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3章
9. 千宮司護とシュリ
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「ローズ様!」
ローズは、ハッとして夢から覚めた。
膝をついたシュリに抱きかかえられ、至近距離で彼の瞳を捉えたローズは、なぜだか泣きたくなるほど「懐かしい」と感じた。それと同時に、千宮司のことが思い返される。さっきまで千宮司のことを夢で見ていたせいか、彼の面影がシュリの顔と重なった。
「せ……。シュリ……」
最初、千宮司さん、と呼びそうになったローズは、無意識にシュリの顔に手を伸ばした。彼はローズのその手を、しっかり握りしめた。
「ああ……ローズ様、良かった。どこか痛いところはありませんか?」
「……ええ。何ともないわ。大丈夫」
ローズがそう答えるのを聞いて、すぐ傍からシャーロットの涙混じりの声が聞こえてきた。
「ああ、良かった……ローズ様。ごめんなさい、本当にごめんなさい、私、私、イヤーマフのことをすっかり忘れてて……」
ああ、そうだった、とローズは思い出した。
フィリップもギルバートも心配そうにローズを見つめている。そしてシュリは、ローズが意識を取り戻したことに安堵しつつも、先程のショックを引きずっているようだった。唇をかみしめ、苦悩するかのように眉間に皺が寄っている。ローズはシュリに――そしてみんなに心配かけたことを申し訳なく思いながら、口を開いた。
「シュリ、みんな……心配かけて、ごめんなさい。私なら大丈夫。ポポガーディアンが守ってくれたから。……私、どれくらい気絶していたの?」
「………………」
沈黙するシュリに代って、シャーロットが答えた。
「そんなに長くないですよ。15秒か20秒か、それくらいです」
そうだったのか、とシュリが戸惑うように呟きながら溜息をついた。どうやら彼には永遠とも思えるほど長い時間に感じたらしい。
シュリはまだ不安を拭いきれない様子で、ローズに問いかけた。
「ローズ様、本当に大丈夫ですか? どこも何ともないですか?」
ローズはゆっくり立ち上がると、腕を振り回しながら言った。安心させるために、笑顔を見せて。
「何ともなくてよ。ホラ、元気いっぱいですわ!」
その様子を見て、やっとシュリは安堵の吐息をもらし、言った。
「良かった……。あなたに何かあったら、俺は自分を許さない」
シュリは切なげに眉を曇らせ、泣き笑いのような表情を見せた。
ローズの全身に甘い疼きが走り抜け、心臓が飛び跳ねる。その動揺を悟られないよう、ローズは焦って声を上げた。
「お、大げさですわ! そ、そうですわ、みんなは、どうでしたの? イヤーマフの装着は間に合って?」
おかげさまで、とフィリップたちは事なきを得たことをローズに告げた。
そういえば山賊どもはどうしたのだろう? そう思ってローズが辺りを見回すと、点々と、彼らの体が地面に転がっている。ローズの視線に気付き、シュリが説明してくれた。
「彼らは『マンドラゴルァ』の恫喝に硬直して気絶しています。丸一日は目を覚まさないでしょう」
「話には聞いていたが、すごい威力だな。軍事目的に使えそうじゃないか」
フィリップがそう言うのを聞いて、シュリは言葉を返した。
「そういう目的で使用されるのを避けるため、『マンドラゴルァ』は勇者など一部の者にしか見つけ出せないのかもしれませんね」
「なるほど! 確かに、誰でも使えれば犯罪に悪用されまくるだろうし、軍事利用されれば世界の均衡が崩れかねないな」
「ええ。この世界のメカニズムは上手く設計されていますよ……時々、感心するほどに」
あれ……と、ローズはそのシュリの表現に何か違和感を覚えた。でも違和感のはっきりした正体が見えてこず、何だか収まりが悪い。いったい何が、そんなに気にかかるのだろう……。ローズがそう思い悩んでいると、ギルバートがシュリに向かって声をかけた。
「シュリ、おまえ変わってるな。おっと、悪い意味で言ったんじゃないぜ。考え方が独創的というか、俯瞰的というか。ただの従僕とは思えないぞ……。身内に偉い学者でもいるんじゃないか?」
「ははっ……まさか。ただの知ったかぶりだ。あまり追及されるとボロが出そうだから、もう勘弁してくれ」
ローズはそのシュリの謙遜の仕方に、何か懐かしい親近感を覚えた。
「そういえば君、よく山賊の人数を正確に把握できたな。何か特殊な訓練でもしているのか?」
フィリップのその質問に、シュリは静かに答えた。
「いいえ。ただ常人より目も耳もよく……鼻が効くだけです」
「ははっ……確かにあいつら、ひどい悪臭を放っていたな。こいつらを牢屋にぶちこむ警備隊の連中が気の毒になってきたぜ」
ギルバートの言葉にフィリップは「違いない」と頷いたあと、元気よく言った。
「よし、それじゃあ、さっそく下山して、気の毒な兵士に奴らを回収するよう命じるか。無事に材料も手に入ったし、ついでに山賊退治もできて万々歳だな。あははははははっ! 今回の冒険は大成功じゃないか、よしっ、次も頑張るぞ!」
フィリップ王子のアホっぽい……じゃなくて朗らかな笑い声が響く中、一行は意気揚々と帰路についた。
――ただ、その道中、ローズはシュリに対して何かが引っかかっているような気がしてならず、落ち着かない気持ちで自身の胸の内を探っていた。でも答えは何一つ、出なかった。
