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二章 入学旅行二日目

2-02b 言獣オタクリューエストのハイテンション解説

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「うわっ……すごい美貌のキラキライケメンがオタクTシャツ着てる……シュールだわ……」

 霧が目をパチパチさせながらそう呟くと、リリエンヌが口に手を当て、「ぷふっ!」と可愛い音を出して吹き出す。
 リューエストは辛辣しんらつな霧の反応に唇を尖らせながら、言った。

「オタクTシャツ? オタクかな、これ? まあ、僕自身は自他ともに認めるオタクだよ。妖精オタクじゃなくて、言獣げんじゅうオタクだけどね。うん」

(こっちにもオタクいるんだ……てか、オタクって言葉自体が通じるの、何というか、ホッとするなぁ……オタクの自分としては)

 そう思いながら霧が心の中で喜んでいると、リリエンヌがリューエストに話しかけた。

「あなたは世界一の言獣コレクターだと、有名ですものね。そうだわ、一つ相談に乗ってくださらない? わたくしはオリゴ系を中心に集めていますの。可愛いんですもの。それで……」

 パアッとリューエストの顔が輝き、リリエンヌの話が途中なのにもかかわらず、口をはさむ。

「お、リリーちゃん、なかなかいいところに目を付けたね。確かにオリゴ系は可愛い子が多いね。女性に大人気の言獣だ。でも見た目だけじゃなく、とても役立つ子たちなんだよ。オリゴ系は主に『可愛い』『素敵』『うっとり』『甘い』『好き』など、ポジティブ&スイート系の言葉の威力を増強してくれる。とても広範囲の言葉を担当しているから、『辞典』の強化に大変有効だ。それに種類が多いのもオリゴ系の利点だね。皆知っている通り、一つの『辞典』と契約できるのは一種類につき一獣のみ。例えば『フラクトオリゴ』という言獣と既に契約していると、同種で別個体の『フラクトオリゴ』とはもう契約できない。だから言葉の強化の重ね付けができないのが難点だけど、その点オリゴ系は各種、担当言語の重複ちょうふくがよく見られるから、『ラフィノース』や『イソマルトオリゴ』などと合わせて契約すると、同じ言葉を更に強化してくれて重宝ちょうほうする。そんな素敵な言獣なんだけど、特にラフィノースなんかは稀少きしょう言獣と呼ばれていて、出会える確率が極端に低く、僕もかなり根気が必要だったよ。そうそう、オリゴ系の利点と言えば他にも」

 リューエストは生き生きとして、オタクにありがちなハイテンション解説を怒涛どとうのように披露ひろうし始めた。リリエンヌは微笑みながら熱心に聞いているが、どこで割り込もうかとタイミングを伺っている様子だ。
 一方、霧は自分の頭の上で「ぴよぴよ」とヒヨコが回っているような心地になってきた。情報量が多過ぎて、リューエストの話している内容が全く頭に入ってこない。

( 言獣げんじゅうかぁ……。そういや『クク・アキ』の物語の中にもいくつか出てきたな。『ふわぽよ丸』なんか、すごい可愛かった。この世界では、ほとんどの子供が初めて契約する言獣がそれで、6巻で子供時代のアデルが『ふわぽよ丸』を成長させてたなぁ。初めはただの白い毛玉だったのに、可愛い耳が生えたりしてたっけ。犬みたいに賢くて、お手も覚えてたなぁ。毛玉からぴょこん、って可愛い手が出てくるんだよなぁ……アレは可愛かったなぁ……)

 言獣げんじゅうというのは、『言魂界ことだまかい』からこの『ククリコ・アーキペラゴ』にやってくる、不思議な存在だ。
 『言魂界ことだまかい』には人や動植物などの物質的なものは一切存在していない。人間が『ククリコ・アーキペラゴ』から『言魂界ことだまかい』に行くことは不可能だけど、言獣は自由に行き来している。
 言獣は物質的な存在ではなく、肉体というものは持たないし、こちらに居ついて繁殖するということもない。そんな彼らが『ククリコ・アーキペラゴ』にやってくるのは、人の力を借りて自らを成長させるためだと言われている。
 こちらに来た言獣は、相性のいい人間を見つけると契約を望み、ついてくるようになる。人間が契約に応じると『辞典』の中に宿り、特定の言葉を強化してくれるのだ。強化された言葉を契約者である人間が使うと、その言獣は成長することができる。そうやって、言獣は高みを目指すのだ。

 言獣には様々な種類があり、『ふわぽよ丸』に代表されるような無害でどこにでも見られる言獣もいれば、火や水などの自然現象系、ネガティブな言葉に宿る闇系など、様々な系統が存在する。
 その中には、ほとんど発見されることのない稀少きしょうしゅや、一個体しか存在していない固有種もいる。見かけても契約できるかは言獣次第のため、珍しい種と契約している者は一目置かれる。
 特に辞典魔法士にとって、言獣との契約は必須事項だ。強い『辞典』には、多くの言獣が宿っていると見ていい。一流の辞典魔法士は、言獣の中でも稀少種や固有種と契約しているケースが多い。

 そして――その言獣の頂点にいるのが、竜だ。その力は計り知れないという。
 1540年前、伝説の辞典魔法士の『辞典』に宿っていた、竜。
 今では契約はおろか、竜を見た者は一人もいない。

(そのほとんど幻と化した竜の宿る『竜辞典』を、守っていたのがチェカなんだよね……。彼が日本にいて『クク・アキ』の作者だったなんて、驚きだわ)

 霧はチラ、とアデルを見た。彼女はリューエストの言獣うんちくリサイタルにうんざりした顔をしているが、リリエンヌが食いついているので黙って聞いているようだ。
 霧はアデルに、彼女の養父であるチェカが生きていることを教えてあげたい、という思いに駆られた。

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