもので。
  
  ましてや、兄の隆にカテキョをしてもらう以前から
  家族ぐるみの付き合いをしてきたから、
  裕が重大な何かを胸中に沈めかけていると
  分かった。      
  
     
「……話して? 私は何を聞いても驚かない」

「……本当に?」

「うん」

「……実は、俺、ゲイ、なんだ」

「えっ ―― (絶句)」


  その絢音の表情を見て、裕は堪らず吹き出した。
  
  
「プッ ―― もしかして、真に受けた?」

「あー、もうっ! 人が真剣に話してた時にっ」

「―― 出発、週明けになった」

「……??」

「……母さんがさ、ちょうど向こうの学校は
 9月が新学期だからいいタイミングだろうって」   
  
「……そう」

「って ―― たったそれだけ?」  
  
「じゃあ、大泣きして”行かないで”って縋れとでも?
 ……うちら、まだ、親の保護が必要な学生なんだから
 しょうがないじゃん。泣いたからって……」
 
 
  言っているうちに感情が昂ぶってきた絢音の瞳から
  大粒の涙がポロポロ溢れる ――。
  
  
「泣いてどうにかなるもんならいくらでも泣くよ。
 私だって裕と別れるの寂しいもん」
 
 
  その言葉を受けた裕は、何を考えたのか?
  
  絢音の手をしっかり握り締めたまま歩き出して、
  自宅のすぐ先にある角を曲がり国道の方へと
  歩みを進める。
  
  
「ゆ、ゆた ―― どこ、行くの?」

「ホテル。絢とヤりたくなった」


  絢音は再び絶句した。         


  それから数分後 ―― 裕が目指した場所は本当に
  ラブホだった。
  
  しかし、玄関に入る直前で絢音が踏みとどまった。
  
  
「……あや?」

「……」


  絢音は裕に握られていた手を強引に解いて、
  元来た国道をずんずん歩き、2人の自宅に近い
  河川敷についた所で止まった。
  
  
「やっぱり俺とじゃ、いや、か……絢は兄ちゃんが好き
 なんだもんな」

「え ―― っ、どうしてそれ……」

「そりゃ判るよ。俺ら、幾つの時から一緒だと
 思ってんの? 絢の視線の先にはいっつも
 兄ちゃんがいるんだもん。さすがの俺も、何度も
 諦めようって、思ったけど、無理やった……」

「諦めるってなに……」

「俺は絢、お前が好きだ。何時からなんて、分かんない
 くらいずっと前から」

「ふぅ~……けど、こんな土壇場になって告られた私は
 一体どうすりゃええん?」

「俺、兄ちゃんみたいにオトナの割りきった恋愛は
 出来んから、その気がないなら振ってくれた方がいい」

「けど、私がここでオッケーしたとしてもうちら、
 すぐ離ればなれになっちゃうんだよね」
 
 
  そう言って、裕の胸に顔を埋めるようにして
  大泣きする絢音。
  
  裕は、何がなんだか、訳がわからず、ただ、
  ヲタついてしまうばかりで……。
  
  
「……いいよ。でも、ラブホはいや」


  そう言われ、裕はやっと気が付いた。
  
  
「あ ―― ご、ごめん、俺ってば、
 全然気が付かなかった……じゃあ……あのさ、
 兄ちゃん日曜まで帰ってこないから……
 俺んちでいい?」
 
 
  絢音は、コクンと頷いた。          


「あ、けど、夜まで待ってくれる?」


  と言って、後方で影のように控える護衛車の
  方を見つつ、


「1度は帰らないとマズいの。何とかして家抜け出して
 来るから」

「わ、分かった……」

しおりを挟む

処理中です...