悪役令嬢の最強コーデ

ことのはおり

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3章

8. 過去の夢

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 地響きのような「マンドラゴルァ」の叫びが辺りをつんざく。

「ゴルアァッゴルアッゴルアッゴルアァァァァァッッ!!!!!」

 ほんの数秒前、ローズはしまった、と思った。
 シャーロットの傍に駆けた最後の一歩、ローズは足場の悪い地面に足を取られて、つまずいてしまったからである。そのときシャーロットの背中にぶつかった拍子に、左耳のイヤーマフがずれてしまったのだが、ローズはシャーロットの耳に彼女のイヤーマフをかぶせる方を優先した。そして自分の耳あてを当て直す時間は、もうなかった。

 ――間に合わない!
 
 ローズがそう観念した、そのとき。
 
<ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ、ぽ~~~~~~~~~~う!!>

 マンドラゴルァの叫びと共に、ローズの危機を察知した「ポポガーディアン」が発動した。
 左の耳飾りがはじけ飛び、ローズの着ている防護服から、何かがたくさん飛び出してくる。

<ぽうぽう!><ぽうぽう!><ぽうぽう!><ぽうぽう!>

 それは小さな小さな、ポポリスたちだった。正確には、ポポリスたちの幻影というべきか。口々に<ぽうぽう!>と叫びながら、ローズの周囲を飛び回って何か必死で作業をしている。その光景がとても可愛くて、ローズは遠のく意識の中、にっこりと微笑んだ。「ローズ様!」とシュリの呼ぶ声がしたが、返事もできずに、ローズは目を閉じた。


 ――チャリン、と、どこかで音がした。
 
 指から離れた100円玉硬貨が、床に落ちて転がってゆく。

「ああ……待って……ま、待って……」

 ローズ――いや、木下蕾きのしたつぼみは、100円玉を追いかけて、自販機の裏側へと潜り込んだ。

(ああ……私、夢を見ているのね)

 ローズはポティナが言っていたことを思い出した。

『ポポリスの血は “記憶の源泉を呼び覚ます” と言われているっぽ。結晶が霧散する際、ローズの記憶が刺激されて、一瞬過去の夢を見るはずっぽ。それはどんな夢かわからないぽ。不愉快な夢かもしれないぽ』

 過去の夢。正確には、前世の記憶。そう、これはローズが「木下蕾」だった頃の記憶。

 うん、覚えてる――ローズ+蕾は、心の中で頷いた。
 ここはパートとして入社した会社。今は休憩時間。本棟1階の通路脇の自販機で、蕾は飲み物を買おうとしていた。でも財布から取り出した100円玉を落としてしまい、自販機の裏側へと拾いに行った。その自販機は窓際に据えられていたため、窓の開閉ができるように裏側にスペースが空いていたのだ。しゃがみ込んで100円玉を探しているうち、人の気配が近付いてきて、蕾は息をひそめた。こんなところにいるのを知られたら、きっと変な目で見られるに違いない。彼らが通り過ぎるまでやり過ごそう、そう考えて。
  
「だからさぁ、千ちゃん、参加してくれよ。おまえが来るって知ったら、参加するって言う女の子も増えるだろうしさ。今のままだと圧倒的女子不足なわけ」

 数人の気配。男性だ。それらはおしゃべりしながら自販機の前で立ち止まった。小銭を入れる音。それと同時に、「千ちゃん」と呼ばれた男性の声がする。

「女の子なら工場棟の方に、まだ誘ってない子がいるじゃないか。山本さんに、鈴木さんに――それから、木下さん」

 ギクッと、蕾は自分の名前が話題に上ったことに恐怖を募らせた。そう、恐怖。男子たちが蕾の噂をするとき、それは間違いなく悪口だ。蕾にとって、男子――男性は恐怖の対象。蕾を毛嫌いし侮蔑の声を浴びせてくる、悪魔の眷属。

「木下さん?! あはは、おまえそれ本気?! ナイナイ、無いね!! あんな子誘ったら、女子のクオリティがめちゃ下がってテンションダダ落ちじゃねえか!」

 ――ホラ、悪口だ。
 慣れているとはいえ、蕾は気持ちが暗く沈んでいくのを止めることができなかった。この場から離れることもできず、自分の悪口を息をひそめて聞いているしかないなんて、みじめだ。そんな風に思って膝を抱える蕾の耳に、「千ちゃん」と呼ばれた男の声が響く。 

