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一章 入学旅行一日目

1-14b キリ、真打登場 2

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(は……? 1万、2千、580点?!)

 けたが違い過ぎる。
 『クク・アキ』の物語の中では、稀代きだいの天才と呼ばれる主人公のチェカでさえ、最高得点は惜しくも1000点に届かなかったはず。

「な、な、何かの、間違いじゃ……、あ!」

 霧は突然思い当たった。
 自分の持っている辞典、それは皆が持っているものとは違う。
 この世界の『辞典』は、個人が辞典魔法のために使うものを指し、いわゆる字引きとは違う。『辞典』は成長過程で覚えた言葉が自動的に記載されてゆく仕組みのため、知らない言葉は載っていないのだ。平均的な大人の語彙数ごいすうは3万~5万程度と言われているため、当然ながらこの世界の『辞典』に収録されているのもそれくらいの語数となる。
 一方、霧の持っているそれは日本の書店で買った国語辞典、字引きだ。ほぼ衝動買いで購入したため詳しく調べなかったが、少なくても7万語、もしかしたら9万語以上の語彙が収録されているかもしれない。それほどの語数を持った『辞典』を使う魔法士の卵ならば、桁違けたちがいに威力が跳ね上がるのは当然のことだろう。この表現バトルも一種の辞典魔法のため、『辞典』の持つ特性が魔法効果に大きく影響するのだ。

(どどど、どうしよ……。このままじゃあたし、珍獣扱いで牢屋に入れられてしまうんじゃ……そうなると入学旅行どころではなくなる! うああああ、まずい、まずいぞ! あたしはただ、入学旅行を楽しみたいだけなのに!)

 霧が一人でおののいていると、観覧席からワッと歓声が上がった。茫然自失状態ぼうぜんじしつじょうたいだった人々が、席から立ち上がり興奮に沸き立っている。

「すごい、今の表現、すごいしかない!」
「おお、痺れたぞ! 心も、体も!!」
「あんなの今まで経験したことない! すごい言葉の威力だった!」
「ズシンと来たな、ひぇ~~~~!」
「え、何、この新入生さん、名前、何?!」
「あの右手の人差し指の爪、あれダリアの金橙オレンジじゃない?!」
「ほんとだ、ダリアの一族、しかも黒髪黒目でダリアの愛し子! 伝説のダリアの再来か?!」
「あの人の隣の人、有名な、言獣げんじゅうハンターのリューエストさんだよね?! ダリアの一族の! リューエストさんがあの人を見ながらバトルでやたら妹って叫んでたってことは、あの人リューエストさんの妹さんってことで、ダリアの一族ってことで決定だよね?!」
「マジか……」
「うっわ、俺まだ鳥肌立ってるよ、この班、もう一回表現バトルしてくれないかな」
「だよな。もう一回見たい! すげぇよ24班!」

 たちまちアンコールを願う歓声が観覧席中で沸き起こり、コート内は割れるような人々の声で騒然となった。レフリーがそれを制すると、霧たちに向かって頼みごとをしてくる。

「24班の皆さん、もう一度表現バトルをお願いできませんか? ぜひ、ぜひお願いします!」

「いやでも、あたしの立ってる場所の台座、こ、壊れてるんじゃ、ないかなぁ……。だ、だって、おかしいでしょ、1万点以上って……」

「台座が物理的に壊れている可能性は否定できませんが、審判妖精の判定に間違いの入り込む隙はありません。ご心配なら、あなたの立ち位置を左にずらしてみましょう」

 競技者の立ち位置は、中央の対象物の周囲に12か所用意されている。霧はちょうど空白だった左に位置をずらしてみた。するとリューエストも左にずれ、霧が立っていた場所に陣取る。リューエストは朗らかに言った。

「これでもう一回、行ってみよう! みんな、キリの実力が本物だって、今一度証明してあげるよ! さあキリ、もう一度君の力を爆発させて、みんなの心に旋風せんぷうを巻き起こしてくれ!」

「え、いや、爆発したくないです、ご期待に沿えず申し訳ございません。あたしは一介の貧乏人でございまして、皆さんの歓声を受けるような存在では……。むしろ存在を限りなく透明にして、爆発炎上などという物騒な事柄は未来永劫えいごう避けたい性分でして……むしろ、もういっそ消えたいというか……」

 霧は目を泳がせながら、明らかに挙動不審な態度でおかしな言葉を口走る。しかしそれは再び歓声に沸くコート内の騒音にかき消された。レフリーが中央の対象物を入れ替えたため、新しい表現バトルが始まることを知った観客たちは、活気に満ちて一層騒ぎ出す。
 そんな中、アデルがツアーメイトに向かって言った。

「もう、しょうがないなぁ。あと1回だけ表現バトルしましょう。今、何時、もう12時? これ終わったら、みんなでお昼ごはん行くからね。食べながら、課題4の相談よ、みんな、いいよね?」

 アデルの言葉にツアーメイト全員がうなずく。アデルの物怖じしないハキハキした態度が、霧にはとても頼もしかった。
 そうして、前回と同じく10分の準備時間を設けたのち、レフリーの合図で表現バトルが始まった。

 ――結果。
 アデル201点、リリエンヌ218点、トリフォン205点、アルビレオ221点、リューエスト331点、そして霧が――1万2582点だった。

(ノォォォォォーーーーーッ! さっきより2点も増えとるやんけぇーーーーー! もうだめだ! 珍獣扱いされてしまう!!)

 割れるような拍手と歓声の中、霧は頭を抱えた。リューエストはそんな霧をハグしながら叫ぶ。

「もう、キリったらそんなに照れて、可愛い!! もっと自慢げにしたっていいんだよ、まあお兄ちゃんとしては、可愛い妹の照れ顔見れて、幸せなんだけどさ! あ、でも、キリのドヤ顔も見たいから、次はドヤ顔で頼むよ、キリ!」

 脅威きょういの妹バカ……と霧が感想を漏らす中、リューエストが霧の頬をツン、と優しく つつく。リューエストは美しい顔に満面の笑みを浮かべ、今度はツアーメイトに向かって言った。

「どうみんな、わかったでしょ、僕の妹の実力! 嫉妬して意地悪とかしちゃダメだよ、わかってるよね? おっと、これ脅しじゃないから、キリ、怒んないで!」

「は……もう、怒る気力もわかない……。……疲れた……」

「はいはい、じゃ、みんな食事行きましょ。キリ、屋台の食べ物、食べたいんでしょ? みんなもそれでいい?」

 霧はドキッとしてアデルを見た。競技場に入る前、屋台のお好み焼きを見て霧がよだれを垂らさんばかりの勢いだったのを、アデルは覚えていてくれたのだ。

「うん、食べたい! ありがと、ありがと、ありがと、アデル! 好き!!」

 霧がストレートにそう叫ぶと、アデルは眉間にしわを寄せながら「気持ち悪いなぁ……」と呟いた。嫌そうに顔をしかめているものの、アデルのその声には軽蔑ではなく親しみが感じられ、一層嬉しくなった霧は、思わずアデルに抱き着きたくなってしまった。もちろん、実行には移さなかったが。

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