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39.ジルコの話を聞きます

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 ジルコは冒険者を生業とする父に育てられた。
 生まれた時から家はなく、色んな国を転々とする日々。
 母の顔は知らない。
 父に母のことを聞いたことがある。
 でも『素晴らしい人だ』としか教えてもらえなかった。

 父は大陸語が母国語ではない。
 遠い国の出身のため、苦労する姿を見た記憶がある。
 しかし、冒険者としての腕は確かだった。
 武器と風魔法の扱いはかなりのもので、ジルコも幼いころより戦い方や魔法の使い方を教わった。

 そして12歳で、冒険者ギルドへ登録をする。

「そのギルドが、グラメンツだ。
 シラディクス山のことを教えてくれたのも親父だよ。
 手出しはしないからって
 わざわざ仮銅級の無償依頼についてきたんだぞ。
 過保護過ぎだろ」

 そう苦笑するジルコの声は温かい。
 父親との関係は良好だったのだろう。
 戦い以外のことも厳しくしつけられ、一般教養から女性の扱い方まで(渋々)教わったそうだ。

「14まで、親父と組んで魔物を狩って生活してた。
 でも、一人でもこなせるって証明したくて
 ダンジョンに俺だけで入ったんだ――」

 そのダンジョンは魔素の濃度が安定しておらず、通常見かけない強力な魔物の目撃情報が後を絶たなかった。
 中級の魔物である『岩石オロチ』という岩が繋がってできたような大蛇の魔物と対峙しているときに、それを捕食しようとやってきた『鋼鉄のドラゴン』に襲われる。
 魔物の中でも最強といわれるドラゴン種は、金級冒険者もしくは銀級冒険者10人以上でようやく倒せる相手だ。
 当時白銅級だったジルコが敵うはずもなく、大怪我を負う。
 逃げる途中で回復薬ポーションを使うが、それも底をつき、出血が多かったため気を失ってしまった。

「次に目が覚めた時、俺の怪我は全部治っててな。
 目の前にはズタボロの親父がいて、ドラゴンの姿は見えなかった。
 親父は全身爪痕や噛み痕だらけで、よく見たら左腕もねーの」

 ジルコは両手を強く握りしめ、悔しさを滲ます。
 その様子を身動き一つせず、見つめた。
 
「親父の鞄から回復薬取り出そうとしたら、1本もなくて……。
 周りを見たら、俺が倒れてたとこに空き瓶が転がってた。
 何本も、あるだけ全部、俺に使ったんだ」

 声がわずかに震えていた。
 ジルコがどんなに悔いているかが伝わってくる。

「親父は、死んだ。俺のせいで。
 俺が、無茶なことしなかったら……。
 あんな目に合わなくて済んだんだ!」

 拳を強く打ち付け、その場に蹲るように屈んでしまった。
 頭を抱え顔は見えない。
 エリアーナはその隣に座り、話を聞き続けた。

「親父が死んでからも食ってくために、冒険者を続けた。
 15の時、昇級のために
 前アンタも会ったあの二人とパーティーを組んだんだ。
 相性も悪くなくて、16の時には銀級になった。
 そんくらいから、急に体がデカくなってな。
 アンタくらいの背だったのが
 1年で頭一つ分くらい伸びた。
 それまで生意気だと絡んできてた奴は
 俺に近寄らなくなって
 ガキだと舐めてた女は色目を使ってきた。 
 正直、そういうの全部面倒で
 パーティーの奴らとしか話さなかった。
 それがいけなかったのか、ルーフィア、魔法使いの女な
 そいつとデキてるって噂されるようになって
 ルーフィアと付き合ってた、あのサルみたいな男がブチ切れた。
 あいつ、ギルドに俺が故意にパーティーのやつらを
 危険に晒したって、嘘の報告したんだ。
 俺は1年間ギルドの利用を制限された。
 愛想もねーし人付き合いは苦手だからな、俺の話なんて誰も信じてくれなかった」

 膝を抱えたように座るジルコは、空を仰いでいる。
 乾いたような声に感情はあまり感じられない。
 悔しかっただろうに、それに蓋をしているようだ。

「蓄えはそれなりにあったけど
 さすがに1年何もしないわけにいかないからな。
 以前パーティーで受けた護衛の依頼主が
 俺を気に入ってくれて
 個人的に雇いたいって言われたことがあったんだ。
 どこかで俺の現状を聞いたんだろう。
 その貴族から使いが来て、雇われることになった。
 しばらくは普通に護衛の仕事を任されてたんだ。でも……」

