悪役令嬢の最強コーデ

ことのはおり

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3章

10. 苦しい恋

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 無事に一つ目の材料「マンドラゴルァ」を手に入れた一行は、次なる目的地、東部地方の「いにしえの森」に来ていた。
 目指すは二つ目の材料「マジリスクの血」の入手。
 魔法動物「マジリスク」はトカゲに似た体と蛇のような尻尾、背中にはコウモリの様な翼を持ち、頭には派手なとさかが付いているという。その赤い目と視線を交わしてしまうと、たちまち体が石化するという危険な生き物だ。出会えばマジでリスクのある動物――ということらしいが、ネーミングには諸説あるとかないとか。

 今回もシャーロットの先導で一行は森の中を進んでいた。シャーロットのすぐ傍にはフィリップ、その次にローズとシュリ、しんがりをギルバートが務めている。
 なんと今回、シャーロットは手に斧を握っている。

「食べるわけでもないのにマジリスクを殺すのはしのびないので、これで尻尾をちょん切ろうと思うんです。そしたら私は血が手に入るし、マジリスクは死なずにすみますよね? ……まあ、痛い思いをさせるのは可哀想ですが、レジーのために、心を鬼にします!!」

 目に涙をためながらそう言い切ったシャーロットを見て、ローズは頼もしい……と心を震わせた。漢気おとこぎあふれる清き乙女のシャーロット……素敵、と。
 
 ――でも、何で斧?! 勇者の遺した剣とかあるはず……。ローズの疑問に気付いたシャーロットは、照れたように笑って言った。

「使い慣れていない剣より、普段使いの斧の方が失敗しないと思うんです。これ、薪用の木材を割るための斧ですが、手になじんでいるので」

 そういえばシャーロットの手はマメだらけだ。働き者のシャーロットが斧を振って弟妹達のために薪づくりにいそしんでいる様子を想像して、ローズは目頭が熱くなった。
 それに、男を頼りにせずに自ら手を下すことを躊躇ちゅうちょしない、彼女のその潔さもまた、ローズの胸を熱くさせた。

(シャーロットをお嫁さんにもらえるなんて、レジナルドは本当に運の良い男ね。あの病弱な体を呪うのに忙しい王子は、そこのところちゃんと理解してるのかしら)

 そう思いながら、『今度会ったらシャーロットの素晴らしさをくどいほど語ってやろう』と決心するローズだった。

 しばらく進んだところで、一行は昼食のために休憩をとることにした。
 ギルバートが背中にしょった荷物がやたら大きいと思ったら、彼は自炊する道具や食材を色々と持って来ていて、器用に火を起こすと料理を始めた。

「ギルバートさん、料理できるんですか、男の方にしては珍しいですね」

 シャーロットがそう言うと、ギルバートは白い歯を見せて爽やかに笑って答えた。

「俺は家庭的な男なんですよ。妻にしたい女性が見つかったら、俺はその人をうんと甘やかして、毎日美味しいものを食べさせて、何でもしてあげたいと思ってるんです。そのときのために、料理の腕も磨いているんですよ」

 そう言いながら、ギルバートはローズに熱い眼差しを向けてきた。ローズはすぐに視線をらしたが、顔が赤くなるのは避けられなかった。彼の男らしい魅力に溢れたオーラは、清純な乙女の心臓には強すぎる。その気が無くても、引きこまれてしまいそうだ。ふとそう感じて、ローズはブルブルと心の中で首を振った。

(いやいやいや、私はシュリ以外、見向きもしないんだから! ――たとえ、一緒になれなくても…………一緒に……)

 一緒になれない。その思いが鋭い刃物のように、ローズの心を突き刺す。
 せめてシュリが聖騎士だったなら……。そう、ギルバートのように。聖騎士なら、ギリギリ結婚相手に選べる。ローズの身分の方が高いため、聖騎士にとっては「逆・玉の輿」となるが、それでも周囲の祝福を得て夫婦となることが可能なのだ。
 今思えば、聖騎士になる道を蹴ったシュリの選択は、ローズとの将来をまるで視野に入れていない、と解釈することができる。

(そう……。シュリがもし私を愛しているなら、聖騎士になるのを選んだはず……。その千載一遇のチャンスを、彼は蹴った。それはつまり……)