「どうしてさ? 木下さん、いい子だぞ? 若くて未婚だし、彼氏もいないみたいだぞ。合コンにはうってつけだろ。彼女を誘うなら、俺も出てもいいぞ?」

「えええええっ、マジかよおまえ!!」

 マジですか……どんな冗談ですか、それ。そう思いながら、自販機の裏側で、蕾はこれからどんなからかわれ方をするのか、更なる恐怖で身をすくめた。きっとこれはあれだ、一度持ち上げておいて奈落の底まで突き落とす展開だ、と。
 千ちゃん、と同僚に呼ばれている声の主は、「千宮司せんぐうじ まもる」に違いない。本棟に勤務している正社員の男性で、蕾より二つ上の28歳。わりと頻繁に、蕾が勤務している工場棟の方に顔を出すので面識はある。彼はイケメンな上に頭も良く、国立大学出身、英語はペラペラ、更に性格も良いと評判の人物で、社内の独身女性はみんな彼を落とそうとしているらしい。もちろん、男性恐怖症の蕾には関係ない話だ。
 その千宮司の声が、続けて聞こえてくる。

「何でそんなに驚くんだよ? 子熊みたいで可愛いじゃないか、彼女」

「こぐま?! ………………ああ、確かに、毛が多くてもじゃもじゃだよな。それに、2等身か3等身くらいのフォルムだよな、うん、そういう意味で子熊ならわかるぜ」

 この声の主は千宮司の同僚男性Aだ。蕾は彼の名前を覚えていないが、知っている。いつも蕾をゴミみたいな目で見てくる男だ。続けて同僚男性Bの声がしてくる。

「確かに彼女、黄色いクマのぬいぐるみみたいにトロいよなあ。でも可愛いは、無いだろ。悪いが千ちゃんおまえ、目がおかしいぞ。それともブス専か?!」

 ……ひどい。蕾は心の中で、ポツリとそう呟いた。
 泣きそうになりながら震えている蕾の耳に、再び千宮司の声が届く。

「おまえらなぁ……。女子の見た目にこだわり過ぎだ。女の子をアクセサリーか何かだと思ってるだろ」

「そりゃあ、連れて歩くなら可愛い子がいいに決まってるじゃんか! ブスと食事できるか?! まずくなるだろうが!!」

「それだからおまえ、彼女できないんだよ。おまえがミスしたとき、木下さんだけが毎日残業しておまえのミスをカバーしてくれたの、忘れたのか? 他の女の子連中はみんな、おまえに冷たい視線を投げかけて定時に帰ったってのに」

「そんなこと、あったっけ?」

「あった。あと、工場棟休憩室の観葉植物、あれが枯れずに今も活き活きしてるのは、木下さんが世話してるからだぞ。そうだ、休憩室といえば、ゴミの片付けも彼女がほぼ一人でしてる」

「ああ、そういえば木下さんが風邪で何日か休んだとき、あそこの休憩室のゴミ、めちゃあふれて悪臭漂ってたっけ。他の女子は見てみぬふりだったなあ」

「おまえもな。ゴミ出しは女の仕事と思ってるだろ」

「それよりさあ、さっきの話。頼むから誰か可愛い子を連れて来てくれよ~」

「おまえ、俺の話、全然聞いてねぇな」

「あははは、こいつに何言っても無駄だぞ」

 徐々に、数人の声が遠ざかってゆく。
 完全に声が聞こえなくなってからも、蕾は動けないでいた。

 千宮司護――彼は、見ていてくれたのだ。蕾がひそかに積んでいた善行を。気付く人がいるとは思ってもいなかった。蕾は始業時間より30分以上早く出勤して、休憩室の掃除や観葉植物の手入れをしていたのだから。みんなが出勤するころには終わらせて、目立たないようトイレに潜んでいたりしたのに。
 そういえば彼だけは、一度も蕾をからかったり避けたりしなかった。自ら蕾に話しかけてくることすらあった。そのたびに蕾は恐怖で声も出ず、頷いたり首を振ったりするのが精一杯で、すぐさま逃げるように走り去った。
 
 子熊みたいに「可愛い」……そんなこと、言われたことなかった。
 
 蕾の心の中で、嬉しさと共に、複雑な感情が渦巻いた。彼はいい人らしいが、それがなんだというのだろう、と。やがて千宮司は、彼に似合いの可愛くて優しい女性と結婚するだろう。そしてトントンと、当たり前の幸せな人生を歩んでゆくだろう。

 ――私とは、違う。

 そう思った蕾の心に、ズキンと鈍い痛みが広がった。
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