 ジルコはくしゃっと頭をかくと、目をつぶった。
 悔しさをにじませ、唇を噛む。
 辛そうだったので、続きはいい言おうとした。
 けれど、話すことを決意した彼と目が合い、それをやめた。
 ジルコが話すと決めたなら、最後まで聞くべきだ。
 
「ある日、その貴族の別邸へ案内された。
 そこで、俺のことを気に入った理由が分かったよ。
 ……そいつら夫婦で、エルフの男を囲ってた。
 何人も、ほとんど裸で薬使われて、玩具にされてたんだ。
 当然逃げようとした!
 けど捕まって、薬を使われた。
 でも俺には媚薬が効かなかった。
 たぶん、俺の魔力がアホみたいに高いことに
 理由があるんだと思うが、詳しくはわからん。
 まぁ、とにかくその一件で
 そいつらは、俺を手に入れるのは無理だと判断した。
 だから俺が窃盗を企て、当主に危害を加えたと、嘘を訴えた。
 貴族に対する罪はかなり重い。
 否認しようが、抵抗しようが全部無駄だ。
 俺は『無期』での奴隷罰を受ける羽目になった」

 ……。
 言葉がでなかった。
 ジルコは一つも悪いことなどしていない。
 だまされ、嘘をつかれ、地獄に落とされた。
 なぜそんなことが、まかり通ったのだろう。

「何枚も写し絵を撮られて
 クソみたいな奴隷商のとこで売り物になった。
 そいつは無期の奴隷、つまり死んでもいいやつを
 専門に扱うやつだった。
 そこで拷問が趣味の成金野郎に買われて
 アンタと会った時の状態になるまで
 痛めつけられたってわけだ。
 ……以上、これが俺の過去」

 そう言って、ジルコはグラスのワインを飲み干した。
 動くことができず、瞬きすら忘れる。
 息がうまく吸えない。
 縋るように、彼の手を握ってしまった。
 なんて言ったらいいのか、何という言葉をかけたら、彼の心が救われるのかわからなかった。

「……まぁ、泣くよな。
 俺もすげーひどい話だと思う。
 聞かせて悪かったな」

 抑えきれない涙がぽろぽろと出てきてしまう。
 自分が泣いたところで、ジルコの慰めになるわけではない。
 それはわかるが、どうすることもできなかった。

「なにもっ、ジルコさんは、なにも……。
 なんにも、悪くない!
 なんで、ジルコさんがそんな辛い目に
 合わなきゃいけないの!?
 絶対おかしいよ。
 何もかも、間違ってるよ!」

 自分が聖女や侯爵令嬢だったら、この間違いを訂正できたのだろうか。
 今のなにもできない自分がどうしようもなく不甲斐ない。
 悔しさに唇を噛んでいると、手を引かれ、ジルコの胸に顔を埋める体制になった。

「俺も、ずっとそう思ってた。
 けど、今は辛くなんかねーぞ」

 ジルコの声と心臓の音が心地いい。
 荒ぶる心が少しずつ落ち着くような音色だ。

「アンタに命救われて、こうして
 俺を全力で信じてくれる『仲間』も見つけられた。
 だから、今のこの状況は結構気に入ってる」

 顔を上げてジルコを見た。
 穏やかな表情だ。
 それを見て、自分も静かに微笑む。
 彼の口から『仲間』と言われ、素直にうれしかった。
 
「ジルコさん、改めて乾杯しましょう!」

 ワインをお互いのグラスに注ぐ。
 並々入れた。
 こぼれそうだ。

「アホ、溢れるほど入れるな」

 そう笑いながらジルコはグラスを持った。
 自身もこぼしながらグラスを掲げる。

「では、私とジルコさんの出会いに!」

「なんだそれ、おっさんの口説き文句かよ」

 そう言いつつも、グラスを掲げてくれた。
 本当はカチンと鳴らしたかったが、お互いにワインがかかってしまい、それは叶わない。

「ワインまみれの女って、アンタやばいな」

「もう!ジルコさんだって、ズボン濡らしといて何言ってるんですか!」

「……だから、アンタはすこし言い方を考えろ!」

 こうして初めてのノーガスの夜も、にぎやかに過ぎていくのだった。
 その後、ルームサービスで追加のワインを頼み、次の日初めての二日酔いを味わうのだが、今のエリアーナが知る由もない。




 
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