ローズは、ハッとして夢から覚めた。
膝をついたシュリに抱きかかえられ、至近距離で彼の瞳を捉えたローズは、なぜだか泣きたくなるほど「懐かしい」と感じた。それと同時に、千宮司のことが思い返される。さっきまで千宮司のことを夢で見ていたせいか、彼の面影がシュリの顔と重なった。
「せ……。シュリ……」
最初、千宮司さん、と呼びそうになったローズは、無意識にシュリの顔に手を伸ばした。彼はローズのその手を、しっかり握りしめた。
「ああ……ローズ様、良かった。どこか痛いところはありませんか?」
「……ええ。何ともないわ。大丈夫」
ローズがそう答えるのを聞いて、すぐ傍からシャーロットの涙混じりの声が聞こえてきた。
「ああ、良かった……ローズ様。ごめんなさい、本当にごめんなさい、私、私、イヤーマフのことをすっかり忘れてて……」
ああ、そうだった、とローズは思い出した。
フィリップもギルバートも心配そうにローズを見つめている。そしてシュリは、ローズが意識を取り戻したことに安堵しつつも、先程のショックを引きずっているようだった。唇をかみしめ、苦悩するかのように眉間に皺が寄っている。ローズはシュリに――そしてみんなに心配かけたことを申し訳なく思いながら、口を開いた。
「シュリ、みんな……心配かけて、ごめんなさい。私なら大丈夫。ポポガーディアンが守ってくれたから。……私、どれくらい気絶していたの?」
「………………」
沈黙するシュリに代って、シャーロットが答えた。
「そんなに長くないですよ。15秒か20秒か、それくらいです」
そうだったのか、とシュリが戸惑うように呟きながら溜息をついた。どうやら彼には永遠とも思えるほど長い時間に感じたらしい。
シュリはまだ不安を拭いきれない様子で、ローズに問いかけた。
「ローズ様、本当に大丈夫ですか? どこも何ともないですか?」
ローズはゆっくり立ち上がると、腕を振り回しながら言った。安心させるために、笑顔を見せて。
「何ともなくてよ。ホラ、元気いっぱいですわ!」
その様子を見て、やっとシュリは安堵の吐息をもらし、言った。
「良かった……。あなたに何かあったら、俺は自分を許さない」
シュリは切なげに眉を曇らせ、泣き笑いのような表情を見せた。
ローズの全身に甘い疼きが走り抜け、心臓が飛び跳ねる。その動揺を悟られないよう、ローズは焦って声を上げた。
「お、大げさですわ! そ、そうですわ、みんなは、どうでしたの? イヤーマフの装着は間に合って?」
おかげさまで、とフィリップたちは事なきを得たことをローズに告げた。
そういえば山賊どもはどうしたのだろう? そう思ってローズが辺りを見回すと、点々と、彼らの体が地面に転がっている。ローズの視線に気付き、シュリが説明してくれた。
「彼らは『マンドラゴルァ』の恫喝に硬直して気絶しています。丸一日は目を覚まさないでしょう」
「話には聞いていたが、すごい威力だな。軍事目的に使えそうじゃないか」
フィリップがそう言うのを聞いて、シュリは言葉を返した。
「そういう目的で使用されるのを避けるため、『マンドラゴルァ』は勇者など一部の者にしか見つけ出せないのかもしれませんね」
「なるほど! 確かに、誰でも使えれば犯罪に悪用されまくるだろうし、軍事利用されれば世界の均衡が崩れかねないな」
「ええ。この世界のメカニズムは上手く設計されていますよ……時々、感心するほどに」
あれ……と、ローズはそのシュリの表現に何か違和感を覚えた。でも違和感のはっきりした正体が見えてこず、何だか収まりが悪い。いったい何が、そんなに気にかかるのだろう……。ローズがそう思い悩んでいると、ギルバートがシュリに向かって声をかけた。
「シュリ、おまえ変わってるな。おっと、悪い意味で言ったんじゃないぜ。考え方が独創的というか、俯瞰的というか。ただの従僕とは思えないぞ……。身内に偉い学者でもいるんじゃないか?」
「ははっ……まさか。ただの知ったかぶりだ。あまり追及されるとボロが出そうだから、もう勘弁してくれ」
ローズはそのシュリの謙遜の仕方に、何か懐かしい親近感を覚えた。
「そういえば君、よく山賊の人数を正確に把握できたな。何か特殊な訓練でもしているのか?」
フィリップのその質問に、シュリは静かに答えた。
「いいえ。ただ常人より目も耳もよく……鼻が効くだけです」
「ははっ……確かにあいつら、ひどい悪臭を放っていたな。こいつらを牢屋にぶちこむ警備隊の連中が気の毒になってきたぜ」
ギルバートの言葉にフィリップは「違いない」と頷いたあと、元気よく言った。
「よし、それじゃあ、さっそく下山して、気の毒な兵士に奴らを回収するよう命じるか。無事に材料も手に入ったし、ついでに山賊退治もできて万々歳だな。あははははははっ! 今回の冒険は大成功じゃないか、よしっ、次も頑張るぞ!」
フィリップ王子のアホっぽい……じゃなくて朗らかな笑い声が響く中、一行は意気揚々と帰路についた。
――ただ、その道中、ローズはシュリに対して何かが引っかかっているような気がしてならず、落ち着かない気持ちで自身の胸の内を探っていた。でも答えは何一つ、出なかった。
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