32 / 175
一章 入学旅行一日目
1-15b お好み焼きと可愛いお菓子
しおりを挟む
霧は思い切って、台座に自分の辞典を乗せ――びっくりした。可愛いフェアリーが飛び出してきたのだ。
手のひらに乗るくらいの、小さく可憐な姿。その妖精は、審判妖精と同じく背中に透き通った羽を持ち、なんと、うさぎの耳のカチューシャを付けている。オタクな霧の好みに合わせた、コスプレ仕様だろうか。そういえば『クク・アキ』の物語の中で、『辞典妖精』は持ち主好みのイメージを吸収して姿を変える、と説明があったのを霧は思い出した。
「ぎょはぁ! ナニコレきゃわ~~~~!!」
と、霧は思わず叫んでしまった。それを見てアデルが呆れたように言い放つ。
「え、キリ、まさかと思うけど、買い物の度にそのリアクションするんじゃないでしょうね? 赤ちゃんみたいで恥ずかしいからやめて」
「許してあげて、アデル。キリは赤ちゃんみたいなもんなんだよ。だって、半年前に目覚めたばっかりなんだから。可愛いでちゅね、キリの妖精。うさぎの耳がキュートだねぇ!」
「うんうん、きゃわいい! きゃわいいでちゅ! はあ~、ホッとした、ちゃんといたよ、『辞典妖精』! しかもかなりきゃわいい~! 嬉しいぃ~!」
「うんうん、大丈夫だよ、キリ。自分の『辞典妖精』は家出したりしないからね~、辞典主といつも一緒だよ。ほんと、可愛いキリと同じように、キリの妖精もきゃわいいねぇ~! うさぎ耳カチューシャ、キリもお揃いで付けるときっと可愛さ100万倍だよ、今度僕がプレゼントしてあげるからね!」
「要らない。妖精が付けてるから可愛いんであって、あたしが付けたらコントだから」
ズバッと断られたリューエストが肩を落とす姿を見て、リリエンヌが微笑まし気に笑みをこぼす。一方、アデルは霧とリューエストに呆れた視線を注ぎ、「さっ、買い物したらさっさと食べましょ。課題4の相談しなきゃ」と言い放つと、一行をぐいぐいと牽引していった。
屋台通りの一角には、飲食スペースが設けてある。霧たちは空いていたテーブルに陣取り、さっそく食事を始めた。
美味しそうな匂いを立てながら、ほかほかと湯気を上げているお好み焼き。それを、霧はじっと見つめていた。かつおぶしと思われるトッピングが、湯気と共に踊っている。次第によだれが霧の口の中にあふれ、朝に軽い食事をとっただけの胃が、グゥウ~と、音を立てる。
『クク・アキ』の世界は、「言語双生界」として日本と繋がっている、という設定だ。その影響のせいか、物語の中には結構な頻度で、日本独自の食べ物とそっくりな料理が出てくる。霧はそれを、読者へのサービスだと受け取っていた。物語の中でお寿司やうどんなどが出てくると、やはり日本人としては親しみがわく。
しかしお好み焼きそっくりな食べ物まであるとは、霧の予想外だった。もっとも――。
(これ、夢……だしなぁ……。美味しそうなものが出てくる夢って、いつも食べる直前に目が覚めるんだよなぁ……)
そう思いながら、霧は食べるのをためらっていた。その様子を心配して、トリフォンが声をかけてくる。
「どうしたんじゃ、キリ譲や。お好み焼きに何か嫌いなものでも、入っておったか?」
霧はハッとして首を振ると、心配げにこちらを見つめているトリフォンやツアーメイトたちを安心させようと、「いただきます!」と元気よく言ってからお好み焼きを一口、ほおばった。
霧の目が、カッと見開かれる。
美味しかった。とても、美味しかった。
霧は夢中で食べ続け、屋台で買った飲み物を飲んだのち、感想を口走る。
「ぷはぁ~、美味しいぃ~~!! 食べられる夢、最高ぉ!! お好み焼き、万歳! てかこっちでもお好み焼きって言うんだ、これ。しかもお箸だし! 何もかも最高ぉ!」