 ――シュリがローズに対して抱いている想いは、恩義の有る大切な人、それだけなのだ。

 そう思い至ると、ローズの胸は締め付けられた。苦しい恋の痛みが心臓から血によって運ばれ、全身を浸食してゆくその感覚に、泣き崩れてしまいそうだ。
 これほどまでに見込みがないなら、彼をすっぱり諦めるべきなのだ、という心を抉るような選択がローズを蝕む。それと同時に、「新しい恋を見つければいい」という希望が、苦痛を和らげるために分泌されたエンドルフィンのように心を浮き立たせる。

 そう……ギルバートなら、結婚相手にもなり得る。不毛な恋は諦めて、誰か他の者を選ぶ必要があるなら……。そんなことが頭に浮かび、葛藤に苦しむローズはまたもやブルブルと首を振った。――今度は心の中ではなく、実際首が揺れてしまった。

 そんな挙動不審な様子のローズを優しく見守りながら、ギルバートは話を続けている。

「俺たち庶民の間では、妻にあれこれ世話をさせてふんぞり返ってる男が少なからずいるが、俺はそんな結婚はしたくない。『この人だ』という大切な女性が見つかったら、毎日毎日、その人が笑顔でいられるように尽くすつもりです」

「へえ、そうか、だからおまえ、未だに独身なんだな。変だと思ってたんだ。すごく女にもてるのに、誰も選ばずにいるのは、おまえの献身に相応しい宝物みたいな女性を慎重に捜していたからか」

「フィリップ殿下、その通りですよ。俺はこう見えて一途なんです。ただ一人の女を、一生大切にしたい。けれど……自惚れを承知で言わせてもらえば、この俺の愛に見合う女性は、なかなかいない。目の前には花畑が広がっているが、花ならどれでもいいわけじゃない。気高く凛とした……女神のような慈愛を秘めた、最高の薔薇……そんなかけがえのない一輪を捜していたんです」

 薔薇、という言葉にドキッとして、ローズは思わずチラリとギルバートを見てしまった。途端に、ギルバートと目が合い、彼はふざけてウインクしてくるかと思いきや……ただ優しく、穏やかに微笑んでいた。
 その笑顔に、ローズは釘付けになってしまった。嘘やまやかしの入る余地のない、包容力に満ちた大人の男性の、柔らかな微笑み。すべてを委ねて彼の逞しい腕の中に身を投じたい――そう思わせるような、乙女の心を鷲掴みにする笑顔に。

(はつ……いけない! セクシーワイルドな光線によろめいている場合ではないわ! ち、ち、違くてよ! ちょっと素敵……なんて思ってもいないんだから! 私のシュリに比べたら、見劣りするんだから! そうよ、シュリだって料理くらい……)

 チラ、とシュリを見ると、彼は何やら必死でメモしている。横から覗き見てみると、どうやらギルバートの料理の手順を書き残しているようだ。シュリは時折ギルバートの手元を見ながら、質問を飛ばしている。

「ギルバート、それは何をしているのだ?」

灰汁あく抜きだよ。灰汁は食材によって色々な種類いがあってね、取り抜かないと人体に危険なものや、問題ないけど美味しく料理するには取り除いた方がいいケースなどあるのさ。
 さっき摘んできたこの山菜は灰汁はそれほど強くないが取り除いた方がいいので、塩ゆでして下処理しておく。しかし山菜によっては灰汁が強く毒性を抜くのに時間がかかるものもあるから、注意が必要だ」

「なるほど、何でもすぐに食べられるというわけじゃないんだな。料理というのは、奥深いな」

「そうなんだよ。フフッ……シュリ、良かったら教えてやるぜ? ライバルは強い方が面白い……張り合いがあるというものだ」

 そう言ったギルバートは、シュリではなくローズに向かってウインクを飛ばした。ローズがパッと目を逸らしてシュリを方を見ると、シュリはジッとローズを見て呟いた。

「料理くらい、すぐ覚えます。俺、物覚えが物凄く早いんで」

 シュリの表情は真剣そのもので、キラーンと目から星が飛び出しそうな勢いだ。
 ひょっとしてギルバートに対抗しているの?!とローズは胸が高鳴るのを抑えられなかった。

「そ、そ、そう……た、頼もしいわシュリ……」

 もじもじと下を向いたローズは知らなかったが、シャーロットはそんな二人のやり取りを嬉しそうにニコニコしながら見守っていた。――何か、言いたげな素振りで。
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