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一章 入学旅行一日目

1-15b お好み焼きと可愛いお菓子

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 霧は思い切って、台座に自分の辞典を乗せ――びっくりした。可愛いフェアリーが飛び出してきたのだ。
 手のひらに乗るくらいの、小さく可憐な姿。その妖精は、審判妖精と同じく背中に透き通った羽を持ち、なんと、うさぎの耳のカチューシャを付けている。オタクな霧の好みに合わせた、コスプレ仕様だろうか。そういえば『クク・アキ』の物語の中で、『辞典妖精』は持ち主好みのイメージを吸収して姿を変える、と説明があったのを霧は思い出した。

「ぎょはぁ! ナニコレきゃわ~~~~!!」

 と、霧は思わず叫んでしまった。それを見てアデルが呆れたように言い放つ。

「え、キリ、まさかと思うけど、買い物の度にそのリアクションするんじゃないでしょうね? 赤ちゃんみたいで恥ずかしいからやめて」

「許してあげて、アデル。キリは赤ちゃんみたいなもんなんだよ。だって、半年前に目覚めたばっかりなんだから。可愛いでちゅね、キリの妖精。うさぎの耳がキュートだねぇ!」

「うんうん、きゃわいい! きゃわいいでちゅ! はあ~、ホッとした、ちゃんといたよ、『辞典妖精』! しかもかなりきゃわいい~! 嬉しいぃ~!」

「うんうん、大丈夫だよ、キリ。自分の『辞典妖精』は家出したりしないからね~、辞典主といつも一緒だよ。ほんと、可愛いキリと同じように、キリの妖精もきゃわいいねぇ~! うさぎ耳カチューシャ、キリもお揃いで付けるときっと可愛さ100万倍だよ、今度僕がプレゼントしてあげるからね!」

「要らない。妖精が付けてるから可愛いんであって、あたしが付けたらコントだから」

 ズバッと断られたリューエストが肩を落とす姿を見て、リリエンヌが微笑まし気に笑みをこぼす。一方、アデルは霧とリューエストに呆れた視線を注ぎ、「さっ、買い物したらさっさと食べましょ。課題4の相談しなきゃ」と言い放つと、一行をぐいぐいと牽引けんいんしていった。

 屋台通りの一角には、飲食スペースが設けてある。霧たちは空いていたテーブルに陣取り、さっそく食事を始めた。
 美味しそうな匂いを立てながら、ほかほかと湯気を上げているお好み焼き。それを、霧はじっと見つめていた。かつおぶしと思われるトッピングが、湯気と共に踊っている。次第によだれが霧の口の中にあふれ、朝に軽い食事をとっただけの胃が、グゥウ~と、音を立てる。

 『クク・アキ』の世界は、「言語双生界げんごそうせいかい」として日本と繋がっている、という設定だ。その影響のせいか、物語の中には結構な頻度ひんどで、日本独自の食べ物とそっくりな料理が出てくる。霧はそれを、読者へのサービスだと受け取っていた。物語の中でお寿司やうどんなどが出てくると、やはり日本人としては親しみがわく。
 しかしお好み焼きそっくりな食べ物まであるとは、霧の予想外だった。もっとも――。

(これ、夢……だしなぁ……。美味しそうなものが出てくる夢って、いつも食べる直前に目が覚めるんだよなぁ……)

 そう思いながら、霧は食べるのをためらっていた。その様子を心配して、トリフォンが声をかけてくる。

「どうしたんじゃ、キリ譲や。お好み焼きに何か嫌いなものでも、入っておったか?」

 霧はハッとして首を振ると、心配げにこちらを見つめているトリフォンやツアーメイトたちを安心させようと、「いただきます!」と元気よく言ってからお好み焼きを一口、ほおばった。
 霧の目が、カッと見開かれる。
 美味しかった。とても、美味しかった。
 霧は夢中で食べ続け、屋台で買った飲み物を飲んだのち、感想を口走る。

「ぷはぁ~、美味しいぃ~~!! 食べられる夢、最高ぉ!! お好み焼き、万歳! てかこっちでもお好み焼きって言うんだ、これ。しかもお箸だし! 何もかも最高ぉ!」

「こっちでも? ああ……つまり、キリが見てた夢の中の世界でも、お好み焼き、出てきたんだ? はあ……なんかキリの変な物言いに慣れてきちゃって、複雑な気分。これも私の適応力が優秀なせいね」

 と、アデルは呟きながら自分のお好み焼きを箸で口に含んだ。
 一方、リューエストはにこにこしながら、買ってきたものをテーブルに広げて霧に声をかける。

「良かったねぇ、キリ。お好み焼き、食べられて。お兄ちゃんが買ったこのクッキーも食べるかい? ホラ、うさぎさん柄で可愛いよ。こっちは言獣げんじゅうのふわぽよ丸っぽいシュガーボールだよ、食べる?」

「いいの?!」

「もちろんだよ。キリが好きそうだな、と思って買ったんだもの。たくさんお食べ」

「わーいわーい、うれしーーーーっ! ありがとぉ、リューエスト!」

 瞬く間に餌付けされてゆく妹を見ながら、リューエストが「ククク、思惑通り……お兄ちゃん株、急上昇の予感」とほくそ笑んでいる。
 その様子をリリエンヌは微笑みながら見つめ、アデルに小さな声で耳打ちした。

「リューエストさん、とても面白いですわ。二人を見てると心が和むと思わない? わたくしもあんなに素敵な兄に甘やかされてみたいですわ」

 アデルはそれを聞くと眉をひそめ、

「私はだなー。妹べったりの兄が、どこ行くのも付いてきそうでうざいわ」

 と返している。
 トリフォンはそんなみんなの様子を愉快そうに眺めながら世間話に花を咲かせ、アルビレオは相変わらず無表情でもくもくと食事を進めていた。

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