「こっちでも? ああ……つまり、キリが見てた夢の中の世界でも、お好み焼き、出てきたんだ? はあ……なんかキリの変な物言いに慣れてきちゃって、複雑な気分。これも私の適応力が優秀なせいね」
と、アデルは呟きながら自分のお好み焼きを箸で口に含んだ。
一方、リューエストはにこにこしながら、買ってきたものをテーブルに広げて霧に声をかける。
「良かったねぇ、キリ。お好み焼き、食べられて。お兄ちゃんが買ったこのクッキーも食べるかい? ホラ、うさぎさん柄で可愛いよ。こっちは言獣のふわぽよ丸っぽいシュガーボールだよ、食べる?」
「いいの?!」
「もちろんだよ。キリが好きそうだな、と思って買ったんだもの。たくさんお食べ」
「わーいわーい、うれしーーーーっ! ありがとぉ、リューエスト!」
瞬く間に餌付けされてゆく妹を見ながら、リューエストが「ククク、思惑通り……お兄ちゃん株、急上昇の予感」とほくそ笑んでいる。
その様子をリリエンヌは微笑みながら見つめ、アデルに小さな声で耳打ちした。
「リューエストさん、とても面白いですわ。二人を見てると心が和むと思わない? わたくしもあんなに素敵な兄に甘やかされてみたいですわ」
アデルはそれを聞くと眉をひそめ、
「私は嫌だなー。妹べったりの兄が、どこ行くのも付いてきそうでうざいわ」
と返している。
トリフォンはそんなみんなの様子を愉快そうに眺めながら世間話に花を咲かせ、アルビレオは相変わらず無表情でもくもくと食事を進めていた。
手のひらに乗るくらいの、小さく可憐な姿。その妖精は、審判妖精と同じく背中に透き通った羽を持ち、なんと、うさぎの耳のカチューシャを付けている。オタクな霧の好みに合わせた、コスプレ仕様だろうか。そういえば『クク・アキ』の物語の中で、『辞典妖精』は持ち主好みのイメージを吸収して姿を変える、と説明があったのを霧は思い出した。
「ぎょはぁ! ナニコレきゃわ~~~~!!」
と、霧は思わず叫んでしまった。それを見てアデルが呆れたように言い放つ。
「え、キリ、まさかと思うけど、買い物の度にそのリアクションするんじゃないでしょうね? 赤ちゃんみたいで恥ずかしいからやめて」
「許してあげて、アデル。キリは赤ちゃんみたいなもんなんだよ。だって、半年前に目覚めたばっかりなんだから。可愛いでちゅね、キリの妖精。うさぎの耳がキュートだねぇ!」
「うんうん、きゃわいい! きゃわいいでちゅ! はあ~、ホッとした、ちゃんといたよ、『辞典妖精』! しかもかなりきゃわいい~! 嬉しいぃ~!」
「うんうん、大丈夫だよ、キリ。自分の『辞典妖精』は家出したりしないからね~、辞典主といつも一緒だよ。ほんと、可愛いキリと同じように、キリの妖精もきゃわいいねぇ~! うさぎ耳カチューシャ、キリもお揃いで付けるときっと可愛さ100万倍だよ、今度僕がプレゼントしてあげるからね!」
「要らない。妖精が付けてるから可愛いんであって、あたしが付けたらコントだから」
ズバッと断られたリューエストが肩を落とす姿を見て、リリエンヌが微笑まし気に笑みをこぼす。一方、アデルは霧とリューエストに呆れた視線を注ぎ、「さっ、買い物したらさっさと食べましょ。課題4の相談しなきゃ」と言い放つと、一行をぐいぐいと牽引していった。
屋台通りの一角には、飲食スペースが設けてある。霧たちは空いていたテーブルに陣取り、さっそく食事を始めた。
美味しそうな匂いを立てながら、ほかほかと湯気を上げているお好み焼き。それを、霧はじっと見つめていた。かつおぶしと思われるトッピングが、湯気と共に踊っている。次第によだれが霧の口の中にあふれ、朝に軽い食事をとっただけの胃が、グゥウ~と、音を立てる。
