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第二章──義(ただしさ)の誓い、過去の刑吏
19話
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立ち上がった清はおもむろ自らの着物の襟元を掴んだ。ぐっと力を入れる。
「清殿、何をなさるおつもりにござる……?」
突然の出来事に言葉を失いそうになる灰塊。
「いけませぬ……清さま……」
今まで怯えていた根音と根子の震えが一瞬で止まり、一斉に立ち上がり清を止めようとする。
「退かれよ! ──根音、根子……今は、そなたらが口を挟む場ではありませぬ!」
清が二人を一喝したかと思うと、灰塊の目の前で胸元を躊躇うことなく露にした。そして胸に巻かれた晒し布を迷うことなくほどいていく。清の凛とした滑らかな曲線を描く背後から痛々しく見つめる根音と根子。清の微かに膨らむ胸までさらけ出した。ぎょっと目を見開く灰塊。しかしそれは女体をさらけ出した清の身体にではなく、あり得ないものに。深く刻まれた傷痕。傷痕と呼んでいいものか。血は流れてこそいないが、それはまるで今しがた傷がつけられたような生々しい痕……。引き裂かれた皮から覗く赤く染まった肉体はまるで生存するのが無理だと言えるほどだ。そして胸の真ん中には刺し傷のように深い傷がひとつ。致命傷になるほどの傷が一際目立つ。
灰塊の手が無意識に金槌を離す。金槌の頭が石の上で鈍く転がる音が、彼の脳内に響いた。この傷は、義の名を冠した戦いの残滓──それを目の前に突きつけられる意味を、本能で悟った。
「その傷は……」
恐る恐る尋ねる灰塊。
「存じませぬ……なぜ、この醜き痕が癒えもせず、かくして生きながらえておるのかさえ……ただ一つ、これを我に負わしめた者の名は、はっきりと存じておりまする」
清の言葉に憎悪が徐々に重なっていく。
「そは……いかなる者にござるか……?」
一呼吸置き、名を出すのも憚るように口にする清。
「宿静──我が姉にして、我が『義』を貫かせる宿敵にて候……」
宿静──その名を口にした瞬間、空気がわずかに揺らいだ。まるで霧さえ、この名を恐れているように。そして、その瞬間、霧の奥がわずかに響いた──まるで、遠くにいる者がこの場を知覚しているかのように、そしてその証を受け取ったように……。
「……さま……申し訳ありませぬ……われらが未熟ゆえ……」
根子の言葉がうまく聞き取れない。清は振り向き笑みを浮かべる。
「よい、根子……気に病むことはありませぬ」
根音が根子の肩を抱き抱える。
「すまなんだ、根子……清さまの気迫に気圧され、止めるが遅れた。此度は、われが落ち度にて……」
根子は根音の着物にすがりついた。
「やはり……あの御方の力は、静さまに通じておる……うちら、恐ろしき御方に仕えているのやも知れん……」
「あぁ……さもありなん……」
根子と根音には清の底が見えなくなっていた。
清は乱した襟元を正し、灰塊を見つめた。そこには女としての恥辱を纏う表情は一切なかった。
「手前には到底及ばぬ、敬うべき姉さまがおりました……」
先ほどまでとは別人のような清がその壮絶な過去を語りはじめた。
「清殿、何をなさるおつもりにござる……?」
突然の出来事に言葉を失いそうになる灰塊。
「いけませぬ……清さま……」
今まで怯えていた根音と根子の震えが一瞬で止まり、一斉に立ち上がり清を止めようとする。
「退かれよ! ──根音、根子……今は、そなたらが口を挟む場ではありませぬ!」
清が二人を一喝したかと思うと、灰塊の目の前で胸元を躊躇うことなく露にした。そして胸に巻かれた晒し布を迷うことなくほどいていく。清の凛とした滑らかな曲線を描く背後から痛々しく見つめる根音と根子。清の微かに膨らむ胸までさらけ出した。ぎょっと目を見開く灰塊。しかしそれは女体をさらけ出した清の身体にではなく、あり得ないものに。深く刻まれた傷痕。傷痕と呼んでいいものか。血は流れてこそいないが、それはまるで今しがた傷がつけられたような生々しい痕……。引き裂かれた皮から覗く赤く染まった肉体はまるで生存するのが無理だと言えるほどだ。そして胸の真ん中には刺し傷のように深い傷がひとつ。致命傷になるほどの傷が一際目立つ。
灰塊の手が無意識に金槌を離す。金槌の頭が石の上で鈍く転がる音が、彼の脳内に響いた。この傷は、義の名を冠した戦いの残滓──それを目の前に突きつけられる意味を、本能で悟った。
「その傷は……」
恐る恐る尋ねる灰塊。
「存じませぬ……なぜ、この醜き痕が癒えもせず、かくして生きながらえておるのかさえ……ただ一つ、これを我に負わしめた者の名は、はっきりと存じておりまする」
清の言葉に憎悪が徐々に重なっていく。
「そは……いかなる者にござるか……?」
一呼吸置き、名を出すのも憚るように口にする清。
「宿静──我が姉にして、我が『義』を貫かせる宿敵にて候……」
宿静──その名を口にした瞬間、空気がわずかに揺らいだ。まるで霧さえ、この名を恐れているように。そして、その瞬間、霧の奥がわずかに響いた──まるで、遠くにいる者がこの場を知覚しているかのように、そしてその証を受け取ったように……。
「……さま……申し訳ありませぬ……われらが未熟ゆえ……」
根子の言葉がうまく聞き取れない。清は振り向き笑みを浮かべる。
「よい、根子……気に病むことはありませぬ」
根音が根子の肩を抱き抱える。
「すまなんだ、根子……清さまの気迫に気圧され、止めるが遅れた。此度は、われが落ち度にて……」
根子は根音の着物にすがりついた。
「やはり……あの御方の力は、静さまに通じておる……うちら、恐ろしき御方に仕えているのやも知れん……」
「あぁ……さもありなん……」
根子と根音には清の底が見えなくなっていた。
清は乱した襟元を正し、灰塊を見つめた。そこには女としての恥辱を纏う表情は一切なかった。
「手前には到底及ばぬ、敬うべき姉さまがおりました……」
先ほどまでとは別人のような清がその壮絶な過去を語りはじめた。
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