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第二章──義(ただしさ)の誓い、過去の刑吏
18話
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その問いに清は言葉を詰まらす。苔むし積み重ねられた刻、ここにある石造りの地蔵を削り彫りながら、灰塊は自問し続けたのであろう。そして何も見出だせないまま、この偽りの笑みで隠し続けた地蔵を彫り続けてきたのだ。──その血に染めた手で……。
「手前が考え申す『義』とは……」
言いかけた時、灰塊は手を広げ、清の言葉を遮る。
「……無理なことよ。答えなど、所詮この世には在らぬ。いかに言葉を以て取り繕うとも、所詮、真は露と消えよう。なればこそ、それが人の性というものよ。理想を語るは容易きこと。されど、それを受け容れることこそ難儀。……つまりは、拙者、答え無き問いに己の刻を費やしておるに過ぎぬ」
圧倒的な灰塊の言葉。呑み込まれる清。
「かつて、主君の命に『義』を見出だし、無辜の者に咎を負わせ、処断してきた。あるいは『義』の名の下、心を鬼と成し……。されど如何に? 『義』の面を被れば、鬼すらも聖なるものと成り果てる。……拙者が、まさしくそうであった……鬼と呼ばれることに心を震わすこともあった……」
霧の闇はさらに深くなる。決して晴れることはない問答。清は着物の裾をぎゅっと掴む。心が折れそうになる。しかし、その折れそうな言葉が心を高揚させる。聞けば聞くほど心地よく聞こえる。
──なぜに……われは……?──
心の中で清は自身に問いかける。
「首斬りと恐れられし折は、まるで神のごとく畏敬を受けた。されど一転、追われる身と成れば、物の怪のごとく忌み嫌われる……この世の誇りなど、塵芥に等し。時の流れは『義』をも朽ち果てさせる。……ゆえに申す、清殿。そなたはここより立ち去られよ。わしは、この地にて、命を削るのみ……」
灰塊はまた金槌を振り上げ石を削ろうとする。
俯いたままの清はふっと笑みを浮かべた。
──左様か……この胸中の高揚、まさしくわれが抱く『義』、今や確と輪郭を成し申したがゆえ、去るという選択、断じてなし──
「あははは……灰塊殿、何を仰せかと思えば、それしきの戯け言にてござりましたか」
高笑いを浮かべる清に灰塊の金槌が天を差し止まる。
「……な、なんと申されたか? 清殿。戯れ言と、そう申されたか……?」
清は立ち上がる。まるで灰塊の想いを否定するかのように……。
「灰塊殿。手前は花仕舞師にございます。されど、その前に、一人の人の子にてございます。そしてまた、手前が身には……果たさねばならぬ本懐がございまする」
いつの間にか立場が入れ替わる。まるで逆さに吊るされ、この永きに問い続けた己を断罪されている気分になる灰塊。
「……本懐……? それとは、いかなるものにて候う……? 清殿……」
灰塊が言葉を振り絞る。しかし、同時に心の蔵から痛みを感じる。まるで手にかけた者ども胸元を食い破り、弾けさせようとしているのがわかる。話を聞きながら終わりを感じ始める灰塊。胸に手をあて苦悶の表情を浮かべながらも清の言葉に耳を傾けようとする。
「手前が考え申す『義』とは……」
言いかけた時、灰塊は手を広げ、清の言葉を遮る。
「……無理なことよ。答えなど、所詮この世には在らぬ。いかに言葉を以て取り繕うとも、所詮、真は露と消えよう。なればこそ、それが人の性というものよ。理想を語るは容易きこと。されど、それを受け容れることこそ難儀。……つまりは、拙者、答え無き問いに己の刻を費やしておるに過ぎぬ」
圧倒的な灰塊の言葉。呑み込まれる清。
「かつて、主君の命に『義』を見出だし、無辜の者に咎を負わせ、処断してきた。あるいは『義』の名の下、心を鬼と成し……。されど如何に? 『義』の面を被れば、鬼すらも聖なるものと成り果てる。……拙者が、まさしくそうであった……鬼と呼ばれることに心を震わすこともあった……」
霧の闇はさらに深くなる。決して晴れることはない問答。清は着物の裾をぎゅっと掴む。心が折れそうになる。しかし、その折れそうな言葉が心を高揚させる。聞けば聞くほど心地よく聞こえる。
──なぜに……われは……?──
心の中で清は自身に問いかける。
「首斬りと恐れられし折は、まるで神のごとく畏敬を受けた。されど一転、追われる身と成れば、物の怪のごとく忌み嫌われる……この世の誇りなど、塵芥に等し。時の流れは『義』をも朽ち果てさせる。……ゆえに申す、清殿。そなたはここより立ち去られよ。わしは、この地にて、命を削るのみ……」
灰塊はまた金槌を振り上げ石を削ろうとする。
俯いたままの清はふっと笑みを浮かべた。
──左様か……この胸中の高揚、まさしくわれが抱く『義』、今や確と輪郭を成し申したがゆえ、去るという選択、断じてなし──
「あははは……灰塊殿、何を仰せかと思えば、それしきの戯け言にてござりましたか」
高笑いを浮かべる清に灰塊の金槌が天を差し止まる。
「……な、なんと申されたか? 清殿。戯れ言と、そう申されたか……?」
清は立ち上がる。まるで灰塊の想いを否定するかのように……。
「灰塊殿。手前は花仕舞師にございます。されど、その前に、一人の人の子にてございます。そしてまた、手前が身には……果たさねばならぬ本懐がございまする」
いつの間にか立場が入れ替わる。まるで逆さに吊るされ、この永きに問い続けた己を断罪されている気分になる灰塊。
「……本懐……? それとは、いかなるものにて候う……? 清殿……」
灰塊が言葉を振り絞る。しかし、同時に心の蔵から痛みを感じる。まるで手にかけた者ども胸元を食い破り、弾けさせようとしているのがわかる。話を聞きながら終わりを感じ始める灰塊。胸に手をあて苦悶の表情を浮かべながらも清の言葉に耳を傾けようとする。
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