『クク・アキ』の世界は、「言語双生界」として日本と繋がっている、という設定だ。その影響のせいか、物語の中には結構な頻度で、日本独自の食べ物とそっくりな料理が出てくる。霧はそれを、読者へのサービスだと受け取っていた。物語の中でお寿司やうどんなどが出てくると、やはり日本人としては親しみがわく。
しかしお好み焼きそっくりな食べ物まであるとは、霧の予想外だった。もっとも――。
(これ、夢……だしなぁ……。美味しそうなものが出てくる夢って、いつも食べる直前に目が覚めるんだよなぁ……)
そう思いながら、霧は食べるのをためらっていた。その様子を心配して、トリフォンが声をかけてくる。
「どうしたんじゃ、キリ譲や。お好み焼きに何か嫌いなものでも、入っておったか?」
霧はハッとして首を振ると、心配げにこちらを見つめているトリフォンやツアーメイトたちを安心させようと、「いただきます!」と元気よく言ってからお好み焼きを一口、ほおばった。
霧の目が、カッと見開かれる。
美味しかった。とても、美味しかった。
霧は夢中で食べ続け、屋台で買った飲み物を飲んだのち、感想を口走る。
「ぷはぁ~、美味しいぃ~~!! 食べられる夢、最高ぉ!! お好み焼き、万歳! てかこっちでもお好み焼きって言うんだ、これ。しかもお箸だし! 何もかも最高ぉ!」
「こっちでも? ああ……つまり、キリが見てた夢の中の世界でも、お好み焼き、出てきたんだ? はあ……なんかキリの変な物言いに慣れてきちゃって、複雑な気分。これも私の適応力が優秀なせいね」
と、アデルは呟きながら自分のお好み焼きを箸で口に含んだ。
一方、リューエストはにこにこしながら、買ってきたものをテーブルに広げて霧に声をかける。
「良かったねぇ、キリ。お好み焼き、食べられて。お兄ちゃんが買ったこのクッキーも食べるかい? ホラ、うさぎさん柄で可愛いよ。こっちは言獣のふわぽよ丸っぽいシュガーボールだよ、食べる?」
「いいの?!」
「もちろんだよ。キリが好きそうだな、と思って買ったんだもの。たくさんお食べ」
「わーいわーい、うれしーーーーっ! ありがとぉ、リューエスト!」
瞬く間に餌付けされてゆく妹を見ながら、リューエストが「ククク、思惑通り……お兄ちゃん株、急上昇の予感」とほくそ笑んでいる。
その様子をリリエンヌは微笑みながら見つめ、アデルに小さな声で耳打ちした。
「リューエストさん、とても面白いですわ。二人を見てると心が和むと思わない? わたくしもあんなに素敵な兄に甘やかされてみたいですわ」
アデルはそれを聞くと眉をひそめ、
「私は嫌だなー。妹べったりの兄が、どこ行くのも付いてきそうでうざいわ」
と返している。
トリフォンはそんなみんなの様子を愉快そうに眺めながら世間話に花を咲かせ、アルビレオは相変わらず無表情でもくもくと食事を進めていた。
1
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
婚約者を奪われて冤罪で追放されたので薬屋を開いたところ、隣国の殿下が常連になりました
今川幸乃
ファンタジー
病気がちな母を持つセシリアは将来母の病気を治せる薬を調合出来るようにと薬の勉強をしていた。
しかし婚約者のクロードは幼馴染のエリエと浮気しており、セシリアが毒を盛ったという冤罪を着せて追放させてしまう。
追放されたセシリアは薬の勉強を続けるために新しい街でセシルと名前を変えて薬屋を開き、そこでこれまでの知識を使って様々な薬を作り、人々に親しまれていく。
さらにたまたまこの国に訪れた隣国の王子エドモンドと出会い、その腕を認められた。
一方、クロードは相思相愛であったエリエと結ばれるが、持病に効く薬を作れるのはセシリアだけだったことに気づき、慌てて彼女を探し始めるのだった。
※医学・薬学関係の記述はすべて妄想です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる