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第二章──義(ただしさ)の誓い、過去の刑吏
17話
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「御身の過去、祓うべく参じましたと申せば……?」
ここに来るまでの面影は微塵もない。清は凛とした表情でその男を見つめた。
「祓うじゃと? 笑止千万……この拙者の過去、未来永劫、祓われることなど叶うはずもなし……わしはその罪の重さ、骨身に沁みておる」
硬い石を削る音は一層響き渡る。行灯の揺らめきに石造りの地蔵が笑む姿は、まるで男の言葉に賛同するかのようだ。いや賛同とは生ぬるい。断罪され、その首をただ言われるがまま差し出す罪人を嘲笑っている。
「なにゆえ、かくも深き苦悶を背負われておるのか……その怒りに染まりし御面影、手前には、ただただ救いを求める者の姿にしか映らぬが……」
その言葉に一瞬、振りかざす金槌が止まる。削る音が消えた。男は清を睨み付け削りをやめ、たがねの先端を眺めた。
「そなたらのようなおなごどもを見るたび、拙者の心は軋むのじゃ……このたがねの刃のごとく研ぎ澄まされた想念が、奴らの首筋に喰い込むあの感触を甦らせる……そればかりではない。動けぬよう縛られ、顔を覆われた者らの無念が、今なお夢にて拙者を苛む。布越しに滲む血、苦悶に歪む顔、怨嗟の眼差し、届かぬと知りつつも縋る目……頼む、去れ。そなたらの望むもの、この地には一片たりともありはせぬ」
男の鑿を持つ左手の甲には朽葉の色に染まる痣がくっきりと浮かんでいる。
「……まもなく刻が……あの痣の色、終焉が近うございます」
根音が清の袖を引っ張り耳打ちする。
「然様でございますな……されど、退くわけには参りませぬ」
その男の終わりを告げる痣の色に、清の決意はなおも抗うように濃さを増していた。
「……そなた、名を何と申す?」
男は睨み付けた目を、張り詰めた糸を緩めるように聞いてきた。「清にござりまする……宿清と申す者にて候」
「宿……ああ、かつて一度だけ見たことがある……花に見立てて舞を捧げ、死に往く者に生の価値を授けんとする者たちよ……雅やかにして慎ましゅう、繊細なれど凛々しく……それでいて芯の通った強さ……」
行灯の灯火に目をやり懐かしむように柔らかく言葉を紡ぎだした。
「されど、拙者の業を舞に託すには余りに重く……拙者、名は灰塊。往時は一つの国に仕えておった。人々は拙者を『首斬りの灰塊』と呼んでおったわ……」
唇を噛み自責の念を表情に出す。灰塊はたがねの先をゆっくりと撫でた。その刃の冷たさに、自らの血を刻み続けた罪の記憶を思い出しているように。
清は黙って聞いている。眉一つ動かさない。対峙するその瞳は罪の告白に裁きを施す秤のようである。根音と根子は清にしがみつき隠れるようにただただ灰塊の言葉を震えながら聞いている。
その姿に灰塊はため息をつき清に問うた。
「……『義』とは、いかなるものか。拙者はその答えを、この道中にて見失うてしもうた……」
清の胸の奥で、一瞬、秤が揺れるような感覚がした。この男が背負うものは、断罪か、それとも──。
ここに来るまでの面影は微塵もない。清は凛とした表情でその男を見つめた。
「祓うじゃと? 笑止千万……この拙者の過去、未来永劫、祓われることなど叶うはずもなし……わしはその罪の重さ、骨身に沁みておる」
硬い石を削る音は一層響き渡る。行灯の揺らめきに石造りの地蔵が笑む姿は、まるで男の言葉に賛同するかのようだ。いや賛同とは生ぬるい。断罪され、その首をただ言われるがまま差し出す罪人を嘲笑っている。
「なにゆえ、かくも深き苦悶を背負われておるのか……その怒りに染まりし御面影、手前には、ただただ救いを求める者の姿にしか映らぬが……」
その言葉に一瞬、振りかざす金槌が止まる。削る音が消えた。男は清を睨み付け削りをやめ、たがねの先端を眺めた。
「そなたらのようなおなごどもを見るたび、拙者の心は軋むのじゃ……このたがねの刃のごとく研ぎ澄まされた想念が、奴らの首筋に喰い込むあの感触を甦らせる……そればかりではない。動けぬよう縛られ、顔を覆われた者らの無念が、今なお夢にて拙者を苛む。布越しに滲む血、苦悶に歪む顔、怨嗟の眼差し、届かぬと知りつつも縋る目……頼む、去れ。そなたらの望むもの、この地には一片たりともありはせぬ」
男の鑿を持つ左手の甲には朽葉の色に染まる痣がくっきりと浮かんでいる。
「……まもなく刻が……あの痣の色、終焉が近うございます」
根音が清の袖を引っ張り耳打ちする。
「然様でございますな……されど、退くわけには参りませぬ」
その男の終わりを告げる痣の色に、清の決意はなおも抗うように濃さを増していた。
「……そなた、名を何と申す?」
男は睨み付けた目を、張り詰めた糸を緩めるように聞いてきた。「清にござりまする……宿清と申す者にて候」
「宿……ああ、かつて一度だけ見たことがある……花に見立てて舞を捧げ、死に往く者に生の価値を授けんとする者たちよ……雅やかにして慎ましゅう、繊細なれど凛々しく……それでいて芯の通った強さ……」
行灯の灯火に目をやり懐かしむように柔らかく言葉を紡ぎだした。
「されど、拙者の業を舞に託すには余りに重く……拙者、名は灰塊。往時は一つの国に仕えておった。人々は拙者を『首斬りの灰塊』と呼んでおったわ……」
唇を噛み自責の念を表情に出す。灰塊はたがねの先をゆっくりと撫でた。その刃の冷たさに、自らの血を刻み続けた罪の記憶を思い出しているように。
清は黙って聞いている。眉一つ動かさない。対峙するその瞳は罪の告白に裁きを施す秤のようである。根音と根子は清にしがみつき隠れるようにただただ灰塊の言葉を震えながら聞いている。
その姿に灰塊はため息をつき清に問うた。
「……『義』とは、いかなるものか。拙者はその答えを、この道中にて見失うてしもうた……」
清の胸の奥で、一瞬、秤が揺れるような感覚がした。この男が背負うものは、断罪か、それとも